第12話

彼は毎日何処かへ出掛ける。


あたしは何度かそこへ連れていってもらった。


そこはとっても広くて、大きな建物がいっぱいあった。


人もたくさんいて、男の人や女の人、年をとってる人もいた。


彼は建物の中も案内してくれた。


ある部屋には机や椅子がきれいに並べてあって、皆が同じ方向を向いていた。


皆が向いている方には濃い緑色をした板が貼られていた。


他の部屋には液体が入ったビンがあったり、あたしが見たこともない道具がたくさんあった。


帰り道にここは“ダイガク”だと彼が教えてくれた。


彼はその“ダイガク”で“キョウジュ”と呼ばれていた。


あたしは彼が“キョウジュ”と呼ばれていることが何となく嬉しかったけど、何となく寂しかった。


ある日彼は夜遅く帰ってきた。


彼が夜遅く帰ってくるのは珍しくないのだけれど、その日は何となく様子が違った。


何となくだが、楽しそう、だった。


あたしは複雑な気持ちだった。


彼が楽しそうなのは嬉しい。


だけど、彼を楽しい気持ちにしたのはきっとあたしではないから。


あたしは最近欲張りになってきたのかもしれない。


あたしはあたしが彼の一番でいたいと願っている。


そんな事はありえないのに……。


その日、彼と一緒に晩御飯を食べた。


あたしは彼がどうして楽しそうなのか気になって、味の無いご飯を食べているかのようだった。


彼が食器を片付け始めた。


あたしは急いでご飯を食べ終え、お皿を持っていく。


「おいしかった?」


彼がにっこりと微笑んであたしに問う。


本当は味なんて分からなかったけど、彼を悲しませるのは嫌だから……、


「うん、おいしかった」


そう言ってあたしもにこりと笑う。


「良かった」


彼は楽しそうに笑っている。


あたしは彼にどうしてそんなに楽しそうなのか聞きたかった。


だけど、聞きたい好奇心より、聞くのが怖い恐怖心の方が勝っていたから、聞くことが出来なかった。


聞かなかったのではなくて、聞けなかった……。


どうしてそんなに楽しそうなの?


何かいいことがあったの?


心の中で問いかけるけど、当然返事は返ってこない。


その夜、あたしは彼の部屋で眠ることになった。


――夕食の片付けの後に彼に問われた。


「今日一緒に寝る?」


いつも一人で眠るのは寂しかったから即答する。


彼は優しくにっこりと笑って、あたしを自室へと招き入れる。


彼はベッドに座り、手招きをしている。


あたしは彼の傍へと歩み寄る。


そして、彼は言った。


「目、閉じて」


あたしは言われるがままに目を閉じた。


彼の吐息が耳元で聞こえる。


少しくすぐったい……。


「いいよ。目、開けてごらん」


あたしは目を開ける。


目の前に彼の顔があった。


その顔にはとても満足げな表情が浮かんでいる。


「うん、可愛い。良く似合ってる」


何が似合っているのか分からなくて首を傾げると……。


――シャリン――


あたしの首元で何かが動く。


「ネックレス……」


あたしの首元には銀色のリボンのチャームがついたネックレスがかかっている。


「君が僕の所に来てから今日で丁度一年なんだ。大学からの帰りに君に似合いそうなのを見つけたから買ってきたんだ。気に入ってくれた……かな?」


あたしは嬉しさのあまり声が出なくて、だけど何とか喜びを伝えたくて、ぎゅっと彼に抱きつく。


彼もそっと抱きしめ返してくれる。


その夜、あたしは彼の部屋で、彼の夢を見た。


この幸せがずっと続けばいいのに……。

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