文化祭 2

「はぁ〜。心臓吐きそ〜。おぇ〜」

「きたみん。良かったよ〜! よっ! プリンセス!」


 午前の部が終わり、少し肩の荷がおりる。


「えへへ〜。そうでしょ〜。プリンセス紫亜ちゃんだからね!」


 そうやって調子に乗ってると、少し軽装になったエルちゃんが私の所に来た。


「どっひゃ〜。何処からどう見ても王子だ〜」

「ジャケットは動きづらいかもしれないから、脱いだけどね」

「そうだよね〜。私も回る時に邪魔だからコルセットだけは取って貰った〜」


 午前の部は終わったので、これからエルちゃんとお化け屋敷に行く事になっている。そして、その後少し待てば優真とれーなちゃんも交代の時間になるので当初の約束通り、一緒にお昼に行く。


 お化け屋敷の目の前に行くと受付のれーなちゃんが出迎えてくれた。


「あ〜! れーなちゃんだぁ〜」

「玲奈。お化け屋敷、楽しみにしてるよ」

「あら、エルちゃんに紫亜ちゃん。来てくれたんですね。じゃあ、このお札をどうぞ」


 れーなちゃんはエルちゃんの輝く笑顔に朗らかな微笑みで返す。私達の周りの生徒や文化祭に遊びに来た人達までもエルちゃんの輝きに目を奪われている。


「このお札は?」

「このお札を持っていると幽霊達が近寄れないんです」

「へぇ〜。なるほどぉ〜」


 まぁ、触っちゃうとお客さんもパニックになっちゃうし、トラブルも発生するよね。


「なので、幽霊に襲われそうになったり、追いかけられたりしたらこのお札を幽霊達に見せてください。退散します」

「なるほど。魔除けのお札だね」

「そうなんです。……あ、思わずエルちゃんが眩しくて渡しそびれましたが、これ、懐中電灯です。中は暗いので慌てず、ゆっくりお進み下さい」


 あ、うん。れーなちゃんが眩しいって言う気持ち分かるよ。私も隣に居て、めちゃくちゃ眩しいし、キラキラしてる。


 とりあえず、れーなちゃんに言われて、私達はお化け屋敷の中に入る。


 中は暗く、結構手作りしたとは思えないくらい本格的で、BGMもちゃんと不気味。背後に気配があるけど、上手く隠れているのか誰も居ないように見える。


「エルちゃんは懐中電灯要らずだなぁ」

「……うん。夜目よめが利きそうって言う事かい?」


 全然そうでは無い。普通に懐中電灯無くても眩しいよ。エルちゃん。


「あ、うん。そ〜かも〜」

「ふふっ。私なんかよりも紫亜の方が利きそうだけどね」

「あ〜。私が猫っぽいって言いたいの〜!!」


 なんて雑談をしながら歩いてると、ボソボソと何かの声が聞こえる。


「イチャイチャしやがって……イチャイチャしやがって……」


 めちゃくちゃ私怨まみれのボヤき。それが複数人、同じことをボヤきながらしゃがんで、地面をつんつん突いてる。


「え、えーと」

「モテない俺達への当て付けか〜!!」


 クワっと顔色を変えて私達の方へ襲いかかってくる。そんなモテない幽霊達にエルちゃんは秋風のような微笑みを崩さずにピシッとお札を見せる。


「うわぁぁぁ〜!! リア充めぇ〜!!」


 するとモテない幽霊達が泣きながら退散して行った。


 そんな幽霊達を見送りながら、私はポツリと呟く。


「……面白お化け屋敷?」

「そうだね。ここはユニークなお化け屋敷だね」


 エルちゃんはニコニコとしているので、あの時に皆で行った遊園地の時みたいにお化け屋敷の空気を楽しんでるのだろう。


 あの時との変更点は私の両腕が無事な事くらい。


「エルちゃんが楽しめてるなら、良かった」

「それは、紫亜もだよ」

「もちろん! 私も楽しいよ〜」


 エルちゃん、さっきはちょっと寂しそうな表情してたから、楽しめてるのならいいか。


 なんて思いながら、歩いてると次の幽霊が出て来た。


「一枚……二枚……三枚……」

「お、これは定番のやつかな」


 お皿を数えている幽霊に遭遇した。エルちゃんは定番の幽霊っぽくてワクワクしてそうな顔している。


 エルちゃんがこんなにキラキラしていると本当に眩しい。懐中電灯いらずだぁ……。


「八枚……九枚……」


 あ、九枚まで聞いたら一枚足りないって襲いかかって来るパターンだ!


