二十五、花畑な身内を持つと、苦労する。
「貴様!僕を、誰だと思っている!」
「誰って。街中で迷惑行為を働いた、犯罪者でしょう」
牢のなかで騒ぐモーリスに対し、飄々と答えたのは、第二騎士団第二部隊を率いる隊長、ケアリー・ユーイング。
「そんなことを言っているんじゃない!貴様は、僕が、どこの家の者だが知っているのかと・・・あっ!貴様、よく見ればユーイングの次男じゃないか!この若造が!」
「若造・・・まあ、確かに?年齢は、貴方より下ですね」
ケアリーは、モーリスより三つ下の27歳。
なので、年齢は確かに下だと頷いた。
言外に、精神年齢その他は別だと含ませて。
「年齢だけじゃない!爵位も地位も、僕より遥かに下だろうが!中堅の伯爵家風情が!」
「おかげさまで、領地は繁栄しております」
怒鳴るモーリスが撒き散らす唾液の被害に遭わぬよう、機敏に避けたケアリーは、飄々とした態度を崩すことなく、そう言った。
「はっ。その繁栄している領地を受け継ぐのは、貴様ではないじゃないか」
そんなケアリーを、モーリスは、小馬鹿にした様子を隠すことなく、鼻で笑う。
「もちろんです。ユーイング伯爵家を継ぐのは、我が家の期待の星。私も尊敬する兄ですから」
「何が、期待だ、尊敬だ。つまり、旨味はすべて兄のもの。貴様は、平民となる運命だということじゃないか」
尚も貶すように言うモーリスに、ケアリーは、その口角をにっこりと持ち上げた。
「いいえ。私は、兄が伯爵位を継ぐと同時に、我が家が有する子爵位を貰うことになっていますので、平民にはなりません。兄は、領地もくれると言っているのですが、私は
『困ったものです』と、ケアリーは、少しも困っていない、むしろ嬉しそうな笑顔を見せる。
「ふん。子爵位など、平民も同然じゃないか」
「そうですか?ですが、貴族は貴族です。罰則も、貴族と平民とでは異なりますから・・・ああ、出来ましたか?」
子どもでも知っていることだと言ったケアリーは、そこで、傍へ来た騎士から書類を受け取る。
「その貴族の頂点に立つ、公爵家の息子である僕に対するこの仕打ち。貴様など、騎士の資格はく奪の上、王都追放してやる」
「そんな権限、貴方にはありませんよモーリス・・・さて、これが貴方の調査書です」
ひらりと書類を見せたケアリーに、モーリスが眦を吊り上げ、睨み付けた。
「調査書?しかも、僕の名を呼び捨てにするなど!」
「犯罪者に、さん付けはしない規則なので」
「そんなことを言っているんじゃない!僕は、グローヴァー公爵子息だぞ!?いい加減、分を弁えろ!愚か者が!」
牢の冊を掴んで叫ぶモーリスに、ケアリーは、ひんやりと冷たい目を向けた。
それは、これまでの飄々とした態度から一転、モーリスを怯えさせるに充分な威圧を孕んでいる。
「愚か者はどちらだ。既に公爵家から除籍されている貴方は、平民。その平民が、街中でエインズワース侯爵令嬢に暴言を吐いた。しかも、一方的に声をかけ、一方的に詰ったそうじゃないか」
「それは、マーシアが悪い!マーシアが役目を果たさないから、俺が割を食ったんだ!となれば、マーシアとその親が責任を取るのは当然だろう!僕は、何も悪くない!」
喚くモーリスに、ケアリーは鋭い声を飛ばした。
「エインズワース侯爵令嬢、だ。平民が、軽々しく呼んでいい方ではない。ましてや、エインズワース侯爵のことまで。ここへ来て、更に罪を重ねるとは」
『聞きしに勝るとは、まさにこのこと』と、ケアリーは、学生時代から噂で聞いていた元グローヴァ公爵子息の愚かさを、間近に見ることとなり、こんな意外性は要らなかったと、予想外のこの事態に嘆息する。
「ため息を吐くな!僕は、公爵家の人間だぞ!」
