第3話 謀略の席

 その日。

 国王がお呼びであると、大勢頭部おおせどべが伝えに来た。

 いつにない深刻な顔である。

「お気をつけください。ただ事ではないようす、御主加那志前うしゅがなしめぇに三司官、奉行方、それに大阿母志良礼うふあんしたり(高級神女)の御三方おさんかたも……、なにやら大勢お集まりです。の兆しに……」

「ん? 御主加那志前が、すでに御臨席ごりんせきと!?」

 大勢頭部は声をたてず、大きくうなずいた。

 心配そうな彼女に添われて、長い廊下をゆく。

 ふすまが開かれると、書院の広い座敷に、ざっと三四十人。尚真王はじめ女神官や、司官奉行らに親方たち王府の歴々れきれき、それにあの侍医たちまでが、ずらりと居並んでいた。


 木田は、はかられたことを直感した。

 なにか、今までにない陥穽かんせいにちがいない。

 これだけ多方の重鎮じゅうちんたちが顔をそろえることなど、まずありえない。ましてや侍医が評議に加わるはずもない。なにより、最後に出御しゅつぎょなさるはずの国王が、自分より先に御座居ござい、自分を待っているのは、常のことではない。

 自分とおなじく、事情を知らず召集されたらしい、怪訝けげんそうな顔のなかに、いやしい笑みをみ殺す顔がいくつもみえて、あざけりのまなざしを木田に向けていた。待ちかねたぞ、という顔であった。

 木田はすっかり油断していたことを自覚した。いつかこのような日が来るであろうとは感じていたが、それが今日だとは思ってもいなかった。

 これまで「策略」と呼ぶにはあまりに稚拙ちせつであったがため、かえってあなどっていたことを、木田は痛恨した。


 木田は御前ごぜんに頭を垂れた。

御主加那志前うしゅがなしめぇ、これはいったい、何事でございましょう」

「うむ……」

 尚真王の口は重い。

「なんなりと。御斟酌ごしんしゃくは不要にございます」

 その言葉に、三司官の一人がかみついた。

「なにを無礼な! 斟酌しんしゃくじゃとう?! 御主加那志前が、きさまごときをおもんばかる必要などないわい!」

 にじり出た彼を手のひらで制し、尚真王が、口を開いた。

「では……。率直に云う。実はな、皆がな、おぬしを信じてはおらんようである。あれは、まやかしではないか、はたして時之大屋子ときのおおやこにふさわしいのか、と問う声がある。さらには、予をたぶらかす奸者かんじゃである、という声も聞こえておる」

「それは遺憾いかん! 誣告ぶこくでございます、御主加那志前! 私が信じられませぬか?」

「いや、予は信じておる。ただのう、皆がな……」


 尚真王は、苦い面にちらと眉を動かして、一座へ視線を投げてみせた。

 木田のよからぬうわさが、王の耳に度々たびたび入ってくる。邑犬群吠ゆうけんぐんばい大抜擢だいばってきゆえの、小人どもの嫉妬だと、国王は鼻にもかけなかった。

「ワシが用いた木田に不満か! いつわごとを申すと、承知せぬぞ!」

 そう怒鳴ると、佞人ねいじんどもも、いったんは引き下がる。

 だが払っても払ってもつきまとってくる蝿のように、日がたてば、またどこかから湧いて出て、耳にまとわってくるのだった。


 陰口は、勘ぐりを含んだうわさになり、うわさはやがて、伝聞になる。木田の醜聞しゅうぶんが、そちこちで耳朶じだに触れるようになると、国王の心にも、まさか、という猜疑心さいぎしんが、ふと頭をもたげてくることがある。