「さっきコケて一枚割ったから、一枚足りな〜い!!! うわぁぁぁ!! やばーい!! 証拠隠滅〜!!」

「自分で割っちゃったんだ……」

「ドジっ子幽霊だったんだね」


 なんて言いながら、襲いかかって来る幽霊にお札を見せるエルちゃん。


「うわぁぁぁ〜!! 落としても割れない皿、一枚買ってくる〜!!」

「割っちゃった皿、ちゃんと新しいの買ってくるんだ……。しかも今度は丈夫なやつ」


 そう言って去っていく幽霊を見送る。


 うん。ここ、絶対面白お化け屋敷だ。


 だってさっきから、悲鳴というよりも笑い声の方が聞こえる気がする。中には面白すぎてツボに入って立てなくなった人とか、よく見る。


 そして、歩いているとまた次の幽霊。でもこの幽霊は……。


「……」


 無言で林檎を握り潰し、下には大量の握り潰された林檎の屍が溜まっている。


 白装束で血濡れ……というか返り血を浴びたみたいになってる変に立ち姿が美しい幽霊。優真だ。


「うわ……優真だ。オバケメイクしてるのにきれ〜」

「確かに黙ってると綺麗だね。優真は」

「……あんた達もこの林檎みたいに握り潰すわよ」


 一応定型文はあるみたいで、少し声が震えているように感じるのは多分、お化け屋敷の場所が既に怖いからだろう。


 優真は最早、林檎しか見てない。こちらを見ないようにしてる。だって絶対視線が合わないし。


 これ、絶対セットも怖いからあんまり見ないようにしてるんだ。


 でも、怖がってる癖に脅してくる幽霊はなんか面白い。シュール過ぎる。


「エルちゃん」

「あ、そうだね」


 ピッとエルちゃんは優真にお札を見せると優真は無言で最後に林檎を握り潰してから、スっと奥に消えてった。そして黒子になってる子が素早く下の桶も回収して行った。


「分かりやすかったね」

「まぁ、優真は怖いのは苦手だからねぇ〜」


 プライドがエベレストだから、クラスメイトに怖いから嫌だと言えなかった結果がアレだ。


 それから、色々な幽霊が面白おかしく出てきて、エルちゃんと楽しんだ後に出口だ。


 出口に出るとれーなちゃんがお疲れ様でしたとお札と懐中電灯を回収する。


「楽しかったよ。玲奈」

「本当に面白かった〜」


 ケラケラ笑って言うと、れーなちゃんは嬉しそうに笑った。


「ふふっ。良かったです。このお化け屋敷は怖いのが苦手な人にも楽しめるようにしてるんですよ」

「ふふっ。そうなのか。確かに楽しそうな声がよく聞こえたな」

「確かに、幽霊が皆、おもしろ幽霊達だったもんね」

「そうなんです。あ、良かったら、これ」


 そう言って、れーなちゃんはメニュー表みたいなのをこちらに見せる。そこに書いてあるのは……。


「林檎ジュース、林檎スムージー……なにこれ」

「優真ちゃんが握り潰した林檎を活用してるんです。お化け屋敷を楽しんで来てくれた人にどちらか渡してます」

「あ〜。優真が言ってたような気がする」


 林檎ジュースにするって言ってた様な。スムージーにもしてたんだ。


 ……というか多分、優真の事だから、お化け屋敷の事で頭いっぱいでそこまで聞いてなかったんだろうなぁ。


「そっかぁ〜。私はちょうど喉乾いたから、林檎ジュース〜」

「なら、私は林檎スムージーを頂こうか」


 そしてれーなちゃんから選んだ物を頂いて飲む。


「……美味しい!! ちょうど喉乾いてたから、身体に染みる〜」

「スムージーも美味しいね。牛乳やハチミツも入ってるのもいいね」


 お互い飲み終わると、優真達の番が終わるまで少し他のクラスを見て回る。


「エルちゃん。イカ焼きがあるよ!」

「そうだね。紫亜。焼きとおもろこしもあるよ」


 外の屋台コーナーにお互い釘付けで分かれてそこら辺を回る。焼きそばやポテト、唐揚げなんかも買って、エルちゃんはクレープと箸焼き、お好み焼きやたこ焼きなんかも買っていた。


「……何これ、フードファイトでもすんの?」

「うわぁ〜。いっぱいありますね〜」


 ベンチで食べてる〜とメッセージを優真に送っていたので、待ち合わせ場所に二人が来て軽くドン引きしていた。


「二人の分もあるから好きなの取っていいよ〜。……というかよく分かったね。座れるとこ、他にもあるのに」


 文化祭なので、いつもよりも多めに座れる所が解放されてたり、椅子も多めに置かれていた。


「そりゃあ、そこに輝くランドマークがあるじゃない」

「……二人共、目立ちますしね。王子と王女の格好してますから」


 皮肉を込めて言う優真と苦笑いのれーなちゃん。


「……やばーい。後でコルセットしなきゃだった」

「……ふふっ。買いすぎたね」


 後半の部もあるのに、二人して食欲に素直な物だから好きな物を好きなだけ買いすぎた。


 やばいという自覚はあります。はい。


「そーいや、優真達はこの後、私達の劇見れそう?」

「大丈夫ですよ。優真ちゃんがそれだけは見せて欲しいって馬鹿みたいに林檎のストック作るからって、さっきまで林檎のストック量産してましたし。しばらく居なくても問題ないと思いますよ」

「何それ、人間林檎潰し機じゃん」


 あの面白お化け屋敷、出て来た人が「面白かったし、美味しい林檎ジュースとか林檎スムージー飲める」って出て来た人が言ったみたいで謎の人気誇ってたもんなぁ。確かに出てくる幽霊達はツッコミ所しかなくて面白かったけど。


 それから、私達の買ってきたご飯を優真達と食べて、他のクラスの出し物を見て回る。


「射的なんて久しぶりですね」

「そーだねぇ〜。私も久しぶり〜」


 来たのは射的。私とれーなちゃんは上手く倒せなくて、お互い「難しいね〜」と微笑ましく笑いあっていた。


 だが、優真とエルちゃんはまた勝負をしていたようだった。


「あのでっかいぬいぐるみを先に落とした方が勝ちよ」

「ほう。いいね。やろうじゃないか」


 何故、エルちゃんは優真が絡むといつもの穏やかさが消えてしまうのか。バチバチと火花を散らしながら、二人共、二つ置いてあるでっかいぬいぐるみを狙っている。


 それにしても立ち姿の美しい血塗れの綺麗な幽霊と煌びやかに美しい王子がでっかいぬいぐるみを狙っている姿はかなりシュールである。


 そして二人共、目立つせいで周りの客も二人を見にわらわらと集まっている。


 何回かやった所でほぼ同時にでっかいぬいぐるみを二人共落とした。


「チッ」

「⋯⋯ふむ。同時か」


 そう言って二人共、景品を貰ってこちらに来る。


「ほら、紫亜。おっきいクマさんだよ」

「ありがとう〜。エルちゃん」


 モッフモフのおっきいクマさんで両手で抱えて持ってもおっきい。わーい。リビングの羊毛フェルトの棚の隣に置こ〜。


「なんで、彼女の私を差し置いてプレゼントしてんのよ」

「ふ、今日の紫亜は私のプリンセスだからね」

「⋯⋯ぐっ」


 エルちゃんにそう言われ、腹ただしいと言いたげにまた舌打ちをする優真。


「玲奈。おっきいうさぎ、あげる」

「ありがとうございます。⋯⋯でも、良いんですか?」

「いいのよ。⋯⋯玲奈は私の大切な幼馴染でしょ」


 れーなちゃんは私に気を遣ったのかこちらをちらりと見ていたが、優真がそう言ってれーなちゃんに強引に渡す。


 だけど、れーなちゃんは何となく私に申し訳なさそうにしている。


 優真が一番初めに何の迷いもなく渡していたら、流石の私も嫉妬していたかもしれないけど、今はそんな事は無い。多分、エルちゃんが私に渡したから、空気を読んでれーなちゃんに渡したんだろうし、大切な幼馴染というのも本当だろう。


 それに嫉妬したら、優真に嫉妬ポイントが一つ溜まりましたと報告すればいいだけだ。


「大丈夫だよ。れーなちゃん。普段、優真がれーなちゃんに掛けてる迷惑を考えたら、これだけじゃ足りないくらいだよ」


 ポンとれーなちゃんの肩に手を置いて、そう言うとれーなちゃんは少し考えるような仕草をした。


「うーん。確かにそうですね。ありがたく貰う事にします。⋯⋯優真ちゃん、このうさちゃんは大切にしますね」

「あ、うん。⋯⋯なんか複雑だけど、大切にして貰えるなら良かった」


 優真はなんか複雑そうな表情をしていた。


 まぁ、優真はれーなちゃんにかけまくった迷惑を考えれば、心当たりしかないだろうしねぇ。


 それから色々回って、劇の時間になったので、クラスに戻る。


「⋯⋯楽しみにしてるから」

「うん。優真も練習付き合ってくれたりしたから、その成果、見ててね!」

「特等席で見てる」


 そう言って優真は私の手をギュッと握ってから離れた。


 優真が見に来てくれると言うだけで、午前中に馬鹿みたいに緊張していたのが嘘のように落ち着いている。なんか、優真が居るってだけで心強いな。


「……ふぅ」

「エルちゃん」


 私達は帰ってきてから、メイクや衣装等を直して、また後半の部に向けて集中する。


 いつも落ち着いているエルちゃんだが、午後の部は午前中よりも緊張しているのか、珍しく深呼吸している。


「これで最後だから、良い劇にしよう」

「うん。そうだね。⋯⋯エルちゃん」

「なんだい?」

「物語はハッピーエンド、私達もハッピーエンドだよ!」


 ぎゅっとエルちゃんに抱き着くとエルちゃんは優しく微笑んで私を抱き締め返す。


「ハッピーエンド、⋯⋯うん。王子も王女も私達もハッピーエンドだ」

「その意気だよ!」


 そう言うとエルちゃんは少し息を吐いて、何かを決意した顔をする。


 その表情を見て、私は何となく⋯⋯本当は気付いてた癖に誤魔化す自分にため息をつきそうになる。


 ……久しぶりに嘘ついたな。私はいい子じゃないんだよ。エルちゃん。


 やっぱり、午前中に見たエルちゃんの寂し気な表情は嘘じゃなかったんだ。


 それから午後の部の幕が上がる。


 王子、王女の各お城のシーンが終わり、暗転。それからモブキャラ達の城下町の楽しげなシーンの最中に慌てて私は早着替え、その後で自分の出番になって出て行く。


「よく会うわね。あなた、この場所が好きなの?」


 お忍びで何度も遊びに行く隣の国の城下町。そこで気ままに行動しているとふと、自分と行動が被る男の子と出会う。


 その男の子とたまたま出会った時は一緒に遊んでいた。するとお気に入りの場所でもその男の子と出会った。


「ああ。ここは何となくいつもの私じゃない私になれるようで好きなんだ。……海も綺麗だしね」


 男の子は城を一瞥いちべつした後にこちらにウインクしながら答えてくれる。


「そう。私もここが好きなの。⋯⋯気が合うわね」

「そうだね。君とはよく会うし、この町で一緒に遊んだね」

「ふふっ。そうね。あなたが食べてたクレープ、鳥に取られた時は大笑いしたわ」


 その時の事を思い出し、笑う。すると男の子はムッと年相応な表情をした。


「あれは鳥が悪いね。私はあのクリームたっぷりのクレープが大好きなのに」

「大好物を取られて、その鳥を追いかけに行ったあなたは本当に可笑しかったわ」


 身体を震わせながら、確かにエルちゃんがクレープを取った鳥を追い掛けてたら、面白いかもしれないと思った。


 それから、劇は順調に進んで行く。


「……君とはもう会えないんだ」


 あれだけ、よく会って一緒に遊んでいた男の子。だけど、実はこの国の王子様だった。


「そう。……私も王女として、顔も知らない婚約者と結婚する事になったわ」


 王族と婚姻を結ぶとは聞いていたが、相手の事に興味が無いので、何処の国の人間とは聞かなかった。何処の国に嫁ぐ事になっても私は自分の責務を果たすだけだ、と王女は思っていた。


