第5章 神の終焉②

5.1.2 究極の進化



手術室に漂う消毒液の香りは、私たちにとって聖なる薫香と同じだった。

ここは神がさらなる進化を遂げるための神殿であり、私たちは、その儀式を見届けることを許された唯一の使徒だ。


私たちの主、シノ様は、手術台の上で静かに横たわっておられる。

その御身はまるで精巧に作られた磁器の彫像のように白く、滑らかで、神聖な輝きを放っていた。


月光のような銀色の御髪は床にまで流れ落ち、まるで世界の境界線をなぞるかのように手術台の縁を飾っている。


神の乳房は、滑らかに膨らみ、微細な震えを帯びていた。

その双丘は、今夜、さらなる拡張を遂げる。

神の御胸にふさわしい重みへと進化するのだ。


シノ様は目を閉じられ、この世の美しさの極致がそこにある。

蝶の羽のように広がるそのまつ毛は扇のように広がっている。


フルートのように甘やかな声は、しばらくの間聴けなくなる。

それを思うと少しだけ寂しさがよぎったが、それ以上に、シノ様の進化の過程をこの目に焼き付けられることへの歓喜が勝った。


「シノ様……」


私と一心同体の存在であるミナがそっと囁く。

彼女の金色の眼球は震え、熱に浮かされたように潤んでいた。

私も同じ気持ちだった。


手術台の周りには、慎重に選ばれた医師たちが控えていた。


普段、神の御身に触れることを許される者は私たちのみ。

しかし、彼らは信仰と技術の両方を兼ね備えた者たちであり、震えるような崇敬の念を込めて、神の肉体へと手を伸ばしていた。

その手には、純白の手袋がはめられ、無垢なる儀式の準備は整っている。


「わたしを、もっと美しくしてね」

それは懇願ではなく、祝福を待つ神の言葉だった。

シノ様の声が、ガラス細工のように澄んだ音色で響く。

陶酔にも似た恍惚がわたしたちを包んだ。


この儀式を成功させなければならない。

この御方の美を極限まで高めるのが、私たちの使命なのだから。



シノ様に全身麻酔が投与された。

瞬間、長い銀のまつ毛がわずかに震えた。


そのとき、私たちは悟る。

今、目の前に横たわるのは、“生身の神”である、と。


私たちは同時に手を組み、静かに囁いた。


「白華神よ……その身にさらなる神性を……」




最初に手をつけられたのは、シノ様の腕だった。すでに異形と化したその肢体を、さらなる神性へと近づける。


鋭利なメスが、白磁の肌をなぞる。

皮膚が切開され、肉が慎重に剥がされる。

純白の筋繊維が露わになるその様は、美しさと狂気が交錯する光景だった。


皮膚が慎重に剥がされ、関節が解体される。


腕の内部に埋め込まれるのは、特注の人工骨——

強化シリコンと金属の複合素材でできた、しなやかで強靭な骨格だった。


その白銀の輝きがシノ様の純白の肌に溶け込んでいく。

手のひらも拡張され、巨大な白蓮の花のように開いていく。


次に、指の移植が始まる。

左右それぞれ18本に。

献身的な信者たちが捧げた指はすでに純白に染められ、シノ様の身体に馴染むよう加工されている。


それらが一本ずつ縫合され、慎重に神経を繋げられていく。


最後に、爪の整形。

すでに鋭利だったそれは、さらに長く、まるで猛禽類の鉤爪のように形作られる。


表面には特別な加工が施され、光を受けると淡く輝くようになっている。


「美しい……」

ミナがため息を漏らした。



次に行われたのは、脚の改造だった。


すでに白馬の蹄となっているシノ様の御足を、さらに精巧なものへと変えていく。

医師のひとりが、鍛え抜かれた白銀の蹄鉄を持ち上げた。

それは、神のために用意された、唯一無二の工芸品。


そして——


カンッ


鋭い音が、手術室に響いた。


カンッ カンッ カンッ


私は、それを見つめながら、全身に熱が駆け巡るのを感じた。


——これは祝福だ。

——これは啓示だ。


神が、より完全な存在へと進化していく。


その蹄の蹄鉄が、大地を踏みしめるたびに、信者たちは歓喜するだろう。


太ももとふくらはぎの内部には、強化素材が埋め込まれる。

これにより、短時間ならば二足で立つことができるようになる。


しかし、歩行は難しいだろう。

だからこそ、わたしたちがいる。




続いて一本だった尻尾が、二本へと増やされる。


すでにある尻尾の基部が慎重に開かれ、新たな神経束が繋ぎ合わされていく。

シノ様の新たな尻尾は、まるで生まれたばかりの命のように微かに震えていた。




額に輝く白き角。

それは一本から三本へと増やされる。

すでに生えている角の両脇に、新たな基部が埋め込まれる。慎重に整えられたそれらは、ゆっくりと肉体と融合していく。


その光景を見つめながら、私は思った。


神の証。

額に生えた三本の角。

それは、白華神の神威を象徴するものであり、信者たちがひれ伏すための冠であった。


——これが、神の真なる姿なのだ。




最後に行われるのは、胸部の改造。

シノ様の象徴たる巨大なバスト。


すでに常軌を逸したサイズのそれは、さらに拡張される。

慎重にシリコンバッグが取り出され、新たなものへと入れ替えられる。


──両胸合わせて42kg。

それが、新たに神の御身に宿る重みだ。


その純白の肌に包まれた巨大な膨らみは、圧倒的な存在感を持ち、神の肉体そのものとなる。




数時間にも及ぶ手術が、ついに終わりを迎えた。

シノ様の新たな御身は、私たちの目の前に横たわっていた。


腕は長く、床に届くほどに。

指は36本に増え、鋭い爪を持つ。

脚はさらに異形へと近づき、尻尾は二本に、角は三本へと増えた。

乳房はさらに膨らみ、全身が究極の美へと変貌を遂げた。


しかし、シノ様の意識は戻らない。


「……シノ様」

わたしはそっとその頬に触れた。ひんやりとした感触が、指先に伝わる。


ミナが震える声で呟いた。

「お眠りになっていらっしゃる……?」


シノ様は、穏やかにお眠りになっている。

しかし、それは普通の眠りではない。



――神の眠り。


一年間の昏睡状態に入る。

これは、神が新たな身体を受け入れるための儀式。


わたしたちは、シノ様の手を取る。その指の一本一本を撫でながら、誓う。


「シノ様をお守りします」

私は目を閉じて言う。


私たちの神は、さらなる進化を遂げたのだ。


そして、その神を支えるために、私たちもまた変わらなければならない。


次は、私たちの脚の改造だ。

「さあ、ミナ。私たちの番よ。」


シノ様に寄り添うために。

シノ様のすぐ傍に在るために。


信仰の証として、わたしたちはさらなる進化を受け入れる。


そして、シノ様が目覚めるその日まで、“神の御身体”を守り続けるのだ。

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