 そのような折、木田の術は、王を籠絡ろうらくするためのまやかしである、との注進があった。

 退位させられた前王、尚宣威しょうせんいの類縁と結託けったくして、木田が謀反をくわだてている、というのである。

 王府として、これは黙過もっかするわけにはいかないことだった。

 尚宣威はすでに逝去していたが、その係累をかつぎあげての反逆は、王府の警戒するところであった。


 謀反の疑義――。

 木田は、思いだした。

 先ごろ年配者のトキから、「九月十一日は宣威王の年忌であるが、法要の件など打ち合わせに行くべきではないか」と進言された。

 書官にたしかめると、不要というので放っておいたが、あれは、謀反の証拠捏造しょうこねつぞうの策であったかと、木田は今、気づいた。

 木田の陰謀――。

 これは諌言かんげんか、讒言ざんげんか。

 それを知るには、今一度、あらためて木田の力をたしかめるべきではないか、という声があがった。皆を納得させるにはそれしかなかろうと、王は皆を召集したのだった。


「そこで、じゃ。木田よ、そなたの力を、今一度、皆の前で見せてもらいたい」

「と、おおせになりますと……」

「うむ、では、持ってまいれ」

 国王の声に、一人の吏官が、朱塗しゅぬりの丸櫃まるびつを運んできた。木田の前を横切り、国王へうやうやしくさしだした。

「おぬしは、とくに射覆せきふけておるそうじゃな。このひつの中にな、ネズミを入れてあるそうじゃ。それが何匹か、見事云い当てることができれば、皆も不服はないそうじゃ。どうじゃ? 木田よ、これを当てることができるか? それとも別の方法――」

「五匹にございます」

「ん?」

 木田には、もう見えていた。

「この中には、ネズミが五匹、入っております」

 座がどよめいた。

 隣り同士が右に左に顔をよせあう。うるしが厚く塗られたひつには、もちろん針先ほどの隙もない。

「も、もう見えたというか?! 五匹か……、ほ、本当か……」

「はい」

「そうか……、五匹だな、五匹でよいのじゃな」

 木田は涼しい笑みで、大きくうなずいた。


「木田よ、もう一度、ゆっくり見てもよいのだぞ。式盤しきばんとか申したな、筮竹ぜいちくでもなんでも、好きな方法でたしかめてかまわんぞ。なにを使うてもかまわんのだぞ。おぬしの力が示せるならば、なにか別の方法でも、なんでも、かまわんのだぞ」

「それにはおよびません。ひつの中のネズミは、五匹。まちがいございません」

 これだけ大層たいそうな場をしくんでおいて、これほどの根回しをしておいて、所詮しょせん、こんなものか、と木田は思った。

 御医頭ごいがしらが、横から声高こわだかにいう。

御主加那志前うしゅがなしめぇ! もしちごうていたら、この者はまやかし者、逆賊だというあかしでございます。厳罰に処するべきかと」

「うむ。では木田よ、もしそのときは? もし違うていたら、何とする?」

「いかようにでも」

 言質げんちを取った、といわんばかりに侍医たちが一斉に声をあげた。

「打首じゃ打首じゃ。そうじゃ、打首じゃ!」

「かまわぬ!」

 木田の一喝が、ふすまを揺らした。

 いつもの温和な木田に似気にげない、仁王のような瞋恚しんいのまなざしが、ぎろりと一同を見据みすえて、睥睨へいげいする。

 気圧けおされた座のすみから、御医頭が背を卑屈に丸めて、さささと櫃ににじり寄り、

「では……」

 と云いつつ、そのふたに手をかけた。

「ただぁし!」

 ふたたび木田の怒声が、座をふるわせた。

「このような、拠所よんどころないそしりを受けて、私だけが試されるのは、とうてい納得いきませぬ。もし、私が正しければ、このような流言蜚語りゅうげんひごをなす者こそ、御主加那志前うしゅがなしめぇまどわす奸賊かんぞく。その者にも、首をしていただきたい」

 国王にさえ、有無をいわせぬ気迫であった。

「う、うむ、道理。では、もし木田が正しけれは……、もし、ネズミが木田のいうとおり、五匹であったらば、御医頭、おまえを打首とする。文句はあるまいな!」

 うすら笑いを浮かべていた御医頭の顔が、ひきつれた。

「これは一興いっきょう! ワシは木田どのに酒一升じゃ! 木田どの、見事当てくれい!」

 思いがけない座興ざきょうに手をたたいて喜ぶは、剛で知られた武将の阿波根里主あはごんさとぬしである。


 阿波根里主直張あはごんさとぬし なおはる

 八重山鎮圧のとき、兵を率いた武将の一人であった。

 木田とは、出航の儀式の際に、盃を交わしただけであったが、気が通じるところがあって、よく覚えていた。木田はどちらかというと、役人よりも、拘泥こうでいしない武人たちのほうが肌に合っているようだった。

 場の雰囲気というものに、まったく頓着とんちゃくしないこの武人に苦笑しながら、木田と阿波根は目を交え、ウム、と二人頷うなずいて、笑み交わした。

「木田よ、今ならまだ、もういちど見直してもかまわんのだぞ。五匹のままでよいのか?」

「はっ。ネズミは五匹にございます」

「ウム……。よろしいかな。では、ふたけい!」

 一同が固唾かたずを呑んで注視する。

 静けさの中、御医頭が、震える手で、ふたに手をかける。

 カタカタと音をたてながら、葢は開かれた。


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