第15話 芽生え
あの壮絶な休日から2週間ほど経った。
あのあとわたしと真矢ちゃんは怪我を見てもらうため近くの病院に行き、警察の人にあったことを説明しているうちに沢谷さんが大慌てで来てくれたのだ。
沢谷さんは危ないことをしたわたしたちを、今まで見たことないくらい怖い顔で叱った。いつも優しくてニコニコしている沢谷さんのあんな表情は初めてで。真矢ちゃんと2人で縮こまってしまった。あんなに反省している真矢ちゃんを見たのも初めてかもしれない。
学校では敵なしっ! って感じの真矢ちゃんだから、叱られている時のしゅんとした表情は、悪戯を叱られた子猫みたいで少し可愛かった。
一方美舞ちゃんはというと、ひとりで家に帰って行った。家族の迎えは来なかったけれど親とうまくいっていないわけではないようで、電話越しに何度も「だから迎えに来なくって大丈夫だから」と呆れたように繰り返していた。中学時代はあまりうまくいっていなかったらしいけれど、今はそんなこともなさそうでホッとしたのを覚えている。
けれど……肝心な真矢ちゃんとは全然うまくいってないようだ。学校でも美舞ちゃんは、怪我の治療のために休んでいる真矢ちゃんの話題が出ると、明らかに嫌な顔をする。どうしてそんなに敵視するのかなぁ。
「ハム子」
ふと低い声が聞こえ、びくりと肩を震わせる。事務所の机で考え事をしていたわたしに声をかけたのは、真矢ちゃんだ。
「なに?」
「別に。ただずっとぼーっとしてたから、どうしたのかなって思っただけ」
「そ、そんなにぼーっとしてたかな」
「してたわ。普段からちょっとそういうことあったけど、最近では特に」
真矢ちゃんはあの大事件で結構怪我をしていたように思えたけれど、獣人種の回復力は普通の人間の倍くらいあるらしく、すぐに元気になった。とは言っても今の真矢ちゃんは頭と腕に包帯が巻かれていて、だいぶ痛々しい。しかし明日には包帯が取れて、学校にも行けるらしいと知ってホッとした。
彼女をこんなにした相手、強盗集団のリーダーである『クロヒョウ獣人種のオニキス』はまだ捕まっていない。他の仲間たちは全員捕まったものの、彼だけは指名手配されている。
わたしは真矢ちゃんの顔を見返す。綺麗な翡翠色の瞳がわたしを映している。オニキスの瞳も綺麗だったけれど、あの時に映ったわたしの顔は恐怖に歪んでいた。今真矢ちゃんの瞳に写っているのは、ただぼーっとしているわたしの気の抜けた顔だけだ。
「ほらまた」
「むにゅっ!?」
突然両頬を手のひらで挟まれ、ぐいっと押し上げられた。そのままグニグニと頬を撫でられ、呻き声が口から漏れてしまう。
「お〜い、真矢、ハムちゃん。キミらにお届けものが来てるぞぉ〜」
ひょっこりと顔を出してきた沢谷さんにわたしたちは視線を寄越す。やってきた彼の手にはダンボールの箱があった。
両手で収まるくらいの小さめな箱だ。側面には見覚えのあるロゴが書かれていた。
それは、あの時オニキスたちに襲撃されたジュエリーアクセのお店のマークだった。
「あの店のじゃない。中身は?」
「オレは知らんよ。まぁ開けてみな」
そう言ってから「オレはちょっと外出してくるからな〜」と出ていってしまった。わたしはまだ頬を摘んでくる真矢ちゃんの手を払い、箱を手に取る。
そこまで重くはない。振っていいものなのかもわからないので音を聞くこともできない。いつの間にかカッターを持ってきていた真矢ちゃんが、箱に刃で線を入れる。
開けて出てきたのはまた箱だった。今度は小さな箱が2つ。それから1枚の手紙。わたしたちは一度顔を見合わせてから首を傾げた。
「なんだろう、これ?」
わたしの問いかけを無視して真矢ちゃんが手紙を開いたので、それを横から覗き込む。
『沢谷探偵事務所の花護公子様、豹辻真矢様
先日は当店を守ってくださりありがとうございました。貴方様方のおかげで、盗まれた商品もお金も、無事に戻ってきました。
