第17話 百合カプを応援する会

 百合漫画を読んで1日経った今も……というか、昨日あんなエロい夢を見てしまったばっかりに、余計に朱音の顔が見られなくなってしまった。


「彩音、あたしなんかした?」


「え!?」


「昨日おっぱい触ったことなら、ごめんて」


「え!?」


 今のは、わたしではない。隣の席の吉田君。


「もう、お姉ちゃん。学校でそんなん言わんといてよ。誰が聞いてるか分からへんやろ」


「彩音が関西弁で喋るから注目されんねんで」


 吉田君もうんうんと頷いている。


(あんたには関係ないやろ。この、クズ男!)


 と言いたいが、そんなことを言えるはずもない。


 とりあえず吉田君は視界に入れないように……と思ったら、朱音と目が合う。


(下しか見られへん……)


「彩音ちゃん、大丈夫? 体調悪いなら保健室行く?」


 藤井君までやってきた。


 いくら優しく接してきたからって、わたしはもう騙されない。男は皆、信用出来ない。


「彩音、あたしと保健室行く?」


「うん」


 信用出来るのは朱音だけ。産まれた時からずっと一緒に生きている片割れ。わたしの分身。ただ、顔は見れないが。


 ——保健室に入れば、保健室の先生が優しくベッドに誘導してくれた。


「大丈夫? とりあえず熱測ってみよっか」


「はい」


 おでこでピッと測れば、すぐに値が出た。


「うーん……熱はないわね。とりあえず少しここで休んでいく?」


「そうします」


 ベッドに横になって、口元まで布団で隠した。


「じゃあ、私はあっちにいるから何かあったら呼んでね」


 保健室の先生は、カーテンをシャッと閉めた。


 ひとまず保健室で寝ていよう。授業があるわけでもないし、3年生はいてもいなくてもどっちでも良いのだ。他の学校の3年生は2月から休みのところも多いのに、何故うちの学校は……。


 見当違いなところに、この何とも言えない気持ちをぶつけていると、朱音が小さめの紙袋をポンと枕元に置いた。


「昨日の続き、気になるでしょ? 借りておいたから」


「あー」


 気にはなるが、それが原因でこうなっているとは言えない。双子の姉に変態だと思われる。


「ありがとう。後で読むね」


「じゃあ、あたしは戻ってるね」


 朱音は、何故か嬉しそうに保健室を出た。


 ——そして、わたしと百合漫画だけがそこにいる。いや、漫画は物だからある? ええい、どっちでも良い。


 とにかく、百合漫画を見ないように、寝返りを打って反対を向いて目を瞑る。


「……」


 片目を開けて、チラリと後方を見る。


「ちょっとだけなら……って、ダメダメ! 続きを読んだらドツボにハマる」


 首をブンブン振って、百合漫画に打ち勝つ。


「いや、でもあの後どうなるんやろか。別れるんかな……そこだけ……そこだけ読んだらやめよ」


 打ち勝てなかった。わたしは、百合漫画を手に取った。


◇◇◇◇


 一方その頃、藤井君と吉田君は2人、屋上で話をしていた。


「藤井君、話って何?」


 警戒する吉田君に、藤井君は躊躇いなく聞いた。


「吉田は、好きな人おるん?」


「な、何で藤井君に言わんといけんのん」


「良いじゃん。俺、彩音ちゃん」


「知っとるし」


 吉田君は、ぼそりと呟き、思い出すように言った。


「でも、あれって何だったんじゃろ……」


「あれって……?」


「好きな人に告白された」


「は? 良いなー、お前だけ。じゃあ、付き合うん?」


 羨ましそうに言う藤井君。そして、落胆する吉田君。


「逃げられた」


「は?」


「僕も好きって伝えようとしたら、逃げられた。しかも、それからゴミを見るような目で見られちょる」


「何じゃそれ。ちなみに、誰なん?」


「……小鳥遊さん」


 吉田君の声が小さすぎて聞こえなかったよう。藤井君は聞き返す。


「なんて?」


「小鳥遊さん」


「え、お前。小鳥遊さん好きなん!? 3角関係じゃん!」


「じゃけん、言いたくなかったんよ」


 吉田君は彩音のことを小鳥遊さんと呼び、藤井君は朱音のことを小鳥遊さんと呼ぶ。2人の会話は、話が噛み合うようで噛み合っていない。


 つまりは、吉田君は、彩音、藤井、吉田。藤井君は、彩音、朱音、吉田。の3角関係だと思い込んでいる。


 ただ、噛み合っていないながらも、行き着くところは同じだったりする。


「僕、あの双子の百合なら潔く諦められるんじゃけどなぁ」


「え? 吉田って、そんな趣味あるん!?」


「だって、いつも2人でお風呂入るとか、抱き合って寝るとか話しよるけんさ」


「あー、それ俺も聞いたわ。小鳥遊さんから」


「さっきなんか、小鳥遊さんのおっぱい揉んだとか言っとったんよ」


「マジか」


 2人は妄想が膨らむばかり。


 藤井君は、遠くを見ながら言った。


「良いかも……」


「じゃろ? しかも関西弁の可愛い女の子。たまらんわ」


「うんうん」


「でね、僕、趣味でこんなん描きよんよ」


 吉田君はスマホを藤井君に手渡した。


「ブッ」


 藤井君の鼻腔内毛細血管は盛大に破裂した。


「藤井君、大丈夫!?」


 吉田君は、急いでスマホを奪い返し、ティッシュでスマホを拭いた。


「お前、ムッツリか! てか、ティッシュ俺に渡せや! スマホと俺、どっちが大事なん!?」


 藤井君が声を荒げれば、吉田君は平然と言った。


「スマホじゃけど? なに?」


「『なに?』じゃないわ、ボケ!」


 藤井君は自身のポケットからハンカチを取り出し、自分で対処した。


 そんな藤井君をよそに、吉田君はスマホの液晶画面を見ながら言った。


「あの2人がこんな風にならんじゃろか」


 藤井君もボソリと呟いた。

 

「ま、まぁ……吉田に取られるよりは、小鳥遊さんとくっ付いてくれた方が諦められるかも」


「藤井君」


 吉田君は藤井君の手を取った。


「な、何?」


「卒業まで2週間切っとるけど、全力で2人を応援しようや」

 

「お、おう」


 こうして、何故か男子2人は、陰ながら彩音と朱音の百合カップルを応援する会を結成したのだった。

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