平凡な高校生の俺は夢の中で何度も無双していたらしい
kattern@GCN文庫5/20新刊
第1話 「矢八、聞こえていますか……?」
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
「矢八、聞こえていますか……? 今、貴方の夢を通して語りかけています……」
ウェーブのかかった金色の髪に小柄な身体。
サファイアの瞳に白い肌。そして尖った耳。
白い絹のドレスを身に纏ったその女は――涙を流して胸の前で手を組んだ。
まるで祈るように。
「私たちの世界がまた危機に瀕しています。貴方の力がまた必要です……」
そして俺は目を覚ます。
いつものベッドの上。変わらない天井。そして、アラームの音で。
そして「また、あの夢か……」とごちりながら、一階の風呂場に向かうのだ。
……よし!
「今回は、身体がハル○みたいに、マッチョになっていないな!」
朝目覚めると、なにかしらのスキルがカンストしている件について。(なろう)
平凡な高校生。俺こと、夢田矢八は、不思議な夢と共に訪れる、突然のスキルカンストに、ここのところ悩まされていた。
一回目は、本当に分かりにくかった。
不思議な声の夢を見た後、妙に身体が軽いなと思いながらも、俺は一週間ほど普通に生活していた。「どう考えても、あの夢、昭和の異世界転移アニメの入りだよなぁ~w」とか笑っていた俺が、急に笑えなくなったのは体育の授業のときだった。
「飛天御○流奥義九頭龍閃!!!!」
「めけーも!(見開きで派手にぶっ飛ぶ)」
剣道の授業で、俺は飛天御○流が使えるようになっていることに気づいた。
いや、るろ○だけじゃない! ありとあらゆる漫画に出てくる、剣術が使えるようになっていたのだ!
ゾロの○斬り!
呪術のシ○・陰流!
鬼○のヒノカ○神楽!
やけにジャンプに偏っているのが不安になって、橘○サイル(旋風の橘)も使えるか試してみたが――やっぱり使えた!
とにかく、俺は剣の達人になっていた!
ソードマスター矢八になっていたのだ!
そして、クラスの男子全員をぶっ飛ばした!
普通のなろうやWEBTOONなら「すげぇ、アイツいつの間に強くなってたんだ……⁉」ってなるんだけど、最近の子供はスレたもので「次は、斎藤○の牙○やってみようぜ!」と、めちゃノリ気だった。
もちろん、「牙○は事故になりそうだからやめよう」と止めた。
みんなも漫画の真似をしてチャンバラするのはやめような。
そんなことがあった数週間後、再び俺は「あの夢」を見た。
そして、今度は分かりやすい形でそれは俺の身体に影響が表れたのだ。
「あ、アゴが尖っている……ッ!!!!」
悪魔的、鋭利さ……ッ!
圧倒的、福○感……ッ!
このアゴの尖り具合は間違いない!
俺は「ざわざわ……!」という心持ちでそのまま――雀荘に向かった!
高校生なのに麻雀はまずい!
けど、赤木し○るは13歳で麻雀を打っていた!
若さもまた勝利の条件……ッ!
結果――惨敗ッ!
「ひょっひょっひょっ! 地下労働300年!」
「けっこうけっこう! 若者はいい……ッ!」
「矢八くん下手だねぇ~! 麻雀の仕方が下手~!」
「そ、そんなぁ~~~~ッ!(ぐにゃあ~~~~ッ!)」
『ユメダ~ユメダヤッパリ~』
めっきり元の人情派の作風に戻ってしまわれた、福○先生の最新作だった。
俺は小人の能力で「夢だったことにして」ピンチを回避した。
「キラークイーン!!!! アナザー・○ン・バイツァ・ダストォッ!!!!」
「「「ボン……ッ!!!!」」」
「やった成功だ! 運命は、この俺に味方しているんだぁ~ッ!」
戻り方が違う漫画でちょっとビビったけど。
大丈夫かな? 偶然、雀荘に居合わせていた悪徳金融の社長さんと、悪徳コンサル会社の社長さんと、地下労働現場監督の班長さんは……?
今頃、俺の正体を隠すために、謎の死を遂げていたりしないかな?
怖いので、俺はその日は学校を休んだ。
とまあ、そんな具合で。
俺はそれからちょいちょいと不思議な夢を見ては、目覚めると何かしらのスキルがカンストしているのだった。
ある時は、筋力値がカンストしてパワーキャラになったり。
ある時は、知識がカンストして「ハロウィン」しか言えなくなったり。
ある時は、味覚がカンストして美食倶楽部に喧嘩を売ったり。
ある時は、幸運がカンストしてヒーローになったり。
とにかくもう大変だった。いろんなスキルがカンストしたせいで、俺の人生は薔薇色イージーモードの前に、どどめ色カオスモードになってしまっていた。
おそらく眠っている間に異世界に召喚され、そこで大冒険を繰り広げて帰ってきているのだろう。きっと去り際に――。
「矢八、向こうの世界に戻るには、この世界のことを忘れなければなりません」
みたいな、おきまりなクライマックス演出を経ているはずだ。
冗談じゃない。そのせいで、俺の生活は大変なことになっているんだぞ。
しかも何回も何回も。死に戻りより性質が悪いじゃないか。
こんなん気がおかしくならない方がどうかしてるよ!
「今回は、また目に見えない系の能力値がカンストしたみたいだな……!」
今度はいったいなんの能力がカンストしたのか。
できれば日常生活に支障を来さない能力がいい。
そんなことを思いながら、俺は朝食を終えて、高校へと向かった――。
『おはよー、矢八ちゃん! 今日もいい天気だね!』
そして、俺は巨大ロボ化した幼馴染みと出会った。
なるほどこういう異世界転移もあったか。
どれもこれもチョイスが昭和すぎる!
厳密には昭和の作品じゃないけど――昭和生まれが喜ぶネタばかりだ!
「藤乃なのか⁉ どうしてそんな、戦○機みたいな身体になってるんだ⁉」
『あ、これ? なんかね、朝起きたら、脳幹』
「やめろっ!! この作品には残酷描写のレーティング入れてないんだ!!」
優しかったゆるふわ子犬系おさななじみ――東鳩2で言うなら柚○この○――の面影を思い出しながら、俺は涙する。
俺を巻き込むのはいい。
けれど、俺の大切な人たちを巻き込むんじゃない。
とかやってると、空が避けて次元の狭間からわらわらとなんか出てきた。
あれはBET○……。
じゃなくて、オーラ○トラーだ!
「くそっ! 元祖異世界転移ものかよ! シブいとこ持ってきやがる!」
『矢八ちゃん、はやくダン○インを呼んで! このままじゃ地球が!』
「くそったれ! 異世界転移が、なんだっていうのさ!(富○感)」
俺はすぐさまオー○バトラーを呼び寄せると、そのコクピットに乗りこんで、東京上空に現れた異世界からの軍勢と大立ち回りを繰り広げた。
もちろん、今回もカンストのおかげで危なげなく倒すことはできたが――。
「とほほほ、もう異世界転移はこりごりだぜ!」
と、アイリス・アウトで嘆くのだった。
ちゃんちゃん。
なお、藤乃は四回目に異世界転移した際の「どんな傷でも治す聖女の力」で、無事に人間の姿に戻れた。男の俺が、なぜ聖女の力を使えるのか……その理由は定かではないし、詳しく考えたくない。(今度こそ終わり)
平凡な高校生の俺は夢の中で何度も無双していたらしい kattern@GCN文庫5/20新刊 @kattern
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