第31話
わぁっと歓声が上がって前方を見ると、教会の前にあつらえられた祭壇にニコラウスが立っていた。
まるで羽化したばかりの蝶の羽のように薄く白い服を着ていた。彼の可憐さをうまく表現している。
細い笛の音から始まった。ニコラウスはステップを踏んで舞い始めた。それは皇后さまの喪明けの儀式のときに見たのと同じ舞いだった。
だが、あの時は視界を埋め尽くさんばかりの花びらが舞っていたのに、今はニコラウスがまとうくらいの花びらしか出ていなかった。ニコラウスは焦っているのか、むきになって手を振っている。焦ってステップを間違え、振りが急ぎ気味になっている。見ている此方がひやひやしてしまうほど余裕のない舞になっていた。
だが、ナーハルテトの国民は初めて見るその幻想的な舞いに息をのんで見入っていた。
音楽は最高潮に達した。花びらがキラキラと風に舞う。ニコラウスは必至で手を振り上げ花びらを飛ばし、足でリズムをとっている。
最後の小節が終わり、ニコラウスはうずくまるように舞台の真ん中にいた。
花びらは風に溶けていく。ニコラウスは立ち上がるとお辞儀をした。
教会前の広場に喝采と拍手の音が響いた。
「これはすごいね」
エラート卿は感心したように拍手をする。夫人もリナリアも目を輝かせて手を叩いている。
だがラーシュはニコラウスがいつも通りではないこと、力が弱くなってことを確信した。
『もう、僕はラーシュのところにいるから、手伝わないよ!』
ラーシュの肩に座っていたウンソンはニコラウスの舞いを見ながら小さな腕を組む。
『僕も!手伝わない』
ヨルディスも同じように言ってそっぽを向く。
そこで、いままでニコラウスが呪いの腕輪をつかってラーシュから力を奪って使っていたことを思い出した。あの日見た舞いにはヨルディスやウンソンの力も使っていたのか。
「今までごめんね」
指でウンソンとヨルディスを撫でた。
『いいよ、ラーシュも苦しかったもんね』
精霊二人は気持ちよさそうに目を細めた。
席の前方で悲鳴が上がった。
「ウェスティン殿下が倒れられた!」
そう叫んだのは近くに座っていた貴族の誰かだろう。あたりがざわざわと騒ぎ始めた。
ラーシュは驚いて立ち上がる。人垣の間に顔を青くさせたウェスティンが抱えられて倒れているのがみえた。
人が多くて見守ることしかできなかった。
前方では白衣の人が呼ばれウェスティンを診察している。
「……強制休眠だ」
側にいたウェスティンそっくりの男の人王太子がウェスティンを抱きしめる。だが、王太子が魔力を譲渡してもウェスティンは起きなかった。
ラーシュは目を凝らしてハッとする。
「ウェスティン殿下!その腕輪……!」
それはあの呪いの腕輪だった。でもなぜウェスティンがつけているのだろうか。マティアスの顔を見上げると、彼は真剣な風にそちらを見ていた。驚いた表情でないことからマティアスはここでことが起こることを知っていたみたいだ。ラーシュの視線を感じてふいと目をそらした。
言い訳は後で聞こう。強制休眠が魔力欠乏の性でないなら、残る可能性は精霊力の欠乏だ。
ラーシュはウェスティンの側に駆け付けた。
「失礼します、わたしはラーシュ・エラートと申します。ウェスティン殿下の症状に心当たりがあります。治療を手伝わせていただけないでしょうか?」
「あなたはベラルヘンの……?」
第一王子はラーシュの顔を覚えていたらしい。
「はい。ウェスティン殿下の強制休眠はたぶん精霊力の低下によるものかと思われます」
ラーシュはそう言いながらウェスティンの腕をまくる。すると、やはり見まごうことなくはめられていたのはあの呪いの腕輪だった。
「なんでこんな無茶なことを」
ラーシュは杖を取り出して、腕輪に当てる。どうやら黒い靄はついていないようだ。ウェスティンの腕を道にたたきつけた。キィイインと言う音と共に腕輪は二つに割れた。魔法も精霊力もきかなかった腕輪だが、やはり強くぶつければ外れるようになっていたらしい。
「ウェスティン殿下。失礼します」
