文化祭

 今日は文化祭当日だ。


 心なしかめちゃくちゃ緊張してしまう。


 登校してる時に浴びる朝日が眩しい。現実逃避したい〜。


「紫亜」


 グイッと優真に手を引っ張られて、身体を抱きとめられる。ふわっと香る柔軟剤の匂いに安心する。この匂い私、本当に好きだなぁ。


「なっ……なに〜。優真」

「いや、シンプルに紫亜がそこのでっかい水溜まりの上を歩きそうだったから止めただけ」

「えっ!? ありがとう!! 今からびしょ濡れは嫌だもん〜。見てなかった。本当にありがと〜」


 優真に言われた通り、下を見ると本当にでっかい水溜まり。これは勢いよく踏んじゃったら、スカートまでビシャビシャだ。


 昨日の夜に雨が降ってたもんなぁ。


「緊張してるの?」

「そりゃあしてるよ〜。優真は?」

「お化け屋敷の中に入って、所定の場所で永遠と林檎を握り潰しとけば良い、むしろ怪力の幽霊なんだから林檎を握り潰す事で怖さをアピール出来るし、無言で握り潰す事に集中すれば私の怖さも薄れるんじゃないかって玲奈に提案されたから、無心で握り潰す事にした」

「ぶふっ!! 何それ!? おもしろっ……ふふっ」


 優真が白装束着て血濡れの仏頂面で永遠と無心に林檎握り潰してる姿を想像したら、笑える。……というか面白すぎる。


「ちなみに私が握り潰した林檎は林檎ジュースになるらしいから、お化け屋敷の出口で配る感じになるらしいわよ」


 それ、優真の下になんかでっかい桶みたいなの置いといて量がそこそこになったら回収して、代わりの桶置いてまた潰して貰うんだろうか。


「衛生的には大丈夫よ。私も林檎は手袋はめて握り潰すし、下には世界観壊さないようにでっかい桶置いてる。それを回収して裏でミキサーで林檎ジュースにする係も居る」

「あ、やっぱりちゃんとしてるんだ」

「だから、紫亜はお化け屋敷怖くないだろうから、私の握り潰した林檎ジュース飲んで行きなさいよ」

「あははっ。面白いから飲んでく〜」

「面白いからって何よ。面白いからって」


 少し不服そうだけれども、少し緊張が和らいだ気がする。


「……優真。ありがと」


 そう言ってぎゅっとしてから、優真の身体から離れる。そうすると、手を出されて強引に手を繋がされる。手を絡めさせる恋人繋ぎ。


 心なしか、優真に大丈夫と言われているみたいで嬉しくなる。


「お礼を言うのは早いわよ。早く行くわよ」

「うん。……いこ〜」








「ふっふっふっ!!」

「どうしたんだい? 紫亜」

「見て! プリンセス紫亜ちゃん!! 可愛いでしょ〜」


 王女の衣装に王女のヘアセットの私。エルちゃんに見せびらかすようにクルクル回る。


「ふふっ。可愛らしい王女様だね」


 そう言うエルちゃんは何処からどう見ても王子だ。煌びやかな衣装で衣装係が昨日の夜まで細部までこだわったらしい。


 昨日のリハでまたエルちゃんに着てもらった事で更にインスピレーション湧いたらしいし。髪型も普段、下の方で結んで後ろに垂らしている髪を肩に乗せて流している。余計に王子にしか見えない。


「エルちゃんは……そうだね。王子オーラ凄いね。お忍びで東洋まで来た王族にしか見えないよ。本当に」


 高貴オーラ凄い。王子過ぎる。そしてクラスメイト達がその高貴オーラに当てられて一回倒れて蘇ってる。不死身のゾンビみたいになってるよ!!