「貴族なら尚の事、他家のご令嬢の名を呼び捨てになどしない。ああ、貴方はもう平民だったな」
「僕はっ」
「『お前のせいで、グローヴァー公爵家を除籍になった』と、エインズワース侯爵令嬢を責めたそうじゃないか。公爵家を除籍となれば平民。もしや、自覚が無かったのか?では、教えてやろう。グローヴァー公爵家を除籍となった貴方は、既に平民だ」
「それでも!僕の体に流れているのは、グローヴァー公爵家の血だ!」
淡々と言うケアリーに、モーリスは怒りの瞳を向けるも、柳に風。
本人からの被害届があり、目撃証言も多数。
すぐさま実刑が下ると、ケアリーの冷徹な声が辺りに響いた。
「マーシア!兄上が、またもすまない」
マーシアが、モーリスに絡まれた、その日の午後。
約束の時間にエインズワース公爵邸を訪れたカーティスは、訪問の挨拶を終えるなり、そう言ってマーシアに頭を下げた。
「まあ、カーティス。あの方、未だ貴方の
それに対しマーシアは、わざとらしくも困ったように頭を傾げる。
「あっ、いや。既に除籍された身ではあるが、君に迷惑をかけたと聞いて、その」
「ふふっ。冗談よ。いくら除籍したからといって、これまでの繋がりがあるんですもの。気にするのは当然だわ」
あたふたするカーティスに『揶揄うような真似をしてごめんなさい』と言いつつ、マーシアは、これからも、こんな風にカーティスを揶揄うことは
だって。
カーティスってば、仔犬みたいになるんだもの。
可愛い。
「ああ、いや。線引きは、出来ている。だから、保釈金を出すこともしない。両親もね」
マーシアに対し、仔犬のような目を向けていたカーティスは一転、凛とした瞳になってそう言った。
「そう。保釈金、出さないのね」
「当たり前だろう。元々の身分が知られているから、一応ということでうちに連絡が来たけど、縁を切った他人だからね。我が家は無関係だと、返事をしたよ」
モーリスを除籍するにあたり、グローヴァー公爵は王都の端に家を与え、当座の生活資金も持たせたとは、マーシアも聞いている。
しかし、それでも親子の情、肉親の情のようなものがあり、今回のことで保釈金を払っても仕方ないかと思っていた。
「でもなんか。本人は、実感していなそう」
「そうだね。マーシアが被害届を出したことだって、温情なんだってことにも気づいていないと思う。だから、代わりに。ありがとう、マーシア」
マーシア・・エインズワース侯爵家の立場でいえば、その場で無礼斬りにしたとしても、文句は言われない状況にあったと、カーティスはマーシアの目を真っすぐに見つめる。
「そうね。カーティスのためにしたことだから。お礼は受け取っておくわ」
侯爵家という、圧倒的な立場を用いず、公平に処罰されるようにしたのは、ひとえにカーティスのためだと、マーシアはその瞳を真っすぐに見つめ返した。
「・・・俺達が、こんなに苦労していること、あのひとは知らないんだろうな。マーシアの心遣いも」
「気づきもしないでしょうね。カーティスが、兄を思う心なんて」
はあ、と、ため息を吐き、ふたりは首を振り合う。
「本当に頭が痛いよ。鞭打ちの刑の後、騎士団の監視下で生活していくことになるらしいけど、未だ『僕は悪くない。こんな仕打ちをして、必ず報復するから待っていろ』って悪態を吐いているそうだからね。まあ、それだけの元気があれば生き延びるでしょ」
そう言ってカーティスは、やや複雑な笑みを浮かべる。
「カーティスが、後味悪くないようにして。私は、もう二度と会わなければ、それでいいから」
そんなカーティスの肩を、マーシアは、ぽんと叩いた。
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