2. ナポレオンと予兆
今日も一日平穏に過ごしきった陰キャぼっちの放課後は、一日の中で最もリラックスできる時間と言える。
常にアンテナを張りながら防御に徹しているのはどうしたって疲労が溜まるが故に、意識高い系陰キャぼっちは伊達にできるものではない。
部活動に所属しているはずもなく、クラスのホームルームが終わるや否や真っ先に教室を抜け出して一階昇降口へ突っ走った。
このとき、ほぼ同時に昇降口へとやってくる人物が一名いる。
同学年他クラスの男子生徒だが名前も知らない、それでもたった一人の同志だ。
俺と彼の下駄箱の場所は柱を挟んだ向こう側だからいつも顔を合わせることはないが、毎日の放課後で彼の存在はしっかりと認知している。
俺が靴を履き替え終えると、彼はいつも居なくなっていた。
認めざるを得ないが、彼は俺の一手か二手上をいく陰キャぼっちと言えるだろう。
今日はこれから一旦家に帰ってから、私服に着替えて映画を見に行く予定だ。
前々から見たかった映画だから行こう行こうと思っていたのに、気がつけば一ヶ月も経ってしまった。
後回しにしているという感覚はなかった。
ただ若干のタイミングと足を運ぶ気力が妙に湧かなかっただけだ。
家と高校の近くに映画館が併設されている大型ショッピングモールがあるのだが、そこの映画館の場合ポイントが貯まらないから行く気にならない。
最寄駅から10分ほどかけて行った駅の中にある映画館だと、俺の持っている会員カードでポイントが貯まる。
さらに映画を6回見ると1回分の映画料金がタダになるという特典もあるわけで、他社の映画館に行こうとは思わないのだよ。
あとは近場に行ったがために高校の顔見知りがいると気まずいという理由もある。
家に帰宅すると制服から私服へと着替え、早々にまた家を出た。
目的の映画上映時刻は17:50であり、今の時刻は16時を過ぎたころ。
このまま電車に乗って到着したとしても一時間以上の猶予がある。
だがしかし、そんなことも俺の計算のうちである。
そこの駅構内には、『一時間ちょうど使って巡れるオモシロ展示パーク』というものが最近できたらしい。
入場料は高校生以下割引で500円。
まぁ渋るほどの金額でもあるまいし、少し興味があったから一時間ちょうど使えるのなら時間潰しにちょうどいい。
一定の速度で歩き続けた場合に一時間経過するのか、展示物の前で数分立ち止まって見たときの時間も換算して大体で一時間が経過するのかは定かではない。
駅のホームで立ち尽くしていると、ようやく電車がやってきたため列の先頭で車内に乗り込んだ。
高校の最寄駅でもあるためか、車内には下校する生徒の姿が多く見受けられる。
学校の縛りから解放された彼らの放課後の姿はさまざまである。
このあとどこに行こうかと楽しそうに談笑する人、他の視線を気にすることなくイチャラブし合うバカップル。
そんなバカップルを遠目に見つめている複数の男子生徒。
あれを羨ましいと思うその気持ちは分からなくもないが、公共の場で乳繰り合う猿共より、二人だけの空間でだけ存分に愛し合う関係の方が俺としてはエッチ度を強く感じる。
例えば三年の生徒会長を彼女に持つ二年の後輩彼氏カップルがいたとする。
普段は鋭く厳格で、全校生徒ならびに教師までもが
加えて後輩彼氏に調教されたいドM気質のエッチな女、なんていうのを想像するだけで胸が踊らないだろうか。
ナルシスト連中のバカップルぶりを見せつけられたところで目の毒だし環境汚染してるから早く視界から消えてもらいたい──なんて言いたくもなりそうだが別に思っているわけではない。
そんなくだらない思考に耽りながら電車に揺られること数十分、目的の駅に停車したところで俺は下車した。
500円を払って入場し、一方通行に作られた展示コーナーを巡っていく。
普段の混雑状況はわからないが、俺が入場するタイミングでは他に人はおらず、入場してからは静かに展示物を眺めることができた。
入場してから早速目に映ったのは、デカデカとした額縁に飾られたナポレオン・ボナパルトの絵画だった。
しかし一目見てあからさまに可笑しい点がある。
馬に跨りポーズを決めるナポレオンであるはずが、跨っているものが馬ではなく、よくみると文字が変形して馬のシルエットとなっている。
それは『無能』の二文字だった。
馬の頭部に代わる部分から『無』の一画目が始まっており、『能』の最後の画目が尾毛になっている。
これはおそらくだがナポレオンが残した名言とされる『恐れるべきは有能な敵でなく無能な味方』の中の無能な味方を表しているのだろう。
描かれたナポレオンをよく見ればそれは決めポーズではなく、前足をあげて吠える馬から今にも落ちそうで慌てているように見える。
表情はたくましい軍人のものとはかけ離れて焦っている。
恐れるべき無能な味方が暴走する馬であるということを表現した絵なのだろう。
確かにオモシロではあるが、頭の中で思い描いていたオモシロなものとは少し違っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます