水の空の物語 番外編 貴人先輩の夢のお話

近江結衣

第1話 貴人が見た夢

「あの夢を見たのは、これで九回目だった……」

「あの夢って? 貴ちゃん」


「この頃、よく悪夢を見るんだよ。毎晩うなされるんだ」


 ひろあと貴人はいつものように、放課後の校内カフェにいた。


 夢中でケーキを食べていたひろあだが、貴人の口調を聞いた途端、心にバリケードを張った。


 また、貴人の『あれ』が始まったからだ。なにかを企んでいるのが口調で分かる。


 『あれ』

 貴人の大好きなあれだ。貴人は、怖がりなひろあをわざと脅かす。怯えるひろあが好きだからだ。

 正確にいうと、怯えるひろあをかわいいかわいいと撫でるのが好きなのだ。


 うなされる……。

 弱々しい目をする貴人が心配になった。だが、いたわりたいのを堪える。

 彼の話に乗ったら、また脅かされる。脅かされて、まだ大悲鳴を上げなければならない。


 もう『悲鳴ちゃん』と噂されるのは嫌だ。


「どんな夢なの?」


 とりあえず、ひろあは訊いた。


「ひろあがね……。ひろあが襲われる夢だよ。その……、通り魔にね」


 通り魔……。

 今日はホラーじゃなくてサスペンスなんだ。


 うれしくなり、ひろあは拳を握る。


 だったら、今日はだいじょうぶかもしれない。


 ひろあが怖いのはおばけや妖怪で、それ以外にはわりと強いのだ。

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