DDD〜夜の帳〜悪魔探偵·覚醒篇
記憶
第1話 スナック
ああ。俺の番だったな。
俺は、チェスの駒を右手に、スットコランド産
ウィスキーをグッと流し込む。
透明なグラスを傾け。
琥珀色の液体は、食道を通過して、胃に到達。
そのお陰で体はあたたかかった。
懐は············。
唐突な脳内変換。
UNO、トランプ、チェス、モノポリー、人生ゲーム、枯山水、ポケモン、昭和、ピンク電話、アラジンストーブ、レトロ家電、石油の匂い、焼き林檎、ポン菓子、カラメル焼き、屋台ラーメン、おでん、炉端焼き、串焼き屋、もんじゃ焼き、聖書、教会、公民館、町内会、会館、軍手、米軍基地、ビリヤード、ピンボール、ダーツ、古道具、スーパー·マーケット、駄菓子屋、八百屋、魚屋、肉屋、スプライトのホーロー看板、気の良いヤクザ、ザ·チープ·ライフ。
おっと失礼。
OK,
回想はこれくらいにして···。
路地裏の薄汚れたバー「ZIGEN」に入ると、まず鼻をつく石油ストーブの匂い、焦げかけた焼き芋の甘い香りだけが、そこにあった。
カウンターにはピンクの電話が鎮座し、その横には埃をかぶったレトロな電気ポット。
奥のテーブルでは、気の良いヤクザの親分が、軍手をはめた指でインベーダー筐体のレバーを弄んでいるのが見える。
「よぉ、B。いつものか?」
マスター"ボス"はニヤリと笑い、スコッチのボトルを差し出した。俺は、それをあおり、ビリヤード台に向かった。球を撞きながら、ふと薄汚れた窓の外を見ると、米軍基地の明かりがぼんやりと光っている。あの向こうには、どんな光景が広がっているだろうか···?
バーの片隅では、ピンボールの騒がしい音が鳴り響き、別の客がダーツの矢を的に突き刺していた。壁には、昭和の映画ポスターと、古びた日立製作所の広告が貼られている。まるで時代に取り残されたような、そんな場所だった。
その夜、俺は親分とチェスを指し、酔いつぶれるまでスコッチを飲んだ。親分は昔の武勇伝を語り、俺はそれに適当に相槌を打つ。くだらねえ話ばかりだったが、なぜか心が温まったんだ。
帰り際、親分は焼き林檎をくれた。それは、砂糖とシナモンの甘い香りがする、懐かしい味がした。
俺はそれをかじりながら、夜の街をふらふらと歩いた。頭の中では、チェスの駒とピンクの電話、そして親分の笑顔がぐるぐるとスクリューしていた。
ああ、腐った政治家の先生。
フィクサー。
まったく、生き地獄みたいな世の中だ。
やれやれ。
だが、たまに、こんな夜の空気を味わうのも悪くねえ。
俺は、行きつけのスナックへ向かうことにしたんだ。
「カランコロンカラン···」
ここへ来れば弾ける笑顔が、汚れ切った俺を出迎えてくれるんだ。
「あら、ひとり? ごめんね。今満席なの···」
申し訳なさそうに、血色の決して良いとは言えない幸の薄そうな女が、無愛想に平謝りしている様子が見えた。
「OK···。他を当たるさ···」
そう言って、俺は、次の店へ向かった。
そして春の宵へ。
ここは、七本木。夕暮れ、黄昏どき。
" 俺"は、人情に厚い私立探偵。
「ロング·グッドバイ」の主人公、マーロウにも密かに憧れている。
行きつけの地下バー、「ZIGEN」のマスター。自宅兼店舗の上階で猫を飼っている。
ひとりやもめで寡黙だが、俺の良き理解者だ。
今から10年前。雨の降りしきる早春。
俺は、その日、夕方からいつものように行きつけのスナック「シロクマ」へ向かった。
だが、その日は珍しく満席だった。
仕方なく、以前から気になっていた七本木のバー「ZIGEN」の扉を開けた。
薄暗い照明、静かに流れる古い年代の
ピアノ·ジャズ。飴色に変色した無垢の
カウンター席に座る。
どこか早熟な色気を漂わせる物憂げな
表情で、グラスを傾ける女子大生、カスミがカウンターにヒジを付き、ぼんやりと佇む姿が目に留まった。
俺は、その日「ZIGEN」のマスターから、カスミが最近、奇妙な出来事に悩まされていることを聞かされた。
彼女は、最近誰かにストーキング行為をされているように感じ、身の回りで不可解な出来事が立て続いていると、言いにくそうに俺に告げた。
初対面で、そんなプライベートな悩みを打ち明けることにいささか違和感を覚えた。
が、おそらく酒の酔いが、そうさせたのかも知れない。
あるいは···いやこの事はまたの機会に話そう。
さて。そのカスミの話に興味を抱き、事件の調査を開始することにしたのだった。
「前金で、5貰おう」
「今、持ち合わせ無いから···3でどうかしら···?」
そうして数日間、聞き込みなどしつつ、少しずつ調査を進めていった。
すると、カスミの周りに彼女の父親が
以前関わった、、"ある事件"の関係者がくっきり浮かび上がって来た。
調査の過程において、次第に尾行されているのは、カスミだけではなく探偵である俺自身も"対象者"に尾行されている事に気が付いたのだった。
事件の真相に近づくにつれ、危険な罠に巻き込まれていく予感がしていた。
尾行していたのは、カスミの父親が過去に関わった事件の犯人の兄であった。
犯人の兄は、カスミの父親への復讐の為に、カスミの事を尾行していた。
俺は、持ち前の推理力と行動力を使って、事件の背後に潜む黒き計画を暴き出していく。
それには、カスミの父親の協力なしでは解決出来ない案件であった。
ので、当日までに綿密な打ち合わせを、カスミ本人と、父親と行い、より確実性を高めていく作業に注力した。
手元のロイヤル·ホストでの録音テープによると、
「カスミが対象者をおびき出す囮になり、そいつが尻尾を出した瞬間、俺と父親でそいつをとっ捕まえる算段でいこうじゃないか?」
といった内容の会話が残っていた。
のだが件の当日、父親が風邪をひいてしまい、予定の日取りを変更せねばならなくなったのだが、対象者にカスミから連絡するとゴネられた。
仕方なく、ピンチ·ヒッターとして、俺の後輩(一般人だが腕は立つ)を同行させることにした。
そして、対象者の身柄を計画通り、
確保、警察に迷惑防止条例違反で突き出し、無事に事件解決後、カスミは俺たちに感謝の言葉を述べ、そして交番前の
路上で別れた。
数日後、「ZIGEN」のカウンターで、俺はマスターからささやかな仕事の"労いとして"渡されたスコッチ·ウイスキーを飲みながら、事件の余韻に浸っていた。
後日。カスミは感謝の手紙と、お礼の品を事務所宛に送って来た。
その手紙を読み、俺は探偵として、
珍しく人助けが出来たことを単純に嬉しく思った。
おもむろに葉巻にジッポで火を付ける。
甘やかな煙を愉しみながら、窓の外の明滅するネオンと、人々の往来を眺めた。
次の依頼の連絡が、まるで漂う小舟のようにやって来たのはそれから数時間後のことだった。
自分のことを考えず、ガラスのように脆い心をも持つことなく、
"何か"の一部になるなんてことが出来るとは俺は思わない。
ただ。俺は誰の指図も受けずに生きていくだけだ。
それ以下でも、以上でもなくね。
さあて、マスターの猫でも撫でに、
「ZIGEN」へ行くとしますか···
#ありがとう
#またね
#大好き
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