二十四、花畑な人たち







「ジンジャーブレッドも、ジンジャークッキーも完成。あとは・・・あっ。カーティスの好きなベリーの紅茶を注文したのに、取りに行くのを忘れていたわ!」


 朝から、午後のお茶に招いたカーティスのため、自身も彼も好む茶菓子を用意していたマーシアは、そう言ってオーブンの前で飛び上がった。


 ベリー系の果物を乾燥させて茶葉に混ぜるそれは、自家製でも作れるものの、専門の店で飲んだ物には遠く及ばないと、マーシアは今日、自分で作るのではなく、専門店へと注文を入れており、且つ、使用人ではなく自身が言って試飲をする約束を取り付けている。


「アルマ!急いで向かうわ!」


 昼食前のこの時間なら、未だ余裕で間に合うと、マーシアは急ぎ出かける準備を整えた。






「よい茶葉が手に入って、ようございましたね。お嬢様」


「本当にね。いい店を見つけたわ」


 気に入った茶葉を購入し、マーシアは機嫌よく街中を歩く。


 そんなマーシアの傍には侍女のアルマが、そしてすぐ後ろには護衛騎士ミックが続いている。


「お嬢様。こちらに」


 その護衛騎士ミックが、何かからマーシアを庇うように前に出た。


「マーシア!お前が、素直にならないから、俺が多大な迷惑を被ったんだぞ!責任を取れ!」


「まったくよ!こんなに世間知らずだなんて、親の顔が見たいものだわ!」


 


 はあ。


 また、このふたりなの?


 お父様だけでなく、グローヴァー公爵家にも先日の件は報告済みなのに。


 


「聞いているのか!マーシア!お前は、不貞だけでなく、婚約者たる俺を除外しようなどと!本当に不出来な女だ!このエイダを見倣え!」


「まあ。モーリス様。わたくしを見倣うのは、このお嬢さんには難しいと思いますわよ?だって、ねえ?」


 ふふ、と笑いながらエイダが肩を揺らす度、きつい香水の匂いが辺りに漂う。




 ああ、この匂い。


 初めてのお茶会の、あの子を思い出すわ。


 不快なひとって、同じようなタイプなのかしら。




「マーシア!お前のせいで、俺はグローヴァー公爵家を除籍になった!責任を取って面倒を見ろ!ほら、すぐにエインズワース邸に行くぞ。お前の父親に、責任を取らせる」


「そうねえ。侯爵家なら、そこそこの地位ですもの。わたくしも、それでいいわ。仕方なく、ですけれど」


 そんなマーシアの、心底迷惑、不快だという表情にも気づかないのか、ちろりとマーシアを見た元フリント男爵夫人エイダが、侮蔑の笑みを浮かべた。


「そうだな。侯爵位など、貴族としては、そこそこ、だがな。この際、仕方ないだろう」


「まあ!モーリス様ってば、お心が広くていらっしゃいますこと・・あら。それは、わたくしも同じでしたわね」


 わざとらしく『今、気づいた』と言わぬばかりの元フリント男爵夫人エイダの肩を、モーリスが抱き寄せる。


「エイダほど、心の広い女性はいないよ。そんな女性に愛されて、僕は幸せだ」


「ふふ。モーリス様ってば。恥ずかしいですわ」




 まったく。


 これが、ファーロウ大公閣下の仰る『花畑』というものかしら。


 いい加減にしてほしんですけど。




 あはは、おほほと笑い合うふたりを、マーシアは冷めた目で見つめる。


 こういった場面に行き会った場合の対処法。


 先日の遭遇をもって、グローヴァー公爵家とエインズワース侯爵家の間で取り交わされたのは、すぐさま、第二騎士団へ援護を求め、公の記録に残すこと。


 それに従い、今も、もうひとりの護衛マイクが、待ちの警備を司る第二騎士団へと走って行ったのだが、そのことに気付きもしないのだろうと、マーシアは周囲を見渡した。




 まあ、気になるわよね。


 こんな街中で、上位貴族が喚いているんだもの・・・って。


 カーティスじゃない方のグローヴァー公爵子息は、もう平民なのだったわ。




「因みに。おふたりは、平民が貴族に暴言を吐くとどうなるか、ご存じですか?」


 周囲の取り巻きが増えるのを確認しながら、アーシアは、ゆるりとした微笑みを浮かべる。


「知っているに決まっているだろう!そんなもの。叩き切られても文句は言えない。まあ、平民など屑な存在なのだから、切られようとも問題ないがな」


「そうよね。平民なんて、生きているだけで害悪だわ」




 うわあ。


 もう、自分達がその平民だって意識、まるで無いのね。


 因みに、周りはその平民の皆さんが大多数・・・あ、貴族の皆さんまで嫌悪の表情をしているけど、関係ないのね、きっと。




「そんなことを、わざわざ聞くなんて・・・お前、本当に馬鹿なんだな」


 マーシアを小馬鹿にして言うモーリス・グローヴァー・・否、元モーリス・グローヴァーは、先日、予定よりも早く貴族籍を除籍され、ただのモーリスとなった。


 そして、エイダ・・元フリント男爵夫人に至っては、夫が死亡した時点で貴族籍をはく奪されているのだが、どうやらその意識は今もって無いらしいと、マーシアは改めて確認をする。




 この女性が、自分を今も貴族だって思っているのは、元フリント男爵が、元フリント男爵令嬢を殺害し、フリント男爵家がこの世から抹消された時に、カーティスじゃない方のグローヴァー公爵子息が愛人として囲ったからって聞いたけど。


 それにしても、男爵夫人として、侯爵家に対してのこの態度は凄いわよねえ。




「モーリス。だって、仕方ないわよ。エインズワース公爵領って、あの黒い石くらいしかないんでしょう?貴族とは名ばかりの、貧しさなのだから許してあげて」


「ああ。エイダは本当に優しいね。淑女の鑑だ」


「ふふ。宝石こそが、この世の美なのにね。貧しいって、罪だわあ」


 見せびらかすように大振りなブローチに手を掛ける元フリント男爵夫人エイダを、マーシアはため息吐きたくなる思いで見つめた。




 鉄鉱石の有用性を知らないなんて、そちらこそ、ご愁傷様。


 はあ。


 騎士団は、未だなの?


 


「俺のマーシアなら、黒い石なんかより、きらきら光る石を選んだだろうに。偽物は、所詮、偽物だな」


「そうね。わたくしの娘に、こんな女が敵うわけないわよね」


 これ見よがしにため息を吐き、元フリント男爵夫人が、指にした大きな石を振りかざす。




 もう。


 それ、偽物だから。


 子どもが持って、喜ぶような品物だから!


 仮にも貴族だったひとが、そんなことしないで!




「なあ。あの石って、偽物じゃないのか?」


「俺にも、そう見える」


「先だって、うちの子が欲しがったのと同じだわ」


 こちらが恥ずかしいと思うマーシアに同調するよう、周囲の人々が、声を顰めつつ、囁いているのが聞こえ、マーシアは彼らに向かって、大きく頷きたい気持ちになった。




 そう!


 その通りです!


 皆様、目利きお見事!




「すまん!ちょっと道を開けてくれ」


「すみません、通してください!」


 その時、人垣の向こうから声が聞こえ、マーシアの護衛マイクと、第二騎士団所属と思しき騎士数人が、人々が空けた場所を通って、マーシアと、モーリス、そして元フリント男爵夫人エイダが対峙する場所へと辿り着いた。



~~~~~~

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