case1 異世界の勇者 ②

 主人公症候群ヒーローシンドローム

 そんな病気とも遺伝子レベルのアレルギーともとれる、一見疑わしい病気があるという。

 魔法だなんだと言い始めた篠村先生に思わず生徒と教師という立場を忘れて暴言一歩手前の怒声を浴びせた佐伯に対して、篠村先生はまずその単語から説明し始めた。

「はぁ……。ヒーローシンドローム……」

「存在が確認されたのは1985年。まるで物語の主人公のように都合の良い展開が、その人物を中心に巻き起こることから、そんな名前がついた」

「……で、それが?」

「これは先天性のものか後天性のものかまでは分からないが、発症者の多くは十代の少年少女だ。彼らは、それこそ漫画やドラマの主人公のような数奇な運命を乗り越える。世界の命運だとか、恋人の生死だとか、通常の人生じゃあまず身に降りかからない類の状況が、彼らに訪れるのさ。例えば、突然超能力に目覚めるとか、その力を狙う悪の軍団に狙われるとか、そんな類だな」

「漫画じゃねぇかよ。それって」

「そうだ。まさしく、漫画のように、それが起きる。もしかしたら、今英雄にならないか、と誘われた君達にも、その素質があるのかもな」

「おいおい勘弁してくれよ。そんな小っ恥ずかしい願望はとうの昔に卒業したんだぜ、こっちは」

「ま、その感覚があるのなら大丈夫だ。罹患した人間は、それまでの性格や趣味嗜好を問わず、その用意されたシナリオに対して、従順なほどに前向きに捉える傾向があるからな」

 人の性格まで捻じ曲げるって、結構やばい病気じゃねぇか。

 俺は、そのヒーローシンドロームとやらがこれから俺達が為すべき仕事にどう関わるのかも知らないが、早くも恐ろしさだけは感じつつあった。

「仮にそんな病気が本当にあったとして、先生のような大人達が何をするんです?その病気に対して」

「んん……っ!あー、タバコ吸いすぎかな……。ちょっと喉が痛いな」

 篠村先生は口に咥えたタバコを灰皿に押し付ける様に置くと、佐伯の言葉を無視して半ば独り言の様に呟く。

「真面目に聞いてください」

「ははっ…!悪い悪い。そうだな、我々の正体を明かすと、日本国政府の内閣府情報局だ。まぁ、国内のきな臭い事件や事故に対する何でも屋みたいなもんだ」

 それってスパイとかの所属する部署じゃ無かったか?昔見た映画でもそんな名前が出てきた様な気がするぞ。

「まぁ、早いとこ、国家公務員な訳だ。あ、教師も公務員だな。まぁ、あんまり変わらんよ。未来ある若者の為に粉骨砕身で働くって意味ではね」

「胡散臭すぎる……」

 目上に対する遠慮というか、そういうものが徐々に佐伯から失われていくのが垣間見える。まぁ気持ちは分からんでも無いが、俺が自制できているというのは、きっと今回の件——引いては報酬に対する真剣度合いが違うのだろうな。

「話を元に戻すと、国家主体でその病気をなんとかせにゃならん——ってことになってるのよ。昨日見せた資料、テロ事件とかのやつね、アレの犯人は、さっき言ったヒーローシンドロームの罹患者。少なくとも確認できるだけでは、ね」

「物語の主人公って感じの行動じゃ無いと思うが」

 ああ、いや。ダークヒーローとかならありえるか。

 と言ってから俺は思い直したが、篠村先生は短く肯定した。

「そう、だから正確にいうと、彼らは元罹患者ということになる。この病症に犯された人間に用意されるシナリオは、大抵が王道で、綺麗で、悪辣さのかけらも無い勧善懲悪モノだ。だからこそ、現実との差異が浮き彫りになる」

「……どういうこと?」

「仮に世界を救った勇者がいたとしよう。勿論、彼はその病症が幾許か手を貸したとはいえ、基本的には彼本人の努力の結果だ。それは否定できない。だが、世界を救った後の現実に待っているのは、悪と断罪するには少年の心には理解し難い悪辣さだ。政治家の横領、国家間の戦争、資本主義的思考による功罪、或いは世界規模での貧富拡大とか人種による差別だとか。彼らは純粋なまでにそれを受け止めてしまう。果たして救った世界に価値はあったのか……?そんな疑問を呈して、そしてこの世界を否定してしまった時、彼らには間違いなく、それをどうにか出来てしまう力を持ってしまっている」

 ハッピーエンドのその後は誰も気にしない。たった一瞬、争いが絶える時間が訪れて、人々が平和を享受して終わりだとしても、間違いなく恒久的平和というのは実現しない。

 世の中を知らない高校生の俺だって、理想と現実にはある程度折り合いはつけていられる。

 篠村先生は、そういう部分が彼らには欠如してしまっているというのだ。妥協だとか、諦めだとか。

 そういう感情に対して、ヒーロー達は不感症なのである、と。

「信じたく無いし、信じられないけど。話は分かったわ。……で、要するに物語を終えた英雄達のケアが私達の仕事——って訳ね」

 佐伯は篠村先生の話を要約すると、ソファに深く座り直した。

「……よく理解できたな、佐伯」

「支倉君、もしかして理系?」

 いやそうでも無いんだが……。むしろ今の話で具体的に俺たちが何をするのか理解出来た佐伯の方がおかしいくらいだ。

「そ、燃え尽き症候群で自暴自棄にならない様に注意深く観察するのがお前達の仕事だ。その為に、日本全国からヒーローシンドロームの罹患者と思しき生徒をこの学校に集めたんだ。大変だったんだぞ?あの手この手でこの学校に入学する様に仕向けたのは」

 ……まぁ、その手段は聞かないでおこう。俺は背後に政府がいると知り、なんとなくだが、自分の住んでる国の政府の裏の顔は見たく無い気分だったからだ。

 とはいえ、まだ疑問は残る。

 何故、俺たちなのか。

 そこを問い糺そうと、佐伯の顔を一瞥してから、口を開くと、それを阻止する様に篠村先生は立ち上がった。

「さて、話はここまでだ。一旦教室に戻るぞ。そろそろ朝のホームルームだからな」

 と、いきなり現実的な言葉に俺は毒気を抜かれて、仕方無く言葉に従った。

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