ラーシュはそう言うと、ウェスティンの頭を抱き込みおでこにおでこをつけた。精霊力を祈り以外に使ったことはなかった。だが、やらなければウェスティンに何が起こるか分からない。
――どうか、どうかウェスティンが目覚めますように。
祈るようにウェスティンに注ぐ。死ぬわけじゃないとわかっていても、こんなウェスティンを見たくなかった。
やっと青白かった頬に赤みがさした。ラーシュはもう一度、おでこをつけ目を閉じた。
「うっ」という声と共に、ウェスティンが目を開く。そして徐々に大きく開いてラーシュと視線を合わせた。
「殿下はご無事だ!」
見守っていた観衆から一斉に歓声が上がった。
「ウェスティン殿下。どうしてこんな無茶を!大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ……体から何かがぐんぐん吸い取られていった」
ウェスティンが両手で顔を覆いながらそう言っている。
「今はどうですか?気持ち悪いことはないですか?」
ラーシュの矢継ぎ早の質問にウェスティンはうなずく。
「あぁ、むしろ。すごくすっきりしている」
どれだけ心配したか……ラーシュは二・三度目を瞬かせてから眦を上げる。ウェスティンは腕輪のなくなった腕をすりながらへらりと笑った。
「ラーシュが起こってるなんて、貴重だな」
「なんてのんきな!」
あまりに危機感のない声にラーシュは声を鋭くさせた。
ウェスティンはラーシュの剣幕に驚いて目を見開く。だがすぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。ウェスティンは頬に当てられたラーシュの手が冷たいのを感じ、その手に手を重ねて頬をすり寄せる。
「死なないのは分かっていたから。心配かけてごめんね」
そんな甘い声で「ごめんね」なんて言わないで欲しい。ラーシュは泣いていいのか怒っていいのか、どういう顔をしていいのか分からなくて表情が定まらない。彼らがラーシュを助けたいと思ったためにした行為の一環だということは分かっているが。まだ、一方的に守られる立場なのだろう。今は少し悔しい。
いつの間にかマティアスが側まで来ており、ラーシュの頭を撫でた。
「すまんな、ラーシュ。だが、言えば反対しただろ?」
「当たり前です!」
いつもこの二人には振り回されてばかりだ。じっと二人を見つめたが、微笑みしか返ってこない。無事だったことを素直に喜ぶべきなのだろう。
ウェスティンは立ち上がって心配そうに見守る観衆たちに頭を下げた。ラーシュの手を引いて立たせると観衆の方に手を振った。
「精霊力に当てられたらしい。ここにいるエラート卿に助けていただきました」
ラーシュの手を取って高く上げる。
「それでどうだったのですか?」
その声はマティアスだった。ラーシュはハッとして拾い上げた腕輪を見つめる。ウェスティンがラーシュの手から腕輪を取り返す。
「この腕輪を確かめたかった。やはり、この腕輪は呪いの腕輪だったよ」
ウェスティンが体を張って腕輪の真相を探るのは、ラーシュがニコラウスを恨み切れないからだ。
旅をして学んだではないか。自分を守ることは仲間を守ることにもつながる。
ニコラウスは必ず、ウェスティンだけではなく、ベラルヘンの国にも害をなす。
――分かっている。本当にもう何の未練もなくなった。
舞台の上からこちらをうかがっていたニコラウスの方を見る。
「大精霊師様!」
観衆の視線が舞台の上に立つニコラウスに視線が映る。
「大精霊師様?」
観衆はウェスティンが倒れたにもかかわらず、彼がそこから一歩も動いていないことにも気づいた。ニコラウスがどう思おうと、ウェスティンはこの国では信頼される王族のひとりだ。少なからず心配するそぶりを見せるべきだった。
「ウェスティン殿下が付けていたこの腕輪についてお聞きしたい!」
ニコラウスは非難を込めた視線に耐えきれず逃げるように舞台を降りた。
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