第7話 責任取りや

※朱音視点です※


 このご時世、風邪症状があると無理して学校に行かなくて良いことになっている。ましてや受験を控えた生徒がいる中、無理して通学すれば、それはもう白い目で見られる。


 だから、彩音を1週間休ませることにした。大事な大学受験が終わるまで。もちろん、あたしも一緒に。


 1週間も休めば、来ると思っていた。


「まさか初日から来るなんてね。藤井君」


「え、小鳥遊さん。俺が来ること知っとったん?」


「まぁね」


 逆に、来なかったら彩音を好きだなんて金輪際言わせないようにしようかと思っていたくらいだ。


 彩音好き好きコンテストには合格だ。


(なんやねん、そのネーミングセンスのないコンテストは。てか、そんなんあたしが優勝や)


「で? 何持って来たの? 渡してあげる」


「えっと、彩音ちゃんの顔を見るのは……」


「ダメに決まってるでしょ。彼氏でも何でもないのに」


 そう言うと、若干……いや、かなりショックを受けたようだ。藤井君は手荷物をあたしに預けて背を向けた。


「彩音ちゃんに宜しく言っといて」


 そんな小さくなった藤井君を可哀想……なんて微塵も思わない。


 だって、彩音はあたしのモノ。あたしの分身。誰にも渡さない。


 彩音と両想いである“吉田君”にも。


 吉田君とは2年生の時に知り合った。クラスは別だったけれど、図書委員で一緒になった——。


 委員会で集まれば、まずは自己紹介をした。


『小鳥遊 朱音です。で、こっちが妹の彩音です。宜しくお願いします』


 彩音もペコリとお辞儀した。


『お願いします』


 すると、毎度お馴染みの返事が返ってきた。


『本当、そっくりだね!』


『ホクロが反対にあったりとか……しないみたいじゃね』


『みんなどうやって見分けとるん?』


 あたし達は一卵性双生児。見分けられる人なんて、両親と祖父母くらいだ。いや、祖父はよく間違えている。


 その場は笑って誤魔化して何事もなく終了。吉田君とは会話すらしていない。


 そして、図書委員はローテーションで昼休憩と放課後にカウンター当番がある。


 あたしと朱音も週1回の当番をこなし、3ヶ月目くらいの時に気が付いた。吉田君が、あたし達を見分けていることに。


『あの、朱音さん。この本、あっちに片付けといてくれん?』


『うん、分かった』


『小鳥遊さん、そこ。そうじゃないよ』


『え、マジ? ごめん、教えて』


 何気ない指示を彩音とあたしを間違う事なく自然と出すのだ。全然気が付かなかった。


『吉田君、どっちが彩音でどっちが朱音でしょうか?』


 何度かクイズをしてみたが、百発百中。


『なんで分かんねん!』


 と、あたしはやや喧嘩を売りたくなった。彩音は逆にそれが嬉しかったようで、吉田君に興味を示すようになった。


 そして、彩音の事は苗字で呼んで、あたしの事は名前で呼ぶ吉田君。初めこそあたしに興味があるのかと思った。しかし、反対であることに気が付いた。


 何故なら、吉田君が自分で言っていたから。


 吉田君に勧められて読んだ本は恋愛小説。それを読み終わって返却する時に言われた。


『朱音さん。その本面白かったじゃろ?』


『あー、うん』


『この作家さん、描写が良いんよね』


『だね。想像しやすかったかも』


(ほんまは、本なんてあんま興味ないんよな。図書委員やって、ラクかな思うて入っただけやし。本好きの吉田君には言えへんけど)


 それからも本について語る吉田君。


『——でも、小説の中って、普通に好きな相手を名前で呼ぶじゃろ? 好きな人を名前で呼ぶなんて、恥ずかしくて出来んよね』


『え?』


 そして、吉田君の視線が彩音に向いた。


(確定や。吉田君の好きな人、彩音やん! なんで気付かんかってんやろ。あたしのアホ!)


 今までも何人かいる。彩音を好きになった男は。ただ、皆が彩音とあたしを区別出来ないでいた。そして、彩音を好きというより、あたし達のだった。


『朱音ちゃん、俺と付き合わん?』


『は? 昨日、彩音に告ってたやん!』


 思わず関西弁が出てしまった。


『やっぱ良いよね。関西弁女子。しかも双子じゃけん、なお可愛い』


 虐められたのも勿論あるが、こんな輩がいるから、人前では関西弁を彩音に禁止した節もある。

 

 ちなみに、実はこの男、昨日も彩音ではなくあたしに告白をしている。彩音だと思い込んで。即刻フッてやったけれど。


 なのに、翌日にはあたしに告白なんて……。


『正直、顔がタイプじゃけん、どっちでも良いんよね』


『失礼な男ね。金輪際、あたしと彩音の前に現れないで』


 という具合に、今まで何人かに告白された。運良く彩音とあたしを間違えて、全部あたしが呼び出されたので、事なきを得ている訳だが……。


 吉田君はそうはいかない。


 ただ、吉田君も彩音も奥手だから助かった。3年生で同じクラスになっても、何も進展がない。


 彩音なんて、あたしが吉田君の事を好きになったと嘘を吐けば、自分の恋心を表に出す事なく、すぐに引き下がった。


 もうすぐ卒業。安心しきっている頃に、吉田君が言った。


『僕、卒業したら九州の大学行きたいんよ』


『へぇ。寂しくなるね』


 と、言いつつも内心は大喜びだ。


『でも、その前に好きな人に想い伝えようかな……とか思うんよね。ただの自己満かもだけど』


『そっか』


(ヤバいやん。吉田君が行動起こしたら、彩音がとられてしまう。どうにかせな)


 ——というわけで、吉田君より先に行動に出たのが、例のヴァレンタイン。


 あたしが吉田君に告白したら即刻フラれるのは間違いなし。だから、彩音に成り代わってもらってチョコレートを渡してもらった。


 するとどうだろう。


 吉田君は、彩音とあたしが成り代わった所ですぐに見抜く。見抜いた吉田君は、彩音からチョコレートを貰えたと一瞬喜ぶ。


 そして、それがあたしからのだと知った瞬間……彩音は吉田君に興味がないのが確定。


 吉田君、自動的に失恋決定。告白をすることなく退場。


(の予定やったのに、藤井君のせいでおかしなことになっとんねん! 責任取りや!)


 あたしは、帰ろうとする藤井君に声をかけた。


「藤井君、あたしと付き合わへん?」


「は?」


「彩音は他に好きな人がおんねん。せやから、あたしと付き合おうや」


 どうせ藤井君もあたし達の顔がタイプ。どっちでも良いのだ。

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