Ⅴ.
Ⅴ.
昔から変な子どもだと親に言われていた。
自分の意思で、一番初めに買ってもらったおもちゃは飛行機のプラモデルだった。
『将来はパイロットかな?』
嬉しそうに母が笑っていたそうだ。
誕生日の日、もらったプレゼントの包装紙を開けて、中身を見た時、号泣したのだと言う。
『これじゃない!!こんなの知らない!!』
あまりにも泣き喚くものだから、後日父がおもちゃ屋に交換するために連れて行ってくれた。その時に選んだもの、それが零式艦上戦闘機、通称零戦と呼ばれた機体だった。
それからだという。変なことを口にするようになったのは。
『ママ、聞いて。』
『なあに?』
『僕ね、これに乗ってたんだよ。』
買ってもらった零戦を見せながら言った。
『…えっ?』
『それでね、大きなお船に乗って、いろんなところに行ったんだ。もちろん、この子も一緒!!』
『そ、そうなんだ。』
『それでね、それでね!!清二さんを探さなきゃいけないの。伝えなきゃいけないの!!』
日に日に思い出していく、前世の記憶。
自分の名前は思い出せないのに、"零戦"と"清二"という名前だけは脳内にこびりつくように覚えていた。
知りたい、知りたい、知りたい。
もっと、思い出したい。
子ども心にもがいていたのだろう。
その気持ちを親にぶつけた。そして、母はノイローゼになった。
『翔ちゃん、その話はやめて。ママ、気がおかしくなりそう…。』
泣きながら訴えてきた。
『私、どうして普通に産んであげられなかったんだろう…あんなこというなんて…。もう、わからない…。あんな気味が悪い子、知らない…』
父に泣きついているのも聞いた。
そして、悟った。
この記憶は言っちゃいけないんだ。これが母を苦しめているんだ…。
ならば、忘れたふりをしよう。そう心に誓ったのだった。
「前世の記憶…?」
「信じられない…ですよね。」
利根川は目の前で自嘲の笑みを浮かべた。
「3歳ごろから、だんだん思い出してきたんです。その昔、帝国海軍に所属していて、零戦乗りだったこと、空母に乗ってたこと…そして、清二さんという人物のこと…。」
「清二…。」
氷月はそうつぶやくと、自分の手のひらを眺めた。
「多分、氷月先輩が夢に見たのは、空母のことじゃないですか?」
そういうと、利根川はポケットからスマホを取り出し、検索した画像を見せてきた。
「これ、俺も検索した。確かにこの船だった。」
「俺も、これに乗ってました。自分の名前は思い出せないんですけどね。」
氷月はスマホの画面をまじまじと見ながら、夢を思い出していた。
「この中に、零戦は搭載できたのか?」
氷月の問いかけに利根川はこくりと頷いた。
「氷月先輩が見た零戦はどんなでした?例えば、形とか…色とか。」
氷月は再び考え込んだ。
教科書で見た零戦の色は確か、深い緑色をしていたはずだ。灰緑色と書いてあった気がする。
だが、俺が覚えている色は
「飴色…。」
利根川が氷月のつぶやきにびっくりしたような表情を見せた。
「それは、教科書に載ってたんですか?」
「いや、なんとなく…あの色が何色かわかんなくて…いや、その色の名前を知ってたのかもしれないな。」
そういうと、利根川は再びスマホを操作し画面を見せてきた。
「そう、これ。この色の機体が出てきた。」
「初期の零戦で21型や二式水上戦闘機まではこの色だったようで、その後に作られた機体から、皆が知っているオーソドックスな色になっていったそうです。空母に乗せられていたのは、主にこの色の機体だった。初期の零戦の色を一般的には、灰白色というらしいです。ただ、帝国海軍では、この機体の色を特別に“飴色”と言っていたそうです。」
なんで、そんな色の名前を氷月が思いついたのだろう…?
