第14話 契約の効果
——これは確実に、契約の仕業だ。
あまりにもわかりやすすぎる。まるで誰かが作り上げたかのように、幸福がこうも顕著な形で現れるなんて。
俺は単純すぎる人間なんだな……。
目の前の彼女は、優しく微笑んでいる。
まるで俺の心の内を見透かしているかのようで、少し恥ずかしくなった。
「ダメ……ですか?」
彼女の声が、そっと静かな夜の空気に溶け込んでいく。
「いえ、そんなこと……ないです」
「よかった!」
彼女はぱっと表情を明るくし、楽しそうに続けた。
「オススメのカフェがあるんです。よかったら一緒に行きましょう!」
展開が急すぎる。
こんなの、普段の現実じゃあり得ない。
——やはり、これは悪魔の契約の力が働いているのだろうか。
俺は導かれるように、彼女のあとを歩いた。
カフェまでの道のり。
俺が話題を振らなくても、自然に話をしてくれる。
それに対し、俺は短く淡々と答えていく。
話すこと自体が久しぶりだった。
「あ、そういえば私、名前をまだ話してませんでしたね」
ふと、彼女が立ち止まる。
「花江梨花って言います」
「……小崎瑛二です」
「瑛二さん、よろしくお願いします」
「は、はい……」
「私、ちょっと変ですよね」
梨花はふふっと照れ笑いを浮かべた。
「急に話しかけて、急に名乗って、カフェに行こうなんて……。人生で初めてなんです、こんなことしたの。私でもびっくりで……」
そう言うと、梨花は恥ずかしそうに頬を染める。
彼女の仕草に、俺は思わず目をそらした。
——もし、このまま幸福というものが形となるのなら。
彼女とホテルに行って、最後まで行くこともできるのだろうか?
そんな考えが、ふと脳裏をよぎる。
……いや。
幸福になるのが、怖い。
こんなにも明確に「幸せ」を突きつけられることに、瑛二は戸惑いを覚えた。
本当に、これは俺のものなのか?
ほどなくして、カフェに到着する。
店の名は——「ヒカリの谷」。
こぢんまりとした、穏やかな雰囲気の店だった。
「ここのロールケーキとアイスココアが格別なんです。ほんっとうに美味しくて……。よかったら、瑛二さんもどうですか?」
「……じゃあ、そのおすすめにします」
「すみませーん」
梨花は、店員に向かって明るく声をかける。
彼女といると、不思議と心地がいい。
まるで柔らかい繭に包まれているような、優しく守られているような、暖かな感覚——。
ロールケーキの甘さと、カフェオレのまろやかさが、いつも以上に染み渡る。
たわいもない会話を交わしながら、時間は静かに流れていった。
グラスの底が見える頃、梨花がそっと視線を上げる。
「瑛二さんと話せて、楽しかったです」
そう言って、スマートフォンを取り出した。
「……連絡先、聞いてもいいですか? また、一緒にお茶したいなって」
瑛二は、一瞬だけ迷った。
しかし、その戸惑いはすぐに消え去る。
「……はい」
短く答え、スマホを取り出す。
交換された番号と名前が、液晶に表示された。
「それじゃあ、また」
梨花は可憐な笑顔を見せ、手を振る。
瑛二も小さく手を上げた。
——今日は、本当にいい日だった。
街の雰囲気も、不思議と落ち着いていて温かい。
気温は夏なのに、暑すぎず、涼しげな風がそっと頬を撫でていった。
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