「天下無双」の元横綱は、布団にくるまって涙を流す。

川線・山線

第1話 思わぬ番組オファー

ここ最近のテレビ局は、ネットコンテンツに押されているせいか、提案する企画が変な方向に進んでいるのだろうか?


「えっ?私に『社交ダンス』ですか?」

「はい、当局一番のバラエティ番組、「ウラナラ」で、『元横綱 双葉川、社交ダンス部に入部!』という企画で、当番組の長寿企画の一つ、「社交ダンス部」に参加していただきたいのです。もちろん、双葉川関、いや、失礼しました、双葉川親方の番組出演については、力士の身体能力の高さを番組で見せていただき、相撲の普及に役立てたい、ということで、日本相撲協会からこの企画の承諾をいただいております」


双葉川 英也は、2場所前、強引な投げをうった時に左大胸筋を断裂してしまい、相撲を続けるには左腕の力が十分出せない、ということで先場所引退を表明したばかりであった。5年間の横綱在位中に、膝も首も痛めており、「激しい運動」は特に首に悪影響を与えるので避けるように、とドクターストップもかかっている。彼は、自分自身の身体に自信が持てず、番組の企画に“Yes”と即答はできなかった。


プロデューサーは粘る。


「『社交ダンス』ですから、身体を酷使する、ということは現役と比べると圧倒的に少ないと思います。親方の子供時代を伺うと、スポーツ万能だったと伺っています。「相撲の強さ」だけでなく、親方の「機敏な運動神経」なども、ぜひ世間に知ってほしい、と思っているのです」


英也は答えに窮していた。確かに自分は子供のころ、スポーツは万能だった。子供のころから身体は大きかったが、動きの機敏さには自信を持っていた。相撲の世界に入っても、「力相撲」だけでなく「技巧派」と称されたこともあった。横綱まで上り詰めた力士で、「技のデパート」の異名を持っているのは自分だけだろう、という自負もある。それに、この番組の企画には、少しの悪意もあるように感じていた。筋骨隆々で脂肪もそれなりについている「力士」が「洗練された社交ダンス」をするというギャップを狙っているのだろう、という意図も見える。


ただ、これまで、幾度も逆境を跳ね返してきた「天下無双の大横綱 双葉川関」である。このようなちっぽけな悪意、これを打ち砕き、企画を立てた愚か者の鼻を明かさずにはおれようか、という反骨の想いも湧いてきていた。


膝については整形外科の医師から、


「親方、現役を引いて、体重が15kgほど減れば、サッカーみたいなスポーツでなければ、問題なくできるようになりますよ」


と言われていた。今一番大きな問題である「左大胸筋断裂」については、「相撲」など格闘技を行なわなければ、日常生活には支障がない。


「師匠はどうおっしゃってますか?部屋付きの親方、という立場もありますし、部屋の力士の指導もあります。師匠がこの企画への参加を許してくださるなら、前向きに考えます」


と英也は答えた。自分を「横綱」にまで育て、鍛えてくれた師匠であり、今の部屋を引っ張る親方である栃木野親方の許可がなければ、いくら相撲協会がOKを出していても、この企画には乗れない、と考えていた。


プロデューサーはぬかりなかった。


「もちろん、この企画については栃木野親方にもお伝えしています。企画としては、半年ほどの時間をいただくわけであり、栃木野部屋にもご迷惑をかけることでございます。親方より、「朝の稽古」をしっかりつけていただければ、「午後」の時間については、本業に差し支えない限りは企画への参加は構わない」とおっしゃられておりました。


ここまで外堀を埋められてしまえば、断るわけにもいかない。それに、この企画を考えたものの悪意を打ち破り、鼻を明かしてやらなければ、自分の気持ちもスッキリしない。


「わかりました。社交ダンスは全く素人で、番組にご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

「ありがとうございます。親方がこの企画に参加していただくことだけで、番組は盛り上がります。結果がどうであれ、親方が迷惑だなんてとんでもないことです」


プロデューサーは自分の発言の悪意に気付いていないようだった。まぁそれはよいと英也は考えた。英也は番組への出演を受諾した。


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