第2話 やはり彼女は人気者である

 零士にとって憂鬱な時間、それは昼食である。理由は明白であり友人のいない零士にとって苦痛でしかないからだ。一人ぼっちであると周囲からの視線が痛いくらい向けられるし、変に気を遣われるのも辛いだけだからだ。


 そして本日も気を遣ってくれたのか零士へと話しかけてくる。


「高坂君~食堂で一緒にご飯食べない?」


「悪いな、弁当作ってるから一人で食べるよ」


「へぇ~……もしかして高坂君の手作り弁当?」


「そうだぞ……変だったか?」


「そんなことないよ!ただ、高校生になったばかりなのに弁当作ってくるなんて凄いなぁって思っただけだよ!」


「そっか、ありがと……じゃあ、そろそろ行くわ」


 年頃の零士にとって同級生であり、しかも女の子からの誘いは嬉しいものである。しかし、彼女の優しさにつけこんでいるような気がして後ろめたい気持ちになるため零士は彼女らの誘いを断っていた。昨日も別の女子生徒から誘われていたので、都内の女子高生は気配りが出来る人が多いのだと感心するばかりであった。


 零士は嫉妬のような目で見てくる男子生徒の視線を背中に浴びながら、足早に教室を後にした。


****


 多くの学生で賑わっている食堂や購買に行くことなく零士は、一人で目の前に花壇のある外のベンチで手作り弁当を広げて箸を進めていた。ここは零士が入学してから校内探索した結果見つけた場所である。そもそもこんな外で態々昼食べにくるような人間もいないのだろう。


(それにしても、俺はこのままでいいんだろうか。いや、でも下手なことをして騒ぎを起こすよりはずっとマシなのだろうけども……)


 人間とは強欲であり今でも十分に満足しているはずなのに零士は更に楽しい学園生活を求めようとしていた。しかし、中学時代のことを振り返ってソレは高望みだと自身の妄想を砕こうとする。


「あれれ、零士君だ~こんなところで何しているの?」


「ん?……あぁ小鳥遊さんか。あ~その、あれだ……昼食後のお昼寝ってやつだ」


「そっかそっか~確かにココ気持ちよさそうだもんね。……どうかしたの?」


 そこまで量の多くない昼食を食べた後は、やや温い風が気持ちよく暫く目を瞑って座っていると教室で聞き慣れた声がした。目を見開くとクラス、いや学年のアイドルといっても差し支えのない小鳥遊茉奈がいた。遠くから見ても美少女であるが、近くから見たら尚のこと綺麗であった。


 端正な顔立ちにスラリとした高い鼻。平均よりも少し高い身長。そして、校則ギリギリ、いやアウトだろうと思わせるスカートの丈から伸びる色白で長い脚。


「いや、珍しく……その、一人なんだなって思って」


「うん、ちょっと先輩に呼ばれて外に来ていたんだ。それでね、教室に戻ろうとしたら何と私の命の恩人の零士君がいたもんだから、つい声かけちゃったよ!寝てるところ声かけてごめんね。でも、教室だと中々お話出来ないからね」


 茉奈は、とても話下手な零士にもお構い無しに隣にちょこんと座ってくる。日頃の行動を見れば明らかであるが、零士に対しても距離感近いしガードが緩い。肩まで伸びる綺麗な茶髪から甘いシャンプーの匂いが香る。それだけで女性に免疫のない零士には顔には出さないものの心臓がバクバクと動いていた。


「なるほどな。それで俺と何か話したいことでもあったか?特別面白い話すら出来ないと思うが……」


「そんなことないよ~。それに話したいと思っているのは私だけじゃないよ。だって、クラスの女の子たちも零士君に夢中だからね!」


「……そんなことないと思うがなぁ」


「え~だって、零士君すっごくカッコいいじゃん。今日だって、小渡さんに声掛けられていたでしょう?」


「小渡……あぁそうだな。というか、よく気づいたな」


 餌待ちの犬のように駆け寄ってくる男たちを相手にしながら、茉奈は零士のこと認識しているというのだから驚きであった。茉奈の声は、とても響くから彼女が教室で話していると嫌でも零士の耳に届く。事実、零士が昼食に誘われた時も教室の男子生徒と会話していた。


「うん、私って聖徳太子なんだ~」


「沢山の人と同時に会話出来そうで羨ましい特技だな。俺には無縁な代物だな」


「もう~零士君ってば直ぐ自分のこと卑下にするの禁止!」


「分かったよ。それより戻らなくていいのか?待っている人いるんじゃないのか?」


「……零士君……もしかして私と話すの嫌?」


「え、あ、い、いやぁ……そんなことないぞ?」


 零士の太ももへと手を置いて上目遣いで迫ってくる。ウルウルとした目をさせており、少しドキッっとさせられながらも零士は動揺しながらも返答する。それを見破れないほど甘くない茉奈は、小さく溜息吐いてから零士から離れる。


「……目が泳いでいる。酷いよ、零士君。こんなに可愛い私とお話出来るのに何でメロメロにならないの?」


「メロメロって……別に俺にこだわる必要はないだろ……。小鳥遊さんなら他に良い男選び放題なんだしそいつらと遊んでこいよ」


「ん――いやッ!」


「え、なんで?」


「……みんなと仲良くなりたいから……かな?」


「ふ~ん、そっか」


「あれ笑わないの?」


「まぁ目標は人それぞれなんだから別にいいんじゃないか?それに何か理由ありそうだしな……聞かないけど」


 茉奈は眉を傾けてあざとく頬を膨らませながら不満だと訴える表情で零士を見やってくる。そんな仕草をするから男たちからの視線を集めるのだろう。


「絶対零士君を堕とすから――覚悟していてね♪」


 にやりと不適な笑みを浮かべて見せて、茉奈は走って零士の元から立ち去った。嵐のような人物だというのが零士の感想だった。未だ彼女の本懐も理解することは叶わない。そして、元来熱望していた暇な学生生活を送る予定であったが、早くもトラブルの種を撒いてしまったことに溜息を吐き、快晴の空を眺めた。


「前途多難だ……」


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