9話 火竜戦 炎のブレス

第三章 その9 火竜戦 炎のブレス


「誰も……いない?」


 勇者カルスを先頭に大聖堂に飛び込んだ俺たちだったが、そこにはニンゲンの一人も待ち構えてはいなかった。

 そしてこの異様なまでの静けさ……肩透かしを食らった俺たちは大いに戸惑ってしまう。


「ニンゲン共が待ち構えているのではないのか?」


「……油断しては駄目。必ず何かあるはずよ!」


「…………」


 そして先頭を切ったゴブリンの勇者カルスが感嘆の声を漏らす。


「それにしても……こりゃあスゲェなぁ……」


 広い。高い。デカい。

 三拍子揃ったその空間は確かに大聖堂と呼ばれるだけのことはあった。

 天井が有り得ないくらいに高い。それにだだっ広い。たくさんの長椅子が並べられているのでピンとこないが、ゆうに五百人は軽く収容できるのではなかろうか。


 この大聖堂はイルマルタ皇国がゼシア帝国を制圧した後に建てたもの。

 確かに凄い。凄いよ。その一言に尽きる。

 見ろよ、このどうかしてるぐらいに高い天井。こんな高さ、ニンゲンにだって必要ないだろう?


 しかしこれだけのものをポンとおっ建てるだけの技術モノを持っているのだ。彼らの技術力には目を見張るものがある。

 しかし一体全体なんだって、こんなだだっ広いだけの巨大な建造物が必要なのだろう?

 確かにヒト種は俺たちゴブリンに比べたら一回りも二回りも体が大きい。だからっていくら何でもこれはやりすぎだ。理に適ってない。


 その答えはすぐに見つかった。大聖堂の奥にはニンゲンたちが崇める神々の一端を象った、超巨大な女神像が立っていたのである。


「こ、これが奴らの崇める神の姿……?」


 大聖堂の奥の壁と一体となっている彫刻の女神像……見る者の心を奪う圧倒的なまでの存在感。


「いくらなんでもデカ過ぎだろ……」


 あれほどの規模での鉱山開発。トロッコ技術に昇降機。やることなすこと本当にニンゲン達には驚かされる。

 カルスとオズマンが状況も忘れて魅入っている。

 その時であった……。


 ゴゴゴゴゴゴ…………


「……!」

「皆、気を付けてッ!」


 パラ……パラ……


 天井から落ちる砂と埃。

 坑道の採掘現場で過去数回、耳にしたことのある地響きのような音が聞こえてきた。

 揺れる聖堂内。一瞬どこか崩落でもしたのかとビクッとなってしまったが、まさかこんなところでそんなこと起こるわけがない。


「な、何? 何なの? この胸騒ぎは……?」


 珍しくイアンメイデが動揺している。そういえば彼女も鉱山で働かされていた採掘班ゴブリンの一人。何かを感じ取ったとしても不思議はない。

 俺もっきから嫌な予感がしてならない。とんでもなく嫌な予感が……。


「な、何かヤバくないか……これ……」


 ビシィッ……ビシビシビシィッ……


「……!」


 悪い予感というものは当たってほしくない時に限って不思議と良く当たる。

 突如、奥の女神像に何本もの亀裂が走った……かと思った瞬間、けたたましい轟音と共に一気に崩れ落ちたのである!


 巻き上がる粉塵。砂煙にあっという間に包まれる聖堂内。視界が閉ざされ、とても目なんて開けていられない状態になる。


 ギャオオオーーーース!


「……!」


 その時、身の毛もよだつそら恐ろしい咆哮が四人の耳をつんざいた。

 石壁の女神像があった所から吹き込んでくる風が、砂煙を聖堂の外へと押しやっていく。

 煙が晴れるとそこには、赤みがかった鱗を持つ超巨大な爬虫類が仁王立ちしていたのである!


 火竜――!

 それは生物における頂点、最強種の一端を担うもの!

 あえて神という存在を引合いに出すなら、それに最も近しい存在。


 これはそのレッドドラゴンと呼ばれるものの子供。それでも四メートル近くはある!


「な……なな、な………」

「バ……」

「こんなことって……」

「あ……う……」


 思わず手に持つ大盾を落としそうになる。

 なぜ目の前にいるのが子供かだって? 成体であるはずがない。もし成体であったならこんな程度なわけがないし、そもそも使役などできるわけがない! 

 とはいえ最強種のひとつであることに変わりはない。

 一体どうやってこんなシロモノを持ち込んだのであろうか。こんなものが今まで街中に隠されていたっていうんだから驚きだ。

 ニンゲンはまたとんでもない隠し玉を持ち出してきたものである。


 火竜がこちらを見下ろしてきた。


 ニタアァァァ……


「……!」


 ……今……笑った?


「皆! 構えてっ! 敵認定されたわよっ!」


 四人に戦慄が走る。


 その時、勇者カルスの持つ宝剣が青白いオーラに包まれた!

