第18話 恩返し
※朱音視点です※
午前中で学校を終えたあたしと彩音は、とあるショッピングモールへとやってきた。
「映画なんていつぶりやろ」
テンション高めにエスカレーターに乗る彩音と手を繋ぎながら言った。
「1年前くらいやない? まだ2年の時やったよね」
「せやせや。来年から受験やからって、遊びまくったんやったわ」
「まぁ、受験生になっても遊んでたけどな」
「せやな」
はははと笑う彩音は、百合漫画を読んだ後から目を合わせてくれない。この握った手からも、今までにない緊張が伝わってくる。
あたしのことを恋愛対象として意識してくれているようで、嬉しくなる。
エスカレーターで最上階まで上がれば、受付に行列が出来ていた。
「平日やのに人多いな」
「あたしらみたいな学生が多いんやろね。ネットで予約しといて良かったわ」
「ネット予約しとる人はこっちやって」
彩音に言われて機械の前に並ぶ。そして、現金でお金を払ってから、今気付いたように焦った様子で言った。
「アカン。あたし、予約し間違えてるわ」
「え? 時間違った?」
「時間やなくて作品。こっちのコメディを予約したつもりが、ホラー予約してたみたいや」
「げ、マジで?」
彩音はホラーが大の苦手。顔が一気に青ざめた。
「ごめん。今からあっち並んでチケット買いなおそ」
そういって、長蛇の列を指差す。
「あれに並ぶんか……」
「ほんまごめん。けど、お金も払ってしまってるし、返金してもらうにしても並ばなアカンよね」
「せやな」
諦めて並ぼうとしたところに、良く知った顔がいた。
「あれ、藤井君や」
「ほんまや」
藤井君もあたしらに気が付いた。
「き、奇遇じゃね」
「そうだね」
一応標準語に戻して喋る。
「た、小鳥遊さん達も映画観にきたん?」
ぎこちなく喋る藤井君は演技が下手すぎる。
そう、この偶然バッタリは、偶然でも何ものでもない。あたしから藤井君への恩返し。
彩音を男不信にする為に一番嫌な立ち回りをさせてしまったから……というのは、あたし的にはどうでも良かったのだが、藤井君がどうしてもとうるさいので。
皆様、昨日彩音に百合漫画をたくした時のことを覚えているだろうか。あの時にラインで藤井君に呼び出されたのだ——。
『なぁ、俺、もう挽回出来んじゃろ。彩音ちゃん挨拶すらしてくれんくなっとるじゃん』
『へへ』
笑って誤魔化せば、藤井君はムッとしながら言った。
『でも、成功したってことは、彩音ちゃんと吉田は付き合ってないんじゃろ?』
『え、あたし、藤井君に吉田君のこと言ったっけ?』
『自分で気付いた』
『へぇ』
藤井君にしては冴えている。
『今、失礼なこと考えたじゃろ?』
『そんなことないよ』
藤井君、冴えまくっている。
『とにかく、彩音と吉田君は上手くいってないから大丈夫。あとは藤井君が誠心誠意謝ればさ、どうにかなるよ』
テキトーなことを言って逃げようとしたが、冴えまくっている藤井君はもう騙されない。
『そんなん、もう絶対無理じゃ』
『そんなこと……』
『じゃけん頼む! 恋人にならんでもええけん、せめて友達枠に入れてもらえるように協力して欲しい!』
『友達枠かぁ』
そんなのもいらないんだが、藤井君のおかげでもあるし……。
『良いけど、あたしはキッカケを作るだけ。友達になれるかは藤井君次第よ』
『そりゃ、もちろん分かっとる』
——という経緯があって、今に至る。
「藤井君は、何の映画観るの?」
知っているが聞いてみる。
「これだけど」
藤井君がチケットを出せば、あたしは少し大袈裟に言った。
「え、マジ!? これ彩音と観ようと思ってたやつだ」
「一緒なんだ。奇遇じゃね」
「けど、買い間違えちゃったんだよね」
「え、どういうこと?」
あたしは、藤井君の演技の下手さ加減に笑いを堪えるのに必死だ。
「彩音、ホラー苦手なのにこっち買っちゃってさ。今から変更してもらいに行くとこ」
「え? 今からこの列並ぶん?」
「そうだよ」
藤井君は、彩音にチケットを差し出した。
「良かったら交換しようか?」
俯いていた彩音は、パッと顔をあげた。
「え!? 良いの!?」
現金だと思ったのか、彩音は再び俯いた。
「いや、でも悪いし。それに、わたしが交換してもお姉ちゃんの分のチケットないし」
「それなら大丈夫。あ、来た来た」
藤井君が手招きして現れたのは……。
「「え、吉田君!?」」
あたしも驚きだ。2枚チケットを用意しておけと助言したが、まさか吉田君を誘って2枚用意しているとは。わざとらしく無くて良い。ただ、気になるのは、この2人の関係。
「2人仲良かったっけ?」
藤井君と吉田君は顔を見合わせて苦笑した。
「うん、今日から。な、吉田」
「うん。ちょっと趣味が合うのが分かったっていうか……ね」
「趣味……?」
良く分からないが、もしや吉田君はまだ彩音のことを狙って……? いや、でも、藤井君も彩音と吉田君のことを知っている。これはどういう状況?
あたしが藤井君に目で訴えれば、笑って誤魔化された。
「とにかく、これ観るならそろそろ行かんといけんよ。吉田、実はね——」
藤井君が吉田君に事情を話すと、吉田君も大根役者ばりに棒読みで言った。
「それは大変だ。僕のもあげるよ」
吉田君も何かしらの事情は聞かされているようだ。とりあえず付き合おう。
「え、悪いよ。ね、彩音」
「う、うん……でも」
あとは、彩音に任せる。コメディなら、いつものように手を繋いで観るし、観ないならウィンドウショッピングでもしながらデート。万が一、ホラーを観ることになったなら、彩音と過剰なスキンシップがはかれる。
どれも捨てがたい。むしろ全部したい。
彩音は、意を決して藤井君と吉田君に頭を下げた。
「交換して下さい!」
「「良いよ」」
チケットを交換しながら、あたしは言った。
「観終わったら、みんなでお茶でもする?」
「え、お姉ちゃん!?」
「だって、タダで交換するのも悪いしさ」
「まぁ、そうだけど……」
「じゃ、終わったらまたここで集合ね」
こうして、あたしは藤井君への恩をひとつ返したのだった。
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