これは感謝の気持ちです。受け取ってください。』
その文と、もう一度感謝の言葉が書かれ、最後にお店の名前が書かれていた。
「だ、そうよ」
「お礼の品……なんだろう?」
「そりゃジュエリーショップでお礼の品って言ったら……」
そう言いながら入っていた箱のひとつを取り出し、開け始めた。わたしは真矢ちゃんが開けているものとは違う、もう片方を手にとって開ける。
パカっと開かれた中に入っていたのは――
「あっ、これ……」
「あの時あんたが見てたネックレスじゃない」
ほら、と真矢ちゃんが開けた方もわたしに見せてくる。わたしが開けた箱にはエメラルドの宝石で作られたネックレスで、真矢ちゃんが開けた方はピンクトルマリンのネックレスが入っていた。どちらもあの店でわたしが眺めていた商品だ。値段が高くて買えなかった、あの。
「こ、こんなの貰っちゃっていいのかなぁ?」
「いーんじゃない? それだけのことしたってことよ、あたしたち」
ふふんと胸を逸らして得意げな真矢ちゃんは、ピンクトルマリンのネックレスを手に取っていた。ヒョウのしっぽが生えていたら、きっと嬉しそうにフリフリしていただろう。想像するとだいぶ微笑ましい。
そう思っていると、真矢ちゃんは持っていたネックレスの留め具を外し、そしてそれを持った手を、わたしに伸ばしてきた。
「え? 真矢ちゃん?」
「ちょっとじっとしてなさい」
そう言って顔が近づいてくる。思わずぎゅっと目を瞑ると、首の後ろに手を回された気配がした。そして真矢ちゃんの熱を至近距離から感じ、どくんと心臓が跳ねる。
かちゃり、と背中の方から金属の音が聞こえ、首にひんやりとした感触が。恐る恐る目を開けると、笑っている彼女と目が合った。
その優しい瞳にまた心臓がうるさくなる。胸を抑えようとして、何かに触れた。
視線を落とすと……首に綺麗な薄桃色の宝石がかけられている。
「え? っと、真矢ちゃ」
「うん、やっぱこの色、あんたに似合うわね」
その真矢ちゃんの言葉に、わたしはひどく動揺した。なんでこんなに心が乱されているのかもわからず、視界が揺れる。
「店で見た時も思ったのよ。あんたに似合いそうな色だなって。少なくともあたしには似合う色だとは思わなかったし」
そんなこと、と否定しようとしても声が思うように出ない。顔が熱い。
真矢ちゃんはそんなわたしに気づかず、わたしが開けた方――エメラルドのネックレスを手に取り、自分の首につけた。
「あたしはこっちかな。あ、勝手につけちゃったけど、こっちがいい?」
「う、ううん、こっちがいい」
やっと出た声は少し震えていた気がしたけれど、真矢ちゃんは気にしてないようだ。
真矢ちゃんはエメラルドを細い指先で優しく撫でた。少し揺れたそのエメラルドは真矢ちゃんの瞳そっくりだ。その宝石みたいな目でわたしを見つめてきて、どきりとする。
「――あたしさ、ずっとあんたに言わなきゃいけないと思ってたことがあるの」
「え……?」
ふと視線を落とし、目を伏せた。眉がほんの少しだけ下がっている気がする。
「あいつ――園田に言われて、伝えないとって思ったの」
美舞ちゃんに言われたこと。それは真矢ちゃんにとって気分のいいものではなかったはずだ。それを聞いて真矢ちゃんは一体、何をわたしに言いたいんだろう。
やがて視線を上げた。わたしと目が合うも、今度は心臓が跳ねたりしなかった。真剣な瞳がわたしに向けられる。
「あたし学校で、あんたのこと避けてた」
「え……」
避けてた。その言葉がずしりと、重しのようにのしかかってくる。思えば学校での彼女は、会話する時や呼び出す時はいつもスマホだったし、呼び出される場所も人通りの少ない場所で、短く話すだけだった。
けれども事務所に行けば普通に話していたし、距離感だって近かった。学校にいる時だけだ。よそよそしかったのは。