「私は……君の事が好きだ」


 切なげな表情。もう結ばれないと分かっている王子からの告白。


 ……でも、心なしか、そのセリフが前に告白してくれたエルちゃんと重なった。


 何となく、何となく分かってたんだ。私は……。


 多分、エルちゃんはまだ私の事を……好きなんだろうな、って知っていた。


「もう、会えないのよ。なんで告白するのよ」

「……あなたの気持ちには応えられないわ。だって私は王女だから」


 あの日、優真が好きだからと断った様に、王子の告白を断る。


「初恋は実らないね。……君の本当の気持ちはどうなんだい?」


 仕方ないね、と寂しく笑う王子。


 本当の気持ち、か。王女の本当の気持ちは……。


「あなたが好きよ。お互いの立場がなければ、直ぐに好きだと私から告白していたくらい」


 強がりに笑うと王子もその返答に満足したと言いたげな表情だった。


 物語の中でくらいはハッピーエンドじゃないとね、そう言っていたエルちゃんの意味はこういう事だったのだろう。


 エルちゃんの事が大好きだ。でも、それは親友として大好きなんだ。


 今は王女の気持ちで、私の言葉で大好きだと伝えた。本当にありがとう。私を好きになってくれてありがとう。エルちゃん。やっぱり、エルちゃんの気持ちは暖かくて嬉しい。


 エルちゃんには残酷かもしれないけど、それだけは伝わっていて欲しい。


「ふふっ。その答えが聞けて良かったよ。……それじゃあ、さようなら」

「さようなら」


 暗転。次のシーンへと移行する。


 舞台裏で待機している私はエルちゃんに声を掛けられなかった。私から声を掛けるべきでは無い。そう思っていたから。


 それから、急いで着替えて、最後の王子と王女が運命の再開をするシーンへ。


「あなたが……婚約者だったのね」

「ああ。ああ! そうさ。……そうか、君、だったのか」


 お互い紹介された後に驚きと嬉しさのあまり、二人で抱き合う。


 心なしか、エルちゃんの抱き締める力がいつもよりも強いな、と感じた。


 ……物語くらいはハッピーエンドを、そう言っていたエルちゃんの気持ちが余計に王子と重なっているように見える。


「私も嬉しいわ」

「ああ。私もだよ」


 王子と王女が運命の再開をした所でまた、暗転。

 物語はクライマックスの結婚式へ。


「誓いのキスを」


 そう神父に言われ、王子と王女は最後のキスシーン。


 エルちゃんと見つめ合う。劇の中で好きだけど、付き合えないと思っていた王子。


 私はこの劇の中で、王女として王子に恋をしている。


 無理だと思ってたけど、やっと実ったという気持ちは優真との恋愛でたっぷり味わって王女に共感出来たから、やりやすかった。


 だから、私は王子の事が恋しくて堪らない。


 エルちゃんの顔が近付く、私は静かに瞳を閉じる。


 物語の中でくらいはハッピーエンドを、私も本当にそう思っているよ。エルちゃん。だから、私も精一杯この劇はハッピーエンドで終わらせたい。


 そう思っていると唇に柔らかい感触。


 え、……。


 思わず瞳を開けるとエルちゃんとキスを本当にしていた。


 驚いた私とエルちゃんの視線がぶつかる。エルちゃんは微かに微笑んで、唇を離した。


「「きゃあああ〜〜!!!!」」


 観客がめちゃくちゃ盛り上がっている。そして黄色い歓声も。


 そして、幕が降りる前に観客に居た優真と目が合った気がした。


 優真は驚いているような表情をした後に下を向いて、踵を返して何処かに行ってしまった。

 完全に幕が降りた後に私は放心状態になってしまった。


 ⋯⋯優真。


 嫉妬ポイントがあるから、劇を安心して見れると言っていた優真。


 優真は私達のキスをどんな気持ちで見たんだろう⋯⋯。追い掛けないと⋯⋯、と思った時にエルちゃんに手を掴まれる。


「紫亜。……すまない。少し良いかい?」

