第5章 神の終焉④

5.2 楽園の創造

5.2.1 白の占拠


純白の夢が、この都市を呑み込む。


世界の汚れを拭い去るかのように、白が街を覆い尽くしていく。

道路には厚く塗られた白い塗料、建物には純白の布が掛けられ、一切の色彩は存在しない。

路上には、異形の者たちが並び立っていた。


人間の形を捨てた者たち——

信仰に身を捧げた者たちが、シノの神託のもとに集まり、都市の一角を「白華神の楽園」として占拠する。


白い肌、白い髪、白い眼。

かつての個性を脱ぎ捨て、唯一つの色に染まった彼らは、異形の美しさを誇り、純粋なる進化の体現者であることを讃え合っていた。


その姿は見る者に畏怖を抱かせ、街の空気を異様なものに変えていた。


一般市民は遠巻きに、息を呑んでその光景を見つめる。

何かが決定的に狂っていると理解していながらも、異形の者たちが築く純白の領域に足を踏み入れる勇気はなかった。


その中心で、白華神(ヴァイス・ブルーテ)が降臨する。


──わたし。


わたしは、長く、長く引きずるような銀色の髪を揺らしながら、ゆっくりと進む。

わたしの身体はレアとミナが支えている。

彼女たちの白い指が、わたしの腕と腰をしっかりと支え、その足取りは優雅で、まるで聖母を運ぶ巫女のようだった。


「さあ、築くのよ。白華神の楽園を。」


甘美に響く声が、街に満ちる。

わたしの声帯は完全に作り変えられ、人工の響きを持つフルートやハープの音色のように、純粋で、天上の音楽のように響く。


信者たちはわたしの神託を受け、一斉に歓喜の声を上げ、神の言葉を実行するためにさらに動きを加速させた。


建物の窓には純白のカーテンが垂れ下がり、路上には白い花弁が撒かれる。

標識は白く塗りつぶされ、舗装道路の灰色は、次々と塗料によって消えていく。電柱も、ゴミ箱も、あらゆる色彩が否定され、白のみが支配する楽園が、今この場に生まれようとしていた。