「なんで……?」
「それは園田が言った通りよ」
――公子さんはみんなに優しくて人気者で……でも豹辻さん。あなたはクラスのはみ出しものなの
――そんなあなたが、公子さんの横にいると、公子さんの印象が悪くなる
美舞ちゃんの言い放った言葉が、わたしの脳内で木霊した。
「そ、そんなこと」
「あたしはね、」
否定の言葉を遮るように、真矢ちゃんは続ける。
「あんたに迷惑になると思った。あんたは優等生であたしは問題児で。だからあたしが一緒にいれば、あんたが変な目で見られると思ったし、先生にも目をつけられてあんたの評価が下がるかもしれない。それくらいの問題行動を、あたしはやらかしてる」
真矢ちゃんの瞳が悲しそうに、そしてどこか怒りの感情も秘めているかのように揺れ動いた。その感情は美舞ちゃんにか、それとも……自分に対してか。
彼女の言葉を聞いて、今度は何かで殴られたような衝撃が走った。そんなことを真矢ちゃんが考えているなんて思わなかったのだ。
それに……わたしだって、そうだ。
わたしだって真矢ちゃんを避けていた。それは真矢ちゃんのように、相手のことを思ってわざと避けていた、という理由でもない。
ただ自分が、真矢ちゃんと関わりに行ったら他の友人たちに距離を置かれると思ってしまったから。そんな自分勝手な理由だ。
「――けどね、」
揺れていた瞳が停止した。真っ直ぐわたしを見つめてくる。
「あんたにそれを言わなきゃと思ったのと同時に、こんなことも思ったのよ」
「え……?」
尋ねると真矢ちゃんはふっと微笑んだ。いつもきつく尖っていた目が細められ、口元も緩く微笑み、柔らかくて優しいその表情に心臓がキュッとなる。
さっきから続く、よくわからない動揺。またバクバクと鳴りだした心臓。頬が熱くなって湯気が出そうだ。
そんなわたしを他所に、真矢ちゃんは口を開いた。
「――あたしは、もうあんたを手放さない。誰がどう言おうと、あたしはあんたの横にいたいって」
そう言って、にっと笑った。瞬間、わたしは目の奥が熱くなって、瞼を閉じる。
「……な、なんかすっごい恥ずかしいこと言っちゃったけど――って、ハム子!? どうしたのよ!」
「へ、な、なにが」
「なんで泣いてんの!」
その言葉に驚いて、目元を擦ると手の甲が濡れた。わたし、本当に泣いちゃってる……?
「な、なんでだろ……あ、あれ?」
本当に訳がわからなかった。わたしはなんで泣いてるの? 真矢ちゃんの言葉に? どうして?
「なんで自分でわかんないのよ……もうっ」
そう言うとポケットからハンカチを取り出し、わたしの涙を乱暴に拭き取る。手つきが荒く思わず短い悲鳴をあげると笑い声が返ってきた。
その声に目を開ければ、飛び込んできたのはあの柔らかな微笑みを浮かべた真矢ちゃんの顔で――
瞬間、わたしは理解した。彼女の笑っている顔が、わたしの横にいたいと言ってくれた声が、涙を拭ってくれる手が、
――真矢ちゃんが、好きなんだって。
どうしようもないくらい、泣いてしまうくらい、大好きなんだって。
これは恋だ。泣いてしまうのはきっと叶わない恋だから。この胸の高鳴りも、締め付けられるような痛みも、熱くなる頬も、全て恋しているから起きる現象だ。今まで感じたことのないものだったから、訳もわからず動揺してしまったんだ。
わたしは大人しく真矢ちゃんに涙を拭いてもらいながら、心の中で何度も「どうしよう」を繰り返していた。
⭐︎
その日のことをわたしは日記に書き連ねた。
今日あった出来事と、そして……芽生えてしまったこの感情。
一番最後に書いた一文を眺め、わたしは熱いため息を吐く。
――わたしは真矢ちゃんに、恋をしてしまった。
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