「……うん」


 何となく、エルちゃんの言いたい事は分かっている。優真を追い掛けたいけれども、エルちゃんの話も聞かないといけない。


 それはあのキスの意味を知るのにも必要だと思う。


 劇が終わって、興奮状態のクラスメイト達にちょっと二人きりになりたいから抜けるとエルちゃんは伝えて、二人して空き教室に行く。


「紫亜、ありがとう。……お陰で物語の中でハッピーエンドで終われた」


 エルちゃんは何かスッキリした様な表情。そんなエルちゃんに私は……。


「……うん。ハッピーエンドだったね!」


 出来るだけ明るく返すもやっぱり、エルちゃんの真意を知りたくて、そのままエルちゃんを見つめてしまう。


「私の気持ち、分かっていたんだろう?」


 エルちゃんの言葉に私は静かに頷く。


「うん。あの時と同じ答えで返すね」

「ああ」

「私は優真じゃなきゃダメなんだ」

「……ふふっ。知っている。だから、この劇が終わる頃に君への想いを手放そうと思ったんだ」


 そう言って笑うエルちゃんは煌びやかに光っていて、儚げな綺麗さだった。


「紫亜。来世では必ず君と添い遂げるよ」


 エルちゃんは跪いて、手の甲にキスをする。エルちゃんが王子の格好をしているから、本当に異国の王子様に告白された様に錯覚するくらいさまになっている。


「来世は私、人間かわかんないよ。白い猫さんかもしれないよ?」


 来世で、なんてエルちゃんは諦めが悪すぎて少し笑ってしまう。なので、ちょっぴり意地悪な事を言ってしまった。


「それでも、だよ。それでも、来世は優真に負けないよ」


 そう言っていつものキラキラとした微笑み。


 だから、今世はこれからも変わらずに親友で居て欲しいと言われた気がした。


「エルちゃん」

「うん」

「次の言葉は親友としての私で言います」

「うん? 何かな」

「劇とは言え、恋人が居る人にキスは本当にしちゃダメだよ〜!!」


 空気をぶち壊す様にバッテンマークを指で作ってエルちゃんに「ぶっぶー」と言って苦情を言う。


 俳優さんとかなら、本当にやるだろうけど、私達は素人。そこまでやる必要は無い。


「ふふっ。……まぁ、あれは優真への嫌がらせかな」

「やっぱり〜!! 後で優真を追い掛けないと〜」

「……紫亜」

「なに〜」

「優真は体育館ステージのミスコンに今から出るはずだよ」

「……え、なんでそんな事を知ってるの? エルちゃん」


 ミスコン? 優真は今朝、一緒に登校した時にそんな事を言ってなかったと思う。


「本当は私が頼まれたんだけどね。劇が終わる時間とミスコンが始まる時間を考えたら、バタバタになるから勝手に優真の名前を出したんだ」

「優真から聞いてないけど!?」

「そりゃあ、そうさ。彼女も射的勝負の時に私から初めて聞いた筈だからね」

「私が楽しくれーなちゃんと射的してた時にそんな話してたの!?」

「ああ。そうだよ」

「優真……よく、引き受けたね。当日に知って」

「紫亜に良い所を見せたくないかい? って言ったら、引き受けてくれたよ」


 ……確かに立ち姿がいつも綺麗だと思ってたし、優真は身長もあって美人だから、どんな衣装着てても綺麗だろう。それに優真が劇が終わるギリギリで出て行こうとした理由が分かった。


 優真の性格上、あんな事をしたエルちゃんを直ぐに問い詰めに来そうだし、急いでたから来なかっただけ。


 ……でも、律儀だしミスコンをほっぽり出さないだろうけど、ああ見えて豆腐メンタルだから、せめて優真の気を楽にしたい。


「じゃあ、早く行かないと!」

「そうだね。一緒に行こうか」


 そう言って、いつもの親友で距離感で私に手を差し出すエルちゃん。


 私はいつも通りにエルちゃんのその手を取った。

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