5話 語り継がれてきたもの
第三章 その5 語り継がれてきたもの
それからは皆の……ゴブリン達の目の色が変わった。
いや、より正確さを期すなら未だ目は死んだまま。そう、死んだままなのだがそれは表面上のこと。よくよく見るとその瞳の奥には確かに光り輝いているものが存在したのである。
五十年……五十年にも及ぶ永い刻。それは死んでいった多くの仲間達が待ち望んで止まなかった運命の刻――。
今から三ヶ月後の満天の夜空に月が輝くその日に向けて、大人たちによる詰めの準備が急ピッチで進められた。
成人の儀の夜にイアンメイデ・ゼシアから語られた真実……伏せられていた宿命の数々。
その中の一つ、長い長い苦難の時……それが今この時より終わりを告げる。
支配するニンゲンに対しての反乱。いやニンゲン達の中にもこちら側に協力してくれる者が少なからずいるらしい。つまりこれは独立戦争。そして成功の後に打ち立てられる新たな国は……。
これはゴブリンにとって必要なこと。ゴブリンの未来にとって避けては通れない宿命なのだと云われて、今日まで語り継がれてきたもの。
準備などそれこそ前身のゼシア帝国時代から代々に亘って進められてきた。
ここだけの話、自分のような下の者には知らされていない、とんでもない大掛かりなものまで存在するらしい。
……さて、今現在自分はというと、支配者側に与するゴブリンの下っ端として、先輩ゴブリン達にいびられながら膝をついた労働者ゴブリンに鞭を振るっていた。
この前まで鞭で打たれる側であった者が鞭打つ側に回る。清々しいほどのクソゴブリンっぷりである。それを上からつまらなそうに見下ろしている監視役のニンゲン様。
そう、ゴブリンなど神に祝福されていない下等な生物。生きる価値もなければ、自分のことしか考えることができない、とるに足らない存在だと認識させ続けなければならないのである。
胸に秘めたるこの想いなど微塵も疑問に持たれてはならない……。
バシィィィッ
意図せずして鞭打つ手に力が入り過ぎてしまった。額に血が滲んだ満身創痍のゴブリンを前にして思わず怯んでしまう。
それではまずいと感じたのか、すがるようにしてくる打たれる側の傷だらけのゴブリン。
その目はまるで「さぁもう一度、思いっきりやって下さい」とでも言っているかのよう。そうするのが過去、同じようにしてきた者たちに報いる道だと信じて疑わない顔であった。
「うぅ、なんでこんなこと……」
ゴブリンに生まれたというだけで双方ともにこんな思いをしなくちゃならないのか。
その理由は成人の儀の夜にイアンメイデから聞いた。聞かされて納得もした。しかしながらこれはあまりに……。
「(滅茶苦茶だ。滅茶苦茶すぎる……)」
俺は覚悟を決めたはずだった。なのにこの体たらく。覚悟など微塵も決まっていなかったのだと思い知らされる。
散々ぱら見下してきた目の前の傷だらけゴブリンの方がよっぽど覚悟が決まっていた。
こんな俺よりもずっと……俺は怖くなって更に後ずさりしてしまう。
まずったと思った。
同胞に鞭打つクソゴブリンらしからぬ行動。管理する側としては有り得ないヌルさ。
見ようによってはまるで他者を思いやっているかのようではないか。
ゴブリンなど取るに足らない存在……ここは下賤の者らしく、蹴り飛ばしてこその場面であった。
ゴブリンは自分本位な下等な生物。ニンゲン様たちには引き続き管理が可能な、単純な存在だと思っていてもらわなければならない。価値の無い……警戒に値しない生物だと思っていて頂けなければならないのだ。
……情ともとれる今の行動をニンゲン達に不審がられたりはしなかっただろうか?
心配になったところを突然、管理者側の先輩ゴブリンによって思い切り蹴り飛ばされた。不意のことで何回転もする勢いですっ転んでしまう。
「くっそがぁ! 全くなってねえぞォ!」
そう叫んだ先輩は四つん這いの労働者ゴブリンに一撃をくれた後、ヤキと称して自分にも殴る蹴るをしてきた。
……流石だ。この情け容赦ない仕打ち。流石としか言いようがない。
自分が犯したミスを帳消しにして余りある見事なクソゴブリンぷりである。殴られながら感謝しなければならないとさえ思った。
今このクズを全力で演じている先輩の心の内はどんなものだろう。
かつては殴られて、それが原因で死んだ者もいる。ということは当然そこには殴り殺した者――殺してしまった者も存在する。
それはイルマルタ皇国に支配されるようになって五十年、幾度となく繰り返されてきたこと。
正気の沙汰ではないことを正気でやらねばならない狂気――。そう思ったら止めどなく涙が溢れ出てきた。この殴られることのどれだけ楽なことだろう。
「ぐうぅ……ゴホッ、ゲハッ!」
唇を噛みしめすぎて血ヘドを吐いたように見えだした頃、俺はやっと殴る蹴るから解放された。
坑道の広間に大の字で放置される自分……涙が溢れてくる自分……。
成人を迎えたばかりの俺は、まだまだ半人前だったのである。
ゴブリンづてに約束の刻が近いことが伝えられていく。それでも普段と変わらない態度で日常をこなす大人たち。
目を凝らしてよく観察しなければ気付けない程の微細な変化しかない。
協力してくれる一部のニンゲンたちの力添えもあって、ぞくぞくと武器防具が運び込まれてくる。
白い肌のアルビノゴブリンはあの成人の儀以降、一度として見かけていない。特殊な力が使える彼女にしかできない役割とやらの最終調整に余念がないらしい。
そして過去の大人たちが夢を見たまま死んでいき、今の大人たちが引き継ぎ何十年もの歳月を費やし待ったその日を、俺は僅か三ヶ月足らずで迎えたのであった。
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