第43話 犠牲者への号哭

 カツン、カツン……。


 辺りは、私たちの足音しか響き渡っていなかった。誰も、一言も喋らなくなってしまった。いや、喋れないのだ。


 魔王とも呼べる、彼に人生と現実を売り渡してしまった、魔守さん。彼の脅威から仲間を救いたいと考えながらも、その行動にすら制限をかけられてしまった、赤池さん。


 そして、ダンジョン・ロイに狂わされた天野により、巻き込まれ永遠の自由を失ってしまったかもしれないたくさんの人々。


 もし、天野のSkillの発動条件が【握手】なのだとしたら、今までテレビ企画などで握手してきた有名人。ダンジョン企業の社長や重役たち。ダンジョンに対して法律を作っていた政治家……など、今彼の握手をしていそうな人物を考えてもたくさんの人が浮かぶ。実際はもっと、たくさんの人がいるのだろう。


 先ほどから吐き気と、寒気が私の身体の中にじわじわと広がっていく。そのまま座り込んでしまいたい。しかし、全員の足を止めてしまう原因になるため、できるはずがない。静かすぎるダンジョンが余計に不気味である。


 なぜ、彼はこちらに進むように言ったのだろうか?

 メリサさんの、予知ではコチラは危険地帯だったはずだ。しかし、辺りには魔物が1体も出てきていない。想定された未来ではない。誰かが故意にねじ曲げたものということだろう。


「みんな、1回休憩しよう。頭の中がグチャグチャだろうが、ここはダンジョンだ。気を抜くな。」


 赤池さんが、全体に呼びかける。彼は、親友の残酷な、真実を知ってからふらついて歩いている魔守さんに肩を貸して歩いているので、額には汗が多く浮かんでいた。


「嬢ちゃんたち。悪いな……。周りを見ていてくれるか、即対応できるのは、嬢ちゃんたちしかいないんだ。」


「分かりました。1回休んでください。辺りは見張っているので。」


 赤池が、私とメリサさんに頭を下げ頼んできた。彼が、頭を下げなくても私に、断ることはできない。何かしていないと、頭の中が破壊されそうで怖かった。すぐに、悪いほうに考えてしまうのが嫌だった。


「メリサさん。すいません。変なことに巻き込んでしまって。」


「別に大丈夫だよ。私から望んだことだし。」


「でも……」


 言いかけたとき、私たちの後ろから嫌な音がした。金属が砕けるような、落ちるような音だ。私は、ハッと後ろを振り向き、そこに何もないことを確認すると、隣にいるメリサさんに声を掛ける。


「メリサさん! 警戒して……」


 ***


 私が、振り向くとそこには誰もいなかった。後ろにいたはずの彼女の姿はどこにもない。みると、先ほどまで赤池たちがいる方向の道がなくなっている。そして、床には湯気が出ている魔法陣。触ってみると生物のように温かい。


 もう一度その魔法陣に触ろうとしたとき、いきなり『ジューッ』と音を立ててそれは消えてしまった。ただ、飛んでいく細長い湯気を見てそれが最後の日常へ戻る最終電車の切符のように見えた。


 カッ、カッ。


 誰かの足音がした。これは、幻聴ではないだろう。何か、硬いものが地面にぶつかりこちらに向かってきているような音がただ何もない空間に響き渡る。かすかに、荒い息づかいなどのようなものも聞こえてきた。私は、すかさず胸元にいつも入れている相棒の短剣を取り出し、音がする方向に向けて構える。辺りにあった唯一の光源であった、魔法陣が消滅してしまったため、ただ目の前には何も見えない暗闇だけが広がっていた。


 少しずつ目が慣れてきて、ぼやぼやとした輪郭が見えてくる。人のように二足歩行をした生き物がこちらに近づいてきている。

 カッ、カッと、音を立てているのはその生物らしかった。


 段々と近づいてきて、その生物が【人間らしいなにか】ではなく、人間であることがわかってくる。私以外にも、あの魔法陣に巻き込まれた人物がいたのだろうか? 相手もこちらに、気づいたらしく駆け足で向かってくる。


 短剣を握っている手に力を込める。すぐに対応できるように。ダンジョンでは、一度の隙が命を落とす原因になる。特に、最難関ダンジョンであることを忘れてはいけない。もしかしたら、他の攻略隊の人かもしれない。


 人物がさらに、こちらに近づいてくる。がっちりとした体つきをしており、後ろに大きな何かを背負っている事が認識できるようになった。その人物が、一歩踏み出すたびに、ガチャ、ガチャと金属が当たるような音を立てている。


 そして、顔が見える距離に来たとき、その人物がGOLNゴルンさんであることに気づいた。


 すぐに構えていた短剣を引っ込める。彼も私だったことに驚いたのか、私の顔がみえた瞬間に数歩後ろに下がった気がした。


「GOLNさん、他のメンバーは?」


「それが、全員で休憩していたら、白いきりのようなものがやってきて、何か大きな生物が通ったような気がした瞬間、どこかに転移させられた。俺も、他のメンバーの事は分からない。結愛さんと一緒にいた、メリサさんは?」


「こちらも、いきなり後ろを振り返った瞬間離ればなれになってしまいました……。でも、合流できて良かったです。」


 彼は、私の答えに少し落ち込んだらしい。それもそのはずだ、責任感の強い彼のことだから、自分が辺りを見ていなかったことに強い自責の念を持っているのだろう。だから、これほどまでどこかも分からないダンジョンを1人で彷徨っていたのだ。


「今の現在地は、分かりますか?」


「いいや、見当もつかない。ただ、ここが通ったことがない道ということは分かる。」


「それなら……」


 私が言葉を言いかけたとき、前からムカデのような見た目をした魔物の群れが現れる。虫嫌いなので、思わず吐き気がこみ上げてくる。何百匹もいて、それぞれが上に乗ったり、上に乗られたりしてゆっくりとこちらに向かってきていた。


「結愛ちゃん。あれ全部にSkillを使うことはできるか?」


「少し難しかもしれません。目視はできますが、どこまでが一匹としての個体なのかが、分からないので……。」


 身体から冷や汗が吹き出る。まさに、最悪の相手だ。GOLNさんはタンク。しかし、一度にこの数は難しい。私は、アタッカーといっても過言ではないが、単体の相手には有利だが、これほどまで多くの人数差があると、Skillを使う難易度が格段に上がってしまう。


「最後まで、戦い抜くぞ! 準備はいいか?」


 GOLNさんの問いかけに、もう一度短剣を構え直して答えた。

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