第4話 9回目の幸運
先々月、目覚めた僕のちからは「時間を戻すこと」である。
戻す、といっても五分前や三十分前といった「単位をチョイスすること」はできず、大まかに二十四時間前、つまりは「丸一日単位」でしか戻ることはできない。
言い換えると、「昨日に戻る」能力。
発動条件は、あのむーの瞬間移動みたいに、強く念じたらすぐ、という便利さはなく、深夜零時の瞬間に呪文を唱えるのだ。
「時の神クロノスよ、太陽と月の巡りをひとまわり、
と厨二病くさいワードで、声に出して発話すると、前日の深夜零時まで戻ることができる。
この辺が、「ちから」の条件のランダムな個人差によるもので、親戚のお姉さんには「般若心経をひと通り暗唱したら、目から熱線ビームを放つ」ことができるという謎の条件を付与された人もいる。
慣れれば、早口で五秒で言える呪文なんて、まだラクな部類なのかもしれない。
ちからを発動させたところで、大抵、深夜零時にはもうベッドの中にいるので、「あれ、ホントに戻ったのかな?」と違和感に気づきにくいという欠点がある。
そのため僕は、スマホのカレンダー機能には日記代わりに今日の出来事を列挙して、必ず記録して残し、最後に「今日は終わり」と締め括ってチェックをつけることにしている。
時間を戻すちからを使った直後に、スマホのカレンダー機能を見ると「今日のチェックをつける前だ。じゃあ戻ったんだな」と確認できる、というわけである。
二ヶ月近く、自分の能力の限界を試行錯誤してきたが、「同じ日は十回までしか繰り返せない」縛りがあると知った。
それ以上は、何度呪文を唱えても、戻れなかったのだ。
だから、僕が「昨日を何度も繰り返して」あのむーを死ぬ運命から救い出せたのは、ラッキーだった。
いや、昨日の彼女がアンラッキーすぎたのか?
1回目はトラックの交通事故。
2回目は切れた電線の感電死。
3回目は通り魔による刺殺。
4回目は校舎の窓から誤って落下して転落死。
5回目は通学路の民家のガス爆発に巻き込まれて爆死。
6回目は口を開けた瞬間に落ちてきた鳥の糞に入っていた新種の細菌で感染死。
7回目は友人とパンの早食い競争をして喉につまって窒息死。
8回目は蛇マニアが飼っていた毒蛇が逃げ出してしまい噛まれて……ああもう!
暴走トラックや電線工事、通り魔の事前通報など、予想しうるすべての「あのむーに降りかかるトラブル」を事前に回避しておいた僕。
亡くなった彼女のことを思い、深夜零時に泣きながら呪文を唱えた夜も、もう終わった。
さんざん苦労したんだ。自分で自分を褒めてあげたい。
だが、大好きな彼女の前で「僕が君の命の恩人だよ」なんて、恩着せがましいことは、絶対に明かしたくない。
そんな照れくさいのは死んでもイヤだ。
今日みたいに、9回目に微笑んでくれれば、それで上等だというものだ。
瞬間移動能力を得たのなら、少しは危機回避能力も上がるだろう。
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