「……美しいわね」


わたしは微笑む。

頬は白磁のように滑らかな純白で、唇すら血色を帯びていない。

蝶が羽ばたくかのごとく大きく広がる銀色のまつ毛の間から大きく開いた眼が覗く。

眼球全体が深海のように深く青色に輝いている。


頬の中央まで裂けた口からは獰猛な大型の肉食獣のような牙と8つに分かれた長い舌が蠢き、その笑顔は、人間のものではなかった。


わたしの全身は純白。

血の気を完全に消し去った肌は、陶磁器のように滑らかで、ひとつの穢れも許されない。

全ての体毛は取り払われ、指の一本一本までもが、漂白されたかのように白い。


36本の指が、ゆっくりと広げられる。

その長い爪は、白い鉱石のように鋭く、まるで神の加護を刻む聖痕のようだった。


わたしの背中にある白く半透明の翼が、かすかに揺れる。

つま先には五指はなく、白銀の蹄鉄を打ち込んだ蹄。

人間にはない飛節を持ち、天上の獣の形である。


わたしは一人では歩くことすらままならないが、それでもなお、この身は神の意志そのもの。


その身体を支えるのは、わたしの最愛の使徒たち。


レアは赤い瞳を輝かせ、ミナは黄金の光を宿した目で、わたしを支えることに恍惚を感じている。


二人の額にも、わたしと同じく純白の角がそびえ立つ。

彼女たちもまた、白に染め上げられた進化の徒であり、わたしの影のように寄り添う存在。


レアが、陶酔した声で囁く。


「シノ様……。シノ様の楽園は、すでにこの地に根付いています。」


ミナが、恍惚の微笑みを浮かべる。


「この白は、白華神の証。その御姿に相応しい楽園が、ここに生まれました。」


彼女たちの言葉に、信者たちは歓声を上げる。


「白華神(ヴァイス・ブルーテ)よ! 我らを導きたまえ!」

「この世の穢れを拭い去り、貴方の楽園を広げん!」

「純白こそが真理! 純白こそが美! 純白こそが進化!」


白い異形たちが、街の一角を占拠する。


通りすがる者は、恐怖に目を見開き、足早に逃げていく。

彼らの目に映るのは、異形の神の降臨か白い悪魔の来襲か。


この街の色は、これからすべて塗り替えられる。


純白の世界が、わたしのために築かれる。


わたしたちの楽園が、この地に生まれるのだ。







5.2.2 神々の舞踏


すべてが白い。


聖堂の内部は、限りなく純白に近い光で満たされていた。

床、壁、天井、そこに立つ者の衣も、すべてが白。

僅かに揺らめく光が、白銀の幻影のように空間を包み込み、まるでこの世のものではない別の次元に立たされているかのようだった。


信者たちは息を潜め、その中心で舞い踊るふたつの影を見つめていた。


レア様とミナ様——

白華神(ヴァイス・ブルーテ)の忠実なる使徒にして、最高位の天使。


おふたりは薄いヴェールを纏い、透き通るような肌を露わにしていた。

ヴェールは柔らかく空気に溶け、まるで彼女たちの白い肢体そのものが霧となって溶けていくかのように見えた。


長く流れる銀髪が舞のたびに空間を裂き、光を反射しては白銀の稲妻のように閃く。

額の2本の純白の角は聖なる印として煌めき、黒目を失った瞳は、レア様は深紅に、ミナ様は黄金に染まり、まるで異界の火を宿しているかのようだった。


彼女たちの舞は、神への捧げもの——


レア様の腕がしなやかに宙を描くたびに、巨大な乳房が波打ち、蹄鉄を打ち込まれた足が床を叩く。

金属音が空間に響くたびに、信者たちの呼吸が震えた。

ミナ様の身体が回転するたびに、ヴェールが捲れ、引き締まったくびれと、異様に大きなヒップが白昼夢のようにちらついた。


「白華神(ヴァイス・ブルーテ)よ——」


誰かが呻くように呟いた。

それが合図だったかのように、信者たちは熱に浮かされたようにその場に跪き、頬を紅潮させながらレアとミナの舞踏を見つめる。


舞が終わりに近づくと、彼女たちは同時に動きを止め、恭しく両腕を広げた。純白のヴェールが滑り落ち、床を流れる波紋のように広がる。


そして、静寂。


その刹那、


純白の世界の中心に君臨する、唯一なる存在が降臨する。


——白華神(ヴァイス・ブルーテ)


光の中から現れたその御姿に、信者たちは息を飲み、全身を震わせた。


白華神の白磁の肌は光を浴びてなお眩しく、その長い銀髪は波打つ霧のように空間を漂う。

長く切開された大きな目がゆっくりと瞬きをするたびに、白銀の蝶の羽のようなまつ毛がひるがえり、蒼い光を放つ瞳が、人ならざる威厳を帯びる。


異様に大きな乳房は神性を象徴するように前へ突き出され、ありえないほど細いウエストは、まるで折れそうなほどか弱く、それでいて圧倒的な存在感を放っていた。


レア様とミナ様に支えられながら歩みを進めるたびに、床に響くのは、白銀の蹄鉄の音。


ゆるやかに揺れる純白の二本の尻尾、白く光る三本の角、純白の唇から覗く鋭利な牙。


その姿は、美しさと異形が極限まで昇華したものだった。


白華神の白く長い指が、宙を撫でるように持ち上がる。


右手に18本、左手に18本——計36本の指。


そのすべてが細く長く、爪は白い刃のように研ぎ澄まされ、まるで神の祝福を授けるために創られたもののように見えた。


「――わたしが、ここにいるわぁ……」


フルートのように甘やかで、透き通る声が響き渡る。


それだけで、信者たちは陶酔し、涙を流した。


レア様とミナ様が、白華神の傍へと跪き、恭しくその手を取る。


「白華神……」

その名を口にすることすら畏れ多いといった様子で、信者たちは狂気にも似た恍惚を浮かべる。


「さぁ……もっと、わたしを讃えるのよぉ……」



囁くように、白華神は微笑んだ。


その瞬間、純白の世界に歓喜の叫びが満ちた。








5.2.3 狂気の王国


都市の空気が変わりつつあった。

街のいたるところで、白い衣をまとった信者たちが「白華神(ヴァイス・ブルーテ)の福音」を語りかける声が響いていた。

彼らは角を持ち、異様なまでに白く透き通った肌を持つ者もいれば、体の一部を改造し、既存の人間の形を逸脱しつつある者もいた。


通行人が足を止めれば、信者たちは熱に浮かされたように語りかけた。


「白華神の祝福を受け入れなさい。」

「あなたはまだ不完全です。真の美と進化を求めるなら、楽園へ。」


その言葉は、ただの宗教勧誘というにはあまりにも異様だった。


最初は彼らを奇異の目で見る者が多かった。

しかし、彼らの数は日に日に増えていった。


駅前、繁華街、大学の構内、病院の前──

あらゆる場所で白華神の名が囁かれるようになり、人々は次第に怯え始めた。


やがて、建設中の「白華神の楽園」と呼ばれる施設の周囲には誰も近寄らなくなった。

そこに足を踏み入れた者は、改造を施された信者たちが集い、沈黙の中で白華神の言葉を待っているのを目にすることになる。


それは、まるでこの世界から切り離された異形の王国のようだった。




報道機関はすぐに動いた。

テレビでは連日「白華神美新生(ヴァイス・ブルーテ)」についての特集が組まれ、コメンテーターたちは声を荒げた。


「これは新手のカルトです! しかも、単なる精神的な信仰ではなく、信者自身の身体を改造し、“人間を超越する”ことを教義にしているのです!」


「彼らの目的は一体何なのか? なぜここまで急速に広まっているのか?」


SNSでは、信者たちの姿を映した映像が次々と拡散され、#白華神 #異形の信仰 #狂気の楽園 といったタグがトレンド入りした。

一部の人間は彼らを「美しい」と称賛し、“新しい時代の到来”と語ったが、大半の反応は恐怖と嫌悪だった。


「こいつら、もう人間じゃない……」

「新しい神? こんなの悪魔だろ」

「怖いけど、美しくもある……」


ネット上では、彼らの指導者──

白華神(ヴァイス・ブルーテ)と呼ばれる存在の正体を暴こうとする動きが活発化した。


だが、その痕跡はほとんど残されていなかった。

白華神の情報は信者たちが守り抜き、過去の情報を探ろうとする者がいても、要となる部分はすべて霧のように掻き消されていた。



ついに政府までもが動く。

「白華神美新生」は公式に”危険なカルト組織”と認定され、最悪のケースでは軍隊の投入も視野に入れるべき「要警戒テロ組織」に分類された。


それでも、信者たちは恐れなかった。


「これは神の試練です。迫害されるほど、白華神の力が証明される!」


むしろ、彼らは歓喜し、さらに熱狂を強めた。

社会全体が彼らに敵意を向けるほど、信者たちは”白華神の楽園”への帰依を強め、世俗の世界を「未完成の存在が支配する地」として軽蔑するようになった。


そして、その中心には──

白く光り輝く、究極の”神”が座する玉座が据えられている。

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