踊れ、愚者愚者コンテンポラリー
ささやか
ダンス
クラスメイトの藤本くんが部屋から出てこなくなってから三か月経った。いわゆる引きこもりというやつだ。
小学五年生の藤本くんは歴史を振り返ってみても稀に見る優れた武将であり、一騎当千天下無双焼肉定食という称賛がピッタシカンカンで、彼が引きこもりになってしまったせいで我が国の戦況は極めて劣勢に陥り、このままでは隣国に攻め滅ぼされること請け合いだった。
そういうわけで学級委員だった私は担任のノベル坂先生に藤本くんの家に行ってプリントを届けることを名目に彼の引きこもり状態を解消するよう厳命されたが、そんなこと言われても困る。
とりあえず困ったときはエクソシストだろうと考え、悪魔祓い同好会の吉良さんを引連れて藤本くんの家に向かった。
ピンポンをすると、藤本くんのお母さんが私たちを迎えてくれた。
「こんにちは、藤本くんにプリント届けに来たんですけど」
「わざわざありがとう」
藤本くんのお母さんは如才ない微笑みを作った。
「できれば藤本くんに直接渡したいんですけど、会えますか?」
「うーん、どうかな」
藤本くんのお母さんはそう言いつつ私たちを家にあげ、藤本くんの部屋の前に案内してくれた。藤本くんの部屋の扉は固く閉ざされており、絶対に開かないぞという強烈な自己主張を感じる重たい樫色であった。
藤本くんのお母さんが部屋の前を離れたところで、私は扉をノックした。拒絶のように硬質な音が響く。
「藤本くん、ンシャメナだけど。先生に頼まれてプリント持ってきたよ。バナナ食べてる?」
給食の時間にバナナを美味しそうに頬張っていだことを思い出し、要件の告知がてら尋ねてみるが、返事はなかった。
私は吉良さんに「悪魔いる?」と尋ねてみた。「うじゃうじゃいる」と神妙な面持ちの吉良さんから答えが返ってきた。
「え、悪魔ってそんなシロアリ的にいるもんなん」
「悪魔とシロアリなら7:3だから」
「なるほど?」
吉良さんはキッパリと断言した。私は悪魔について全く詳しくないが、吉良さんがそう言うなら7:3なのだろう。
「それで藤本くんが部屋から出ないのはやっぱり悪魔のせいなんだよね」
「それは全然違う。自分にとって都合の悪いことの原因を悪魔におしつけるな」
吉良さんはキッパリと断言した。私は悪魔について全く詳しくないが、吉良さんがそう言うなら藤本くんが引きこもる原因は悪魔ではないのだろう。
万策尽きた。
こうして私のミッションは失敗に終わった。
リザルトを報告すると、ノベル坂先生は私を叱責した後、当意即妙の走屋くん、不沈艦隊の佐々木さん、図書委員のメガブラウニーくんを藤本くんの家に向かわせ解決を図ったがいずれも失敗に終わった。ここで功を焦ったノベル坂先生が自ら赴いた結果、首だけになって帰ってきた。一騎当千天下無双焼肉定食の武将たる藤本くんにかかれば、自称頭脳派の教師の首を取ることなど実に容易い。そんなことでは赤子でもわかる道理であった。
担任の先生が来世チャレンジでいなくなってしまったため、私と男子学級委員の甲斐原くんはやむを得ず学級委員会を開き、流れでなんとなく藤本くんに部屋に出てもらうにはどうすればよいか議論することになった。
「春眠暁を覚えずという言葉がある。春が近づくと布団とは本当に離れ難く思うものだ。元の原因は兎も角、今藤本を部屋に留めているのは布団なのではないか」
「では、部屋から布団を除去すれば藤本は出てくると?」
「可能性はある」
甲斐原くんの問いに対し、メガブラウニーくんは厳かに頷く。
その後の議論でもメガブラウニーくんの提案が最も可能性があるように思われたので、結局彼の案が採用され、発案者のメガブラウニーくんとサイキックの才木くんが藤本くんの家に行き、布団サヨナラ作戦を実行することになった。
作戦決行日の翌日、二人はすっかりと
「作戦は成功した。才木が藤本の部屋にある布団を超能力で瞬間移動させた。だが俺たちはとんでもないことを見落としていた……」
メガブラウニーくんは息も絶え絶えに悔恨する。
「いきなり布団を取られたら誰だって怒る……!」
つまり二人は藤本くんの尋常ならざぬ怒気を浴び、窶れ果てたという訳だった。二人が来世チャレンジをしていないのはクラスメイトを手にかかるのは忍びないという藤本くんの寛恕によるものであろう。ノベル坂先生は良くない教師だったのでまあ仕方ない。わかる。
