第11話:月木 テトラの選択⑤
自分で通報を言い出しておきながら、
「パトロールだけでも少しは牽制になります。警察に話した事が分かれば、一時的にですが変質者は警戒して来なくはなりますから。一番は防犯カメラの映像でしたけど……」
有時は俺達の会話で、自分に何が起きたかを遅れて察したみたいやった。
おパンツおじさんやと思ってた時と違い、膝をぎゅっとくっつけて自分を守るように腹の前で腕を組んだ。
「体液が付着してたり、体内に残されていたら……話は違ってきてましたよね、例えば俺が、その……最後まで、」
バンッ!!
隣でいた有時は小さく「ヒッ」と悲鳴をあげて耳を塞いだ。
のんびりした巴の眉間にくっきりと不快な皺が出て、イブ先輩が身を乗り出して机越しに有時の肩から背中を抱いた。
「そんなの許さない!!」
巴の普段はほとんど見せない片八重歯がギラっと剥き出される。
「有時が犠牲になる必要はない!アホな事ゆうな!!二度と言うな!」
「落ち着こう、白瀬!」
巴の剣幕に押された有時が下を向いて小さくなり、それを見たガツさんがどうどう、と言うように両手を上下させて巴を落ち着かせようとする。
俺は巴の態度に憤りを感じた、なんで酷い目にあった有時が怒られてしょげなあかんねん。そんなんおかしいやろ。
「巴、もっと言い方あるやろ、有時が一番怖い目あってんや」
俺の声に今度はこっちに巴が牙を剥く。
「俺かて怖かったわ!めっっちゃくちゃ怖かった!有時が目の前で強ッ…、あの、刺されたりでもしたらって思ったら!」
椅子を倒す勢いで立ち上がった巴に少し遅れて、俺も喰いつくように椅子をケツで飛ばして立って胸ぐらを掴む。
「縁起でもない事言うなボケェ!!」
「縁起でもない事が目の前で起きてたんじゃボケッ!お前は見てないからそんな呑気な事
普段なら絶対に嫌そうな顔して顔を洗いにいく巴が、俺と唾を飛ばし合って声を張り上げる。
間に挟まれた有時が慌てて立って声を出そうとするが、イブ先輩が「宗谷、大丈夫だ。入るな」と静かに止めた。
疲れもあってヒートアップする俺達の後ろにいつの間にか回り込んだガツさんが、グッと体を割り込んで間に入った。胸板の厚さでお互いの顔が見えなくなり少し勢いが落ちた瞬間、クソでかい声が包み込むみたいに降ってきた。
「皆んな優しい良い子!俺は嬉しい!」
あまりの大声に耳がキンとして、冷静になると言うよりイライラする気持ちが完全に負けた。俺らの勢いがなくなるとその隙にガツさんは肩を大きな手でぎゅっと掴んで胸に抱き寄せる。
「疲れただろう!時間も遅いしもう休む!明日の朝練はお前達休んでいい」
パンパンと、手を叩いてイブ先輩も「ここにいるのは全員味方だ、切り替えろ」と俺達に笑いかける。
深呼吸してガツさんの心臓の音を聞きながら、俺はやっぱりやりきれんかった。
話に集中して力が抜けた腕からスルッと頭を抜いて、椅子を立てて座り直す。
巴も冷静になって椅子を引き直して、座りかけたけどそのまま立って3人で話を進め、たまに有時に確認をとる。
「最終の判断は監督が決めるが、通報を軽く想定しておく。イブ、今日来てくれたのおじさん達の連絡先は聞いているか?」
「消防団の方から何かあったらここにと、電話番号のメモを預かりました」
「宗谷、思い出したくもないかもしれんが、現場検証に立ち会えるか?」
「はい、俺は大丈夫です」
「それ俺も参加ですよね。じゃあ、明日は……」
俺は関わっているようでちょっと蚊帳の外。
でも、運動会の時も授業参観の時も、いつもこんなんやったから慣れてる。
巴の態度もまだ腹たつし、ムカムカしながら先に自分の部屋に戻ろうと椅子を引いた時、有時がぼそっと巴を呼んだ。
俺は隣の2人を見る。
巴が最終確認でガツさんと話しているのを、有時はもう口を閉じて黙って見つめてる。
「巴」
いつもの柔らかな有時の声が、小さく縋るようにもう一度巴を呼んだ。
有時の手が細かく震えているのが見える、ぎゅっと膝に乗せた右手で左手の震えを抑えている。
ガツさんの言葉を思い出した。
『あってみて分かる、怖さがある。』
有時は落ち着いた今、怖さを思い出しているのかもしれない、もしかしたら俺の知らん過去にも何かあったのかもしれない。
目の前で話されるさっきまでの自分の非常事態をもう一度反芻するように聞きながら細かく震えている。
大丈夫か?と声をかけよう手を伸ばしかけた時、そっと、先輩達にバレないように有時が巴の服の裾を掴んだ。
巴はそれに気がつくと、明日の段取りの最終確認に相槌を打ちながら、手を腰に当てたふりをして伸ばした小指を有時の手に絡める。
オジイとオバアとドラマをを見てる時に急にキスシーンが始まった時と同じような、興味はあるけど見てはいけないものを見た気持ちになって、俺は完全に食堂を出るタイミングを見失った。
話し終えて解散すると、悶々したままの俺と一緒に、2人は何でもない顔をして部屋に向かって階段を登る。
「なんか、安心したら怖くなってきた」
でも、ぼそっと呟いた有時の上擦った声に、俺は今考えることはこれやない、と思い直した。
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