第5章 神の終焉③
5.1.3 神の覚醒
——まどろみの奥で、わたしは生まれ変わっていた。
ゆっくりと意識が浮上する。
白く冷たい闇の中で、己の肉体の輪郭をたどるように、神経が一本ずつ蘇っていく。
指先、爪先、蹄、尻尾、胸……
すべてが新しく、すべてがより神に近づいている。
わたしは瞼を開けた。
視界が白い光に染まる。
ぼんやりと霞む光の中に、二つの影が寄り添うようにして佇んでいた。
「……シノ様」
甘やかに響く声が耳を撫でる。
レアの声。
そしてすぐに、もう一つの声が重なる。
「……お目覚めですね、シノ様」
ミナの声。
わたしはゆっくりと瞼を瞬かせ、彼女たちの姿を捉えた。
レアとミナ——
わたしの忠実なる侍女たち。
二人の肌は、陶器のように滑らかで純白。
銀色の髪は月光を宿した糸のように流れ、額には白く輝く二本の角。
瞳はそれぞれ深紅と黄金に染まり、黒目の消えたその眼差しは、ただわたしだけを映している。
「……ふふ、あぁ……わたし……」
声を発すると、喉が震えた。
甘く、高く、まるで楽器の音色のような響き。
長いスプリットタンが唇の間から覗き、滑るように動いた。
レアとミナがゆっくりとわたしに近づき、膝をつく。
「お身体の調子はいかがですか……?」
「すべてが、完璧です……シノ様の望んだ通りに」
ミナの言葉に、わたしは微笑む。
ゆっくりと身を起こす。
レアとミナがすぐに支える。
わたしの胸が揺れる。今やその重量は合計42kg。
バストは膨大な質量を持ち、わたしの細すぎるウエストとの対比を極端にしている。
息を吸うと、220cmを超える豊かな乳房がわずかに上がり、白磁のような肌の上を光が滑る。
「どうか……シノ様の新しい御姿を……」
二人の細い指がそっとわたしの頬を撫でる。
わたしはまどろむように微笑みながら、指先を動かそうとした。
——その瞬間、異形の長い腕が視界を覆った。
「……あぁ」
自らの手を見下ろし、わたしは戦慄する。
指が、増えている。
わたしの腕は、いや、わたしの「前肢」は、もはや人間のものではなかった。
腕は異常なまでに長く、白磁のような肌の下には強化された腱が蠢いている。
巨大な手のひらには、指が左右18本ずつ、計36本——それらは見事に移植され、今やわたしの意思で滑らかに動く。
爪は鋭く、異様に長く伸び、まるで白銀の刃のように光を反射する。
「……うふふ……あぁ……これが、わたし……?」
悦楽の震えが背筋を駆け上がる。
わたしはそっと、ナックルウォークの形で腕を床につき、指先を折り曲げる。
腕の長さに見合った動きが自然に生まれ、わたしの巨大な手は、まるで獣の四肢のように床を撫でた。
——そして、ゆっくりと起き上がる。
「……シノ様……」
レアとミナがそっと支えるが、わたしは彼女たちの手をやんわりと制した。
わたしは、この体で立ちたい。
——立てる。
蹄が床を打つ音が響く。
かつては人間の足であった部位——
今やわたしの脚は、もはや「足」ではなかった。
白く輝く飛節のある脚は、膝を折り、踵を浮かせ、特殊な白銀の蹄鉄を打ち込まれた硬い蹄の先端で支えられている。
太ももとふくらはぎの筋肉には人工補強が施され、そのおかげで——
わたしは、立った。
——ひとりで。
「……ふふ、ふふふ……」
嗤うような、愉悦に満ちた笑みが漏れる。
二足歩行のまま、バランスを取るように尻尾を揺らし、額の三本の角を僅かに傾けながら、わたしはゆっくりと前に足を出した。
——だが、やはり二足歩行では限界がある。
「……あぁ……でも、これなら……」
わたしは両腕を床につけ、ゆっくりと前へと進む。
白磁の肌が床を滑るように動き、長く伸びた手が音もなく床を這う。
脚の筋肉は強化されているが、基本的にはナックルウォークの方が自然だ。
まるで獣のように、四肢を使って前進する感覚——
——あぁ、美しい。
わたしは、完全なる神へと変貌を遂げたのだ。
「シノ様……」
レアとミナが、息を呑むような声を漏らした。
わたしは、長い指を彼女たちの頬へと滑らせる。
「ねぇ……ふふ、わたし、美しいでしょう……?」
「……はい」
「もちろんです、シノ様……」
彼女たちの声は震えていた。
