第4話 人生には谷あり

「相変わらずあの二人、人気だよね。翔子は相変わらず興味なさそうだけど。」

「智美だってそうでしょ?」

 講義で使った教材を鞄にしまっていた翔子に声をかけてきたのは、今年大学に入学してから初めてできた女友達の櫻井智美だ。入学初日からまだ一ヶ月も経っていないが、毎日一緒に行動する仲だ。

 こんな感じで、平凡な日々を送っていたのだが……。

 

 智美との会話による一連の流れを、大家さんからの電話内容を聞いた後に回想し、懐かしささえ覚え始めた。数時間前智美と会話していたに時に戻したい…!と。


……なぜあのとき、親の好意に甘えて家賃を全額払ってもらうことに反対したのか。過去の自分をぶん殴ってやりたい。


 というのも……

 大家さんからの電話は、家賃が値上がりするという内容だったのだ。経済的に世は、物価高。これは仕方がないことだが、今は小さい頃から貯めていた貯金で家賃の半分を払っていた。家が裕福だっただけに、周りの親戚も裕福だったためお年玉も毎年諭吉が何枚も入っていた。物欲のない翔子は長年毎年受け取っていたお年玉をコツコツ貯めに貯めていたため、貯まりに貯まった貯金を使って家賃を払っていたのだ。

 だが、流石にいい値のマンションなだけあって、今の家賃でギリギリ四年間払える金額しか貯金額はない。今、現状で払っている価格としての家賃でしか計算していなかったからだ。それに、住んでいる間に家賃が値上がりするなど考えてもいなかった…。かといって、まだ一ヶ月も住んでいない現在住んでいるとても良い部屋を……学校から徒歩圏内の便利な家を手放すのも嫌だった。

 

 やはり、大学生がする王道な行動であるアルバイトを始めるしか方法はないのだろうかと翔子は思い詰め始めた。


 一人暮らしデビューをしてから間もないこともあり、今更親に家賃を全額お願いします。など頼みたくても頼めない……。つい数ヶ月前に自分で半分は払う!!と両親の優しいご厚意を跳ね除けてしまったのは自分である。こんな短期間で改めて頼み込むなど翔子のプライドが許さない。


 早速、翔子は周辺のバイトの求人サイトを検索した。条件に合う求人は……。


「え〜…こんなに求人って少ない感じ…?もっとあると思ってた……」


 そう、一つしか見つからなかったのだ。 

それもそのはず、今は五月だ。ちょうどバイトの新人も手に入り、雇う側は求人を閉じる時期。なんとも時期が悪い時に値上がりしてくれた。と心の中で思うだけでは留まらず……


「はぁ、なんでこんなことに……?」


独り言として口にも出てしまうくらい翔子は気落ちしていた。暫らく画面をスクロールしていくと、一件の好条件バイトが目に入った。

本来ならば、バイトをしないで四年間過ごすはずだった大学生活に早くも幕を閉じようとしている現状を受け入れられず、半ば投げやりな心情で画面をタップした。


「しょうがない、このヒットした一つにかけるか……」


 細かい詳細を記入し、ヒットした一つに翔子は応募したのだ。


 この応募で翔子の能力が他人にバレるとも知らずに……。

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