第8話

彼女は僕の前から消えてしまった。


いいや、僕の前からではなく、この街からなのだけれど。


僕は急につきつけられた一方的な別れを受け入れられないでいた。


だから、


(彼女はまだこの街のどこかにいて、僕から隠れているだけなんだ。

そしてまた、「こんにちは」って声を掛けてくれる。)


そんな風に思っていた。


そんなこと、もう起こらないとわかっていたけれど……。


だけど、僕の中には、彼女と過ごしたあの日々がまだ鮮明に残っていたから。


彼女と過ごしたあの日々は、僕にとって、かけがえのない「たからもの」だから。


だから、彼女がいなくなったなんて、信じたくなかったんだ……。


彼女がいなくなってから、彼女がいなくなったとわかってから、僕は以前にも増して、自分のことなんかどうでもよくなった。


街の中をふらふらとさまよい、どこででも寝た。


あの家には帰っていなかった。


彼女が僕のために探してくれた、あの家には。


だって、あの家には、彼女との思い出がいっぱい詰まっているから。


本当はこの街にいるのも嫌だった。


だけど、彼女がまだいる気がして、彼女はただ隠れているだけな気がして、僕は彼女がいなくなってからも、ずっとこの街にいた。


……ねぇ、もう帰ってこないの?


……もうあの笑顔を見れないの?


ねぇ、誰か教えて……?


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