中章(前編)

翌日。

喫茶店を出て二人がやってきたのは、川沿いの小さな公園だった。

春の風が心地よく吹き抜け、河川敷ではジョギングをする人やベンチで読書をする人の姿がちらほらと見える。

「……で、何をするんだ?」

悠人はベンチに腰を下ろしながら尋ねた。

「楽しいことをします!」

「だから、それは何なんだ?」

「はい!」

陽菜はコンビニの袋からシャボン玉セットを取り出した。

「……まさか、それをやるのか?」

「そうですよ! いい歳したおじさんがシャボン玉を飛ばすなんて、なかなかできない経験じゃないですか?」

悠人は呆れたように彼女を見たが、陽菜は真剣そのものだった。

「ほら、やりましょう!」

差し出されたストローを受け取り、悠人は苦笑しながら息を吹きかける。

空にふわふわと舞うシャボン玉。

陽菜は嬉しそうにそれを見上げていた。

「悠人さん、ちょっとだけ笑ってますね」

「そうか?」

「ええ、そうですよ」

陽菜はどこか満足そうに頷いた。

しばらくして、陽菜はふと静かに言った。

「私ね、悠人さんを見てると、ちょっと自分を見てるみたいな気がするんです」

悠人は驚いて彼女を見た。

「自分を?」

「うん。私、ずっと自分が何かを頑張っても、きっと無理だって思ってたんです。夢を追っても、どうせどこかで挫折するんじゃないかって。でも、悠人さんを見てて気づいたんです」

陽菜はシャボン玉を飛ばしながら、静かに続けた。

「きっと、諦めたら本当に終わりなんだなって」

悠人の胸に、鋭い棘が刺さったような気がした。

「私はまだ高校生だから、やり直しがきくかもしれない。でも……悠人さんだって、まだ終わりじゃないですよね?」

悠人は、言葉を返せなかった。

目の前にいる少女は、ただの明るく無邪気な存在ではなく、自分と同じように迷い、悩みながらも前へ進もうとしていた。

「だから、悠人さんももう一度、何か始めてみたらどうですか?」

陽菜は微笑みながら言った。

悠人は空を見上げる。

シャボン玉が陽の光に照らされ、淡く輝いていた。

彼は、その光景を静かに見つめながら、自分の手の中に何か温かいものが戻ってくる感覚を覚えていた。

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