第5話
朝、誰も起きていない時間に起きて冷蔵庫へ向かう。
昨日買ってきてくれたケーキを食べないともったいないので、ケーキを取って自分の部屋で食べる。
これでケーキも食べなかったら、逆にださいと思った。お母さんが買ってきてくれたケーキを食べたくなくて、食べなかったとしても、どんなに反抗したとしても、お母さんの不倫はどうにもならない。
冷蔵庫を開けると、僕の好きなモンブランがあった。
そういえばお母さんだけだ、おめでとう、を言ってくれたのは。お父さんもおばあちゃんからも言われていない。それは別にいいのだけれど。
お母さんが一番僕のことを想ってくれているのは伝わってくる。だから不倫をしていたことを知って余計に僕の心がナイフで切り刻まれるように痛い。
部屋に戻って、モンブランを一口食べる。大好きなモンブランのはずなのに味がしない。初めてモンブランが美味しいと感じなかった。
結局夜まで部屋にこもってお母さんはもちろん、お父さん、おばあちゃんとも一度も会話をしなかった。
こんなにも態度に出てしまうなんて、僕もまだまだ子供だな。
月曜日に学校に行くと、湊が、「ハッピーバースデー!!」と言ってくれた。素直に嬉しくて金曜日ぶりに笑った気がした。やっぱり持つべきものは友達だな。家族はもうどうでもいい。
昼休みになり、僕の所に凛華先輩が来た。
会いたくなかった。今日は会わずに済めばいいなと思っていたけれど、やっぱり先輩が来た。
「真絃。放課後、話がある。校門で待ってるから」
ポケットに手を突っ込んだ先輩は、そう言ってまたすぐ立ち去ろうとする。
「待ってください。僕、行きませんから」
僕の声で先輩が立ち止まり、また僕のところに戻ってきた。先輩は僕の前に立ち、ポケットから手を出して、頭を深々と下げた。
「お願いします。この前のことも謝りたいし、ちゃんと説明したいから、時間をください。今日、話を聞いて私と関わりたくないなら、もう今後一切、真絃には関わらないから……」
クラスメイト達の視線が僕達に集まった気がした。こんなの僕が悪者みたいに見えるじゃないか。先輩には早くこの場から去ってほしい。
「分かりました。話を聞くだけです。それで終わりです。早く行ってください」
先輩が顔を上げ、「ありがとう」と涙を浮かべていた。泣かないでよ先輩。先輩だけ可哀想に見えるじゃないか。僕も先輩と一緒なんだよ。
先輩が教室から出て行き、湊がすぐに僕の所に来た。
「なになに? 真絃、喧嘩したの?」
「してないよ」
「そうなの? 真絃、怖い顔してる。その顔さっきの先輩に似てる」
「はぁ? 似てないし、先輩はそんな怖い顔してないだろ」
「ところでさ、この前先輩に呼び出されたのは結局何だったの?」
「あ……。それは……えっと……その……本! 僕、小説好きじゃん? それをどこかから聞きつけて……その……僕にアドバイスをもらいたいって言われたんだ!」
咄嗟に嘘をついた。僕と先輩の接点なんて何もない。先輩のことを何も知らない。何が好きか、嫌いか、趣味はあるのか、何も分からない。分かっているのは、先輩のお父さんと僕のお母さんが不倫をしていることだけ。
「アドバイス?」
「う、うん。先輩、小説を書いているらしくて、先輩が書いた小説を読んでアドバイスをくれって……」
湊が首を傾げている。こんな嘘信じないか。
「へぇ。あの先輩意外だな。人は見た目によらないなぁ」
予想外に信じた。湊が単純で良かった。嘘ついてごめんな湊。
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