「今日はこの劇の録画係の担任の先生も居るから、前半と後半両方取ってクラス全員分、ブルーレイにしてくれるって言ってたよ!」


 クラスメイトがウキウキでそう言っている。そーいえばうちのクラスの担任は劇ならめちゃくちゃ良いビデオカメラを持って来て撮るね、と昨日言ってたな。


 何やら、先生はカメラが趣味なので撮るのも録画も大好きらしい。


 なので、先生がカメラで劇を撮る係の子に良いカメラを貸すからそれで撮って欲しいって行ってたな。


 それにしても先生、クラス全員にブルーレイにして焼いてくれるってかなりお金掛かりそうだけど大丈夫かな。


 先生、すっごく優しい先生だなぁと思ってたけど、私達の為にそんなに手間をかけてくれるなんて、ありがたい。担任にも恵まれてる。今度家庭科の授業で何か作ったら先生にもあげよう。


 そして、文化祭が始まる。


「文化祭、始まっちゃったねぇ〜」

「ああ。……そうだね」


 エルちゃんも少し緊張しているのか、息を吸って軽く吐いている。


「エルちゃん」

「なんだい?」

「先ずは午前の部を頑張ろうね!」

「ふふっ。そうだね」 


 グッと握り拳をエルちゃんの前に出すと、エルちゃんは少し拍子抜けした表情をした後に微笑んでちょんっと拳を合わせてくれた。


「皆、頑張ろう!」


 文化祭委員らしくエルちゃんはクラスの皆にもそう声を掛けると皆が歓声をあげる。


 流石エルちゃんだな。緊張している素振りをもう見せていない。


 それから、舞台セットの確認と私達は衣装の最終確認。メイクはメイク上手なクラスメイトが担当してくれてもう朝にやってくれてるから、今はメイク崩れとか直してくれてた。


「これが……私!?」


 まぁ、朝に同じセリフを二度も言ってるけど、本当に感動する。私だったらここまで上手くメイク出来ない。


 こういうのも自分に合うメイクとか勉強だもんなぁ。上手い子は本当にこういう勉強してるんだから感心する。


「ふふっ。もう〜。きたみん大袈裟〜。きたみん、すっぴんが元々綺麗だからメイクやってて、今日は朝から私もテンション上がったよ〜!! 綺麗な子にメイクする、なんて中々出来ないかもだし〜」

「え〜! そう言われると紫亜ちゃん嬉し〜!!」


 なんて言って、エルちゃんの方を見るとエルちゃんを担当していたメイク担当の子が安らかな表情で立ち尽くしたまま真っ白に燃え尽きている。もう顔には私の役割を全うしたと言いたげだった。


「え、な、なんでぇ〜!!」

「ふっ、ふふっ……完璧なエル様……出来ました……ふ、ふふっ……」


 その子をそっと抱きとめて、椅子に座らせてあげるエルちゃん。まるでその姿は王子。


「ありがとう。少し休んで」


 そうエルちゃんが囁くとその子はノックダウン!! なんかもう……ボクシングでノックダウンされたのと同じポーズになっている。


 凄いなぁ。エルちゃん。囁くだけで人をノックダウンさせられるんだ。


 ……あの子はエルちゃんの後半のメイク崩れとかチェックするんだけど、大丈夫だろうか。生きてるだろうか。


 あの子以外、男装メイクが上手い子居ないんだよねぇ。コスプレが趣味で男装もやるから得意だって言ってたし。


 だから、あの子がエルちゃん専属みたいになっちゃったんだし。担当になった時はあまりの役割の重さに気絶してたけど。


 それから、ちょっと他のクラスの展示の所だけを回って直ぐにクラスに戻る。


 これから、午前の部のクラス演劇だ。朝、優真に聞いた通り、午前は自分の出番と被ってて私の所に見に来れないと言っていた。


 私はクラス演劇の午前中の部が終われば直ぐに優真のクラスのお化け屋敷に行こうと思っているけど、お昼はお化け屋敷に行ってから優真もれーなちゃんも暇になるらしいから、エルちゃんも一緒に午後の部まで回ろうねと約束している。


「いよいよ。午前の部だね。エルちゃん」

「ふふっ。そうだね……ありがとう。紫亜」

「ん〜?」

「君が……相手役で良かったよ」

「それ、終わった時に言うセリフでしょ〜」


 エルちゃんは心なしか少し遠くを見て、小さく息を吐く。


「そうだね。……物語の中でくらいはハッピーエンドになりたいね」


 穏やかにそう言うエルちゃんは光に照らされているのに、少し寂し気な表情に見えた。


「エルちゃ……」

「さて、行こうか。お姫様」


 そうやって大袈裟に手を出してくれるエルちゃん。

 さっきの表情は見間違え?


 ……でも、それを確かめるのは今じゃない。


「うん。王子様」


 エルちゃんの手を取って私達は集まってくれている観客の前に出た。


 幕が上がる。やはり緊張はしているが、無事に終わる事を祈っている。

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