いや、知っていたのか…?遠い遠い昔に…
「てか、お前よく知ってんなぁ。そんな情報も記憶として残ってたのか?」
すると、笑いながら利根川は首を横に振った。
「記憶が残ってるといっても、断片的に場面の映像が残っているだけなんです。幼いころはそれを言葉に表すのが難しかった…。だからこそ、母を苦しめてしまった。母を苦しめるくらいなら、いっそのこと忘れたかった。こんな気味の悪い記憶なんて…。でも、無理だったんです。ずっと、俺の目の前に“清二さん”は現れるんです。」
利根川は頭を抱えていた。
この現象が、彼に与えた苦痛、苦悩を垣間見た気がした。
「どうすればいいんだろうって悩んだ時期もありました。そんな時に、ある番組を見ました。そこで取り上げられていたのは、前世の記憶が残る少年の話で、記憶の真実に近づけば近づくほど思い出し、その記憶の主にたどり着いた以降、自然と記憶が消えていったといっていました。これしかないと思いました。俺が自由になるには…。だから、その時から調べることにしたんです。昔は図鑑なんかもよく見ました。図書館なんかに通ったりしたり。今はこれ。」
そういうと、利根川はスマホを見せてきた。
「それでも、限界がありました。一般人が触れられる文献の情報量には限界がある。剣道部活で選んだのも、うっすらと道場で剣道をしていた記憶があったからです。何かの足しになればって思ったんですけど…何も思い出せませんでした。なら、つづける意義を見出せなくなってしまって。」
「だから、県大会でいいとこまでいったのにやめたのか?」
頷く利根川。その姿はどこかうなだれていた。
「団体戦ではありましたが、ベスト8までいきました。地方大会にも選出されて。俺は先鋒だったんで、いつも切り込み隊長でした。あの空間はそれなりに楽しかったけど、俺が求めるものはなかったんです。実は少数ですがスポーツ推薦のお話もいただいてたんですよ。」
「もったいない話だな。」
「続ける気がないのに失礼じゃないですか。相手先に。なら、もっと剣道に真摯に向き合っている子がつかめばいいんですよ。」
なんとまじめな奴だ。少し見直した。
「ここを進学先に選んだのは、歴史学科があって、近代史の研究をしてるってホームページに載っていたからです。もしかしたら、何かわかることがあるかもしれないって…。一縷の望みを託したんです。そしたら…」
「俺に出会ったと?」
「目の端で、氷月先輩が見えた時、脳内に響きました。“清二さん!!”“清二さん!!”って。そんなの初めてだった。あの人を捕まえなきゃって思った。そこからは無我夢中で、気が付いたら、氷月先輩の腕をつかんでいて、あなたはその場に倒れていた。」
「そこからはよーく覚えてるよ。暴漢に襲われたのかと思った。」
「先輩もそこそこガタイいいですけど、襲われたことあるんですか?
こいつ…
なんだか、無性に腹が立って、氷月はぺちりと利根川のデコを殴った。
「いったぁ…なんでぺちぺちぺちぺち殴るんですか!!馬鹿になったら、先輩のせいですからね!!」
「一回殴るごとに数千個の脳細胞が破壊されるといわれているけど、本来、脳の神経細胞は1日に数万個ってスピードで壊れていくもんなんだ。使われないところからなくなってくんだよ。エネルギーを効率よく回すためにな。スピードにすると、1秒で1個らしいぜ。一生分で換算すると全体の5%が失われる計算なんだと。それを考えると、俺の愛の鞭で壊れる数なんて微々たるもんだと思わないか?」
「…。いやいや、だまくらかそうとしても、結局数千個はつぶれるんでしょ!?確実に馬鹿になってるじゃないですか!!」
チッ、だまされなかったか…阿呆そうに見えて、地頭のいいやつめ。
氷月は謝ることなく、そっぽを向いた。
「まったく…乱暴だなぁ…。」
「ほれ、話の続きをしろ。腰が折れまくってるぞ。」
「誰が初めに折ったんですか!!俺の話の腰を!!あいだっ!!」
再びデコを殴られた利根川であった。
「これは憶測ですけど…」
デコをさすりながら、利根川は再び語りだした。
「氷月先輩が見ている夢も、前世の記憶なんじゃないかなって、思います。それはたぶん…」
「“清二さん”の記憶…?」
利根川はこくりと頷いた。
「氷月先輩は昔から夢を見ていたんですか?」
「いや、俺は今みたいな鮮明な夢を見たことはなかった。」
氷月の言葉を見て、しゅんとする利根川した。
「ただ。」
「ただ?」
ぴょこんと耳を立てた犬のように、利根川は顔を上げた。
「碧の夢を見る。」
「碧…?」
「なんていえばいいんだろう…一面、碧色に染まった夢を見るんだ。昔から。それが何の色なのかは全く分からない。でも、俺はあの色以上に美しい色は見たことがない。青の色を現実に見てみたい、そう昔から思っていた。」
「碧色の景色…。」
「まぁ、だからこそ、安直に航空工学科のある学部に行っちまったのかもしれないな。」
氷月はへらっと笑い、指を上向きに指す。
指の向こうには、雲一つない晴天が広がっていた。
「あなたの見た碧色は、こんな色だったんですか?」
利根川は空を見上げながら尋ねた。
「いや、違う。こんな色じゃない。」
もっときれいなのだ。澄み渡っていて、きらきらと白が反射していた。
その色の正体を氷月は見当もつかなかった。
「なら、一緒に探しませんか?」
「探す?」
「あなたが夢に見た碧色の正体を、一緒に探しませんか?それが、きっと俺の記憶の主につながると思うんです。俺は…早く自由になりたいんです…」
お願いします。
利根川は俺のほうに手を差し出した。顔はうつむき加減だった。このように、手を差し出されたような気がする。
これが、君の記憶だというのか?まだ見ぬ、清二という名の人物の。
面白い。日常に退屈していた自覚はある。これがきっかけで何かが変わるかもしれない。
氷月は差し出された手をぎゅっと握り返す。
ぱっと明るい表情になる利根川の顔。
「いいぜ、信じてやる。付き合うよ、お前の時間旅行に。」
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