 見る見るうちに形状が変わっていく勇者の剣。

 いや、正確にはそう見えているだけで変わってはいない。剣を包み込む青白いオーラのようなものが全く別の剣であるかのように見せているのである。

 それはまるでほとばしる青い炎のよう。この時を待っていたかのように、老ハイエルフが施した祝福と竜特攻のエンチャントが発動した瞬間であった。


 それはダークハイエルフが施した付与魔法――マスタークラスエンチャント。

 その効果を受けて新たに生まれ変わった竜特効の必殺剣。これこそがドラゴンキラー、

『スレイヤー・フロッティベルク』の真の姿!


 剣を手にするカルスの瞳にも青白い焔が宿る。

 勇者としての宿命が彼自身の資質を最高潮にまで高めていく。


「……やれるぞ。俺はやれる! 皆っ、ついてきてくれェェェッ!」


「おおうッ!」


「三方から行くわよッ!」


 あっけにとられる俺をよそに、テンションが最高潮に達する三人のゴブリン戦士。

 圧倒的なまでの存在を前にしても微塵も怯まない勇者カルスを筆頭に、イアンメイデとオズマンが果敢にも火竜に立ち向かっていった。そして三方向から取り囲む。

 二人の持つランスとバトルハンマー。戦乙女ワルキューレの槍とアイゼンクロプセン穿つ鉄の塊の真価の見せどころである。


 ドスドスと大地を震わせながら前進する火竜。その左腕による打ち下ろしの一撃が、正面の勇者カルスを襲った。

 その必殺の一撃を紙一重のタイミングで躱すカルス。

 火竜はその巨体を更に前進させながら次々と追撃を繰り出してきた。それを何とか後退しながらも躱し切るカルス。その度に設置されている長椅子がコナゴナになって弾け飛んだ。

 まさに化け物じみた……竜の名に相応しい、凄まじいほどの破壊力。

 あんなのをまともに喰らったら一瞬でバラバラの粉微塵である。


「イヤァァァーーーー!」


「おぅらァァァ!」


 側面から槍と鎚の一撃が火竜を襲う。

 正面の勇者カルスに気を取られているのをいいことに、側面に回り込んでいたイアンメイデとオズマンの二人が伝説級の武器による一撃を見舞ったのである。

 両者の渾身の一撃が火を吹く――。


 ガキィィィンンン……


 しかしまるでビクともしない火竜。とても効いているようには見えなかった。


 火竜が一回転して尾による全方位攻撃を繰り出してきた。

 砕けた長椅子に巻き込まれ、それぞれに吹き飛ぶイアンメイデとオズマンの二人。

 端でその様子を見ていた俺は思った。

 まるで次元が違いすぎる。こんな怪物バケモノを相手にどうしろというのだ。

 ひとまず距離をとり直していた勇者は巻き込まれずに済んでいたようだが、これでは次の手もない。


 自分は完全に出遅れていた。だってしょうがないだろう。俺のコレは盾なんだから。槍や鎚でどうにもならないものを盾となまくら剣で何をしろというのだ。

 その時、不意に火竜が天井を見上げた。


「……?」


 大きく息を吸い込んでいる。

 その時、巫女ティアノートの言葉が頭をよぎった。


「(そうか、ドラゴンの……!)」


 俺は叫んだ!

「……ブレスだぁッ!」


 火竜の口から炎のブレスが聖堂内を薙ぎ払うように放たれる。俺は勇者のもとに大急ぎで駆けつけていた。


「はぁ……はぁ……あっぶねぇ……」


 何とか間に合った。間一髪でタワーシールドによる防御が間に合ったのである。

 巫女のティアノートが俺に与えた役割がこれでようやく理解できた。

 後先も考えずに駆け出した時は一瞬死んだかと思ったが、コイツには特別な魔法でもかかっているのだろう。あれほどの炎だったのにほんの少ししか熱さを感じなかった。


 しっかし本当に危なかった。気付くのがもう少し遅れていたら、タンク役であるにもかかわらず、役割も果たせずに勇者を死なせてしまうところであった。

 俺とコイツの存在意義……この大盾はまさにこの時の為にあったもの。


 それにしても何という熱量だろう。

 自分たちの周りは一瞬にして消し炭。一帯は長椅子に炎が燃え移り、まるで火の海のよう。

 しかし流石は勇者の使命を負って生まれてきた者、カルスである。俺とはまるで見ている先が違った。

 一瞬の隙を突いて切りかかる勇者カルス。アレの後でなお向かっていける強靭なハート、その勇敢さ。流石は勇者としか言いようがない。

 いや、そんなことを言ったら彼に失礼だ。あの勇気、果敢さは彼自身のもの。勇者だからの一言で片づけていいものではない。


 火竜のブレスの範囲外にいたイアンメイデとオズマンの二人も、援護のため再び両サイドから襲いかかる。しかし火竜は勇者カルスから目を離さない。本能で解かっているのだ。一番危険な相手が誰であるのかを。


 火竜との戦いは続く。

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