「もう諦めちゃう?」
重苦しい沈黙が教室に漂うので、私はため息をついて提案した。
藤本くんが部屋から出ないのは彼の自由意思である以上、私たちがどうこうするべきものではないというのも一つの正答だ。その結果、我が国は隣国に攻め滅ぼされるかもしれないが、それはそれ、これはこれなのだ。たとえその区分が私たちにとって不都合だとしても、それはもう仕方ないじゃないか。現実感がないからかもしれないが、そう思う。
「ンシャメナさんの言いたいことはわかるよ。でもだからといって座して死を待つのは違うと思うし、このまま部屋に引きこもることが藤本くんにとって良いこととは思わない」
佐々木さんが反駁する。彼女の言うこともまた一つの正答だった。
「そもそもなんで藤本は引きこもってるんだ? なんか言ってなかったか?」
走屋くんは布団サヨナラ作戦に失敗した二人に尋ねる。
「いや、扉越しに会話すらなかった」
「メガブラウニーの言うとおりだ。だが俺は藤本の心を少しだけ読み取れた」
才木くんは超能力による成果を開陳した。
「あの感情を強いて表現するなら退屈。あいつの心には夜の砂漠のように冷たく乾いた退屈が広がっていた」
「ならば面白くしてやればいい。そうすりゃ出てくるだろ」
「そんな単純なもんじゃなかったよ」
即座に言う走屋さんに才木くんは燃え尽きた白い灰のように弱々しい息をこぼした。彼の言葉には確かな実感がこもっており、再び重苦しい沈黙が教室に漂う。
「踊ろう、ダンスだ!」
そんな中、佐々木さんが立ち上がって大声をあげた。
きっとそれはやけくそだった。私も右手を突き上げた。
「踊ろう!」
私の後に、走屋くんが。吉良さんが。甲斐原くんが。他のクラスメイトが続く。「踊ろう!」「踊ろう!」「踊ろう!」
こうして私たちは藤本くんの部屋の前でダンスをすることになった。
だが問題がある。藤本くんの部屋の前はただの廊下に過ぎず、五年二組が踊るには少々手狭だということだ。
この問題を藤本くんのお母さんにしてみると、彼女は「ちょっとなんとかしてみるね」と言い、ちょっとなんとかして廊下をダンスフロアサイズまで広げてみせた。
ステージは完璧だ。
あとは踊るだけだ。
藤本くんのお母さんに撮影を頼み、ミュージックを流す。私たち五年二組は踊りはじめた。
アップテンポなミュージックに抗い、ゆっくりと体を動かす。コンテンポラリーダンスと呼ばれるそれは、きっと何もできない無力な人間による無意味な抵抗だった。
ダンス、ダンス、ダンス。やがて全てのミュージックは絶え、振り付けは尽き、私たちの時間は終わる。
藤本くんの部屋の扉は開かなかった。
気落ちして動かない皆の顔を見ているうちに頭の中がカッと燃えあがり、私は強く扉を叩いた。
「開けてよ、開けてよ、藤本くん! 私たちはここにいるんだってば!」
冷静になり手が痛くなってきたからやってらんねーなと思ったとき、絶対に開かないと思われた扉が開かれる。
開けたのは他ならぬ藤本くんだった。扉の向こうに最後に会ったときと変わらぬ筋骨隆々の勇姿が見える。
「ダンス見たよ」
藤本くんが示した携帯端末の画面には先ほどまでのコンテンポラリーダンスが映っていた。
「どうだった?」
なんとなく私がクラスを代表して尋ねる。
「まあ上手くはないよね」
「当たり前でしょ。プロじゃないんだから。というか五年二組なんだから一緒に踊ってよ」
「俺も?」
「他に誰がいるの?」
藤本くんは意外そうな表情をするので、逃げるなよと念押しすると、何故か彼は嬉しそうに笑った。
そうして私たち五年二組は二度目のコンテンポラリーダンスをはじめた。
きっとこれから藤本くんは一騎当千天下無双焼肉定食の武将として大活躍して隣国を押し返し、我が国は亡国の危機を免れるのだろう。
だけど私はそんなことよりも、甲斐原くんのやたら上手なステップや、吉良さんのおぼつかないターンや、才木くんの超能力を使った反則的な挙動や、打ち上げで今後手巻き寿司パーティーをしようと盛り上がったときに和牛カルビを入れたいとはしゃぐ藤本くんの無邪気な笑顔の方が、よっぽど大切なものなんじゃないかと愚かにも思った。
踊れ、愚者愚者コンテンポラリー ささやか @sasayaka
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