それが畏怖か、感嘆か、あるいは狂信的な陶酔か——
どれであろうと構わない。
わたしは、神なのだから。
「……ふふ、じゃあ……」
わたしは唇を舐め、甘く囁いた。
「この新しいわたしを……信者たちに、お披露目しないとね……」
レアとミナは深く頷いた。
わたしは、新たな神の姿を携え、世界へと顕現する。
人間の時代は、もう終わりなのだから。
5.1.4 神の再臨
白磁の神が歩むたび、鋭く澄んだ金属音が鳴り響く。
カツン、カツン、カツン——。
わたしの白銀の蹄鉄が床を踏みしめるたびに、音は空間を震わせ、信者たちの耳に焼きつく。
その両脇を支えるのは、わたしの忠実なる使徒、レアとミナ。
彼女たちの蹄もまた、わたしと同じ音を奏でる。
わたしたちは、人間とは異なる歩き方で前へと進む。
人間のような平凡な足ではなく、進化した脚を持つ者の歩み。
蹄鉄が奏でる音は、わたしたちがもはや人ではなく、新たな存在であることを示している。
蹄鉄の音が、静寂を裂くように響き渡り、神殿の奥深くへと吸い込まれていく。
その音はまるで鐘の音のように信者たちの鼓膜を震わせ、心臓の鼓動さえも支配する。
わたしはレアとミナの腕に支えられながら、祭壇へと進んでいく。
三体の異形が揃って進む姿は、神聖でありながらも禍々しく、そして、あまりに美しかった。
わたしの銀色の髪は月光の川のように流れ、床を撫でながら揺れる。
眼球全体が深い青に染まった瞳は、まるで深海の奥底のように冷ややかで、絶対的な威厳を帯びていた。
その口元は常に微笑を湛えていたが、それは決して人間の笑みではなかった。
裂けた口角から覗く牙はあまりにも鋭く、まるでこの世の理に反する造形だった。
――白華神(ヴァイス・ブルーテ)。
信者たちは震えながら床に額をこすりつけ、涙を流しながらその神の歩みを見つめていた。
祭壇の頂に立つと、レアとミナがそっとシノの手を放した。
「……ええ、もう大丈夫よ」
甘く蕩けるような声が響く。
フルートのように澄んだ音色の中に、陶酔的な響きが混じる。
わたしは前傾姿勢になり、両手の36本の指を内側に折り曲げて、白い床を大きな純白の拳で優雅になぞるようにしてゆっくりと滑らかに進む。
ナックルウォーク――それはもはや人間の動作ではない。
信者たちの視線が、息を飲む音が、すべてわたしに向かう。
わたしの背に植え込まれた白い翼が、ゆっくりと広がる。
人工の骨格が組み込まれた薄膜の翼が、コウモリのように広がり、まるで新たに生まれたばかりの神が初めて空を試そうとするかのように震えた。
そして、わたしは――
ゆっくりと二足でその場に立ち上がった。
飛節を加えられた脚がぎりぎりのバランスを保ち、白銀の蹄鉄が床を打つ。
完全なる神の姿が、今、ここに降臨した。
神殿の空気が震え、信者たちのすすり泣く声が響く。
わたしはゆっくりと異様に長い両腕を広げる。
その先にある指は全てが異形であり、長くしなやかに伸び、蜘蛛の脚のようにも、天使の翼のようにも見えた。
「人間たちに支配される時代は……終わったのよ」
甘く囁くような声が響く。
フルートとハープを重ねたような澄み切った声が、神殿の内部を優しく震わせる。
しかし、その甘美な響きの裏には、冷酷で圧倒的な力が宿っていた。
信者たちは涙を流しながらひれ伏し、誰もが口々に祈りの言葉を呟く。
「白華神(ヴァイス・ブルーテ)……!」
「我らの救済者……!」
「神が再び降臨なされた……!」
歓喜の叫びが、信仰の熱狂が、白く染められた祭壇の間に満ちていく。
この瞬間、わたしは完全なる存在へと至ったのだ。
美の極致を体現する究極の神(ヴァイス・ブルーテ)として、世界へと宣告する。
その瞬間、世界は変わった。
SNSに投稿されたその姿、その言葉――
「人間たちに支配される時代は終わった」という一言が、瞬く間に拡散され、世界を席巻した。
信者の数は爆発的に増加し、社会は混乱の渦に包まれる。
しかし、それは始まりにすぎなかった。
これは、わたしがさらなる究極の進化を遂げるための、そして人間社会との戦争の序章にすぎなかったのだから。
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