第6話 初めての狩り

 不浄の大森林と言う場所がある。


 そこはセレンティア大陸の中央部に位置し、年中瘴気が絶えない場所であった。

 ゲームでは冥王竜ヴァルガンドーラが棲み処にしているとされ、弱い魔物から強い魔物までその種類は多岐に渡る。


 そこでは魔物は生えてくるものと言われるほどの魔物の見本市なのだ。

 その大森林から南下しバルバストル侯爵領を南西に進むとスターナ村がある。

 村の近くに小高い山と森林があり、テッドはそこで魔物を狩って間引いたり、獣を狩って生活しているのだ。


 不浄の大森林とは違ってあまり強い魔物も出ないためそれほど危険がある訳でもなく騎士としてそれなりの実力を持つテッドにすれば左程怖い場所ではない。

 ちなみに大森林の魔物が稀に村へと流れてくることがあるが、せいぜいがDランク程度だ。


 ランクは探求者ハンターギルドが決めており、SからFまで存在する。

 同じ魔物でも例えばD+、D、D-の3段階あり、その体躯やよわいによって決定されると言う。


「ここから先は油断するなよ、レクス」

「大丈夫。俺の暗黒魔法で一発だよ!」

「うーん。やはりお前は変わったな」


 その言葉にレクスの心音が跳ね上がる。

 転生する前のレクスはどんな性格をしていたのか考えてもみなかった。

 記憶にあるレクスらしく振舞っていく必要があるのかもよくよく考えていかねばならない。そのことに今更ながら気付いて言葉を濁すレクス。


「そう言えば今日はどんな魔物を狩るの?」


 苦笑いしながらレクスが言うと、テッドは立ち止まってキョトンとした表情になる。


「魔物の肉は喰えんぞ? あのエグみがなぁ……。今日狩るのは獣だな」


 ゲームでは普段何を食べるかなんて描かれないため分かるはずもなく。

 どうやらレクスの記憶も魔物か獣かの区別はついていなかったようだ。


「あそっか。どんな獣?」

「アルバレプスとかアウリマージだな。あとはデシディアか……。ワイルドボアもいるかな」


 いったいどんな風貌をしているのか今から楽しみである。

 魔物ならグラフィックがあったので記憶にあるのだが。


「魔物には気をつけて進むぞ。この森にはFランクからDランクくらいしか出ないとは思うがな」


 そう聞いてレクスは記憶を掘り起こす。テッドに聞いた記憶が確かならばFランクならゴブリンやエアウルフ、Eランクならフォレストウルフやグレイボア、Dランクならリンクス、たまにオークが出る程度である。


 ちなみに魔物と獣の違いは魔核まかくを身に宿しているかどうかだそうだ。


「(そういやゴブリンやオークの国もあったよな、このゲーム)」


 テッドと共に周囲を警戒しつつも話しながら森の奥へと入っていく。

 レクスの左手は無意識のうちに腰に佩いたバスタードソードに添えられている。

 テッドの武器はロングソードだ。レクスが扱うには少し長いと言われたのだ。


「おいでなすったぞ」


 そう声を掛けられてレクスはようやく気配に気が付いた。

 テッドが剣を抜き放ったのを見てレクスもそれに続く。


「チッ……魔物か。リンクスだ」


 目の前にいたのは大型の猫のような魔物であった。

 2本の長い尻尾をゆらゆらさせながら、間合いを計っている。

 ちなみに尻尾の数が多い程、齢を重ねており強いとされているようだ。

 リンクスは2人に気付いて威嚇してくる。


「父さん。俺にやらせてくれない?」

「レクスが? 剣でやる気か? 剣の稽古はつけているがまだリンクスはれないと思うぞ?」

「魔法と組み合わせてやってみたいんだ」


 暗黒導士のレクスだが同時に剣の稽古もつけてもらっていることは記憶に触れて分かっている。致命的なミスはしないと自分の判断を信じる。


「(ここは従騎士スクワイア職業変更クラスチェンジした方がいいな。なるほどスキルの【転職】がここで効いてくるのか。普通は転職士に頼まないとできないからな。異世界人特典かな?)」


 暗黒導士の熟練度デグリーは学校に通っているためある程度上がっている。

 となると剣士系の熟練度デグリーも上げていきたいところだ。

 レクスは条件を満たしている職業クラスであれば自由に職業変更クラスチェンジできることは確認済みであった。

 そしてそれが従騎士スクワイアであっても暗黒魔法も扱えるということも。

 そうと決めるとレクスの行動は速かった。

 職業変更クラスチェンジするとリンクスに向かって歩き出す。

 低い唸り声を上げて威嚇していたリンクスがレクスへ飛び掛からんと間合いを詰めてくる。


「(先手必勝!)」


「2ndマジック【火炎球弾ファイヤーボール】」


 魔法陣を描き太古の言語ラング・オリジンで魔法の言葉を紡ぐ。

 人の頭大の火炎球がリンクスに向かい着弾し、轟音と共に地を舐める。

 それを速度を変えぬまま躱し突っ込んでくるリンクスにレクスはバスタードソードを上段から振り下ろした。

 しかし剣先はリンクスの左腕を傷つけたのみで戦意は失われていない。

 流石、猫のように素早い。距離を縮めたリンクスはまるで怪我をしていないかようにレクスに飛び掛かった。


 レクスは心の中で舌打ちするも、たて続けに魔法を放つ。


「2ndマジック【狂風ゲイル】」


 リンクスを中心に巻き起こった突風がその上体を浮かび上がらせる。

 そこにダッシュを掛け渾身の突きを見舞うや、剣は魔物の腹を刺し貫いた。


「なッ……よしッ! 見事だレクス」


 仰向けに倒れてピクピク痙攣しているリンクスにトドメを刺すとようやく動きを止める。


 思わずレクスは大きく息を吐いた。


「思ったより緊張するもんだね」

「いい連携だったぞ。いきなりDランクの魔物を倒すなんてお前は俺の誇りだ! グレイボアなら突進してくるばっかりであまり苦戦しないんだが、まさかリンクスなんてな……」


 テッドは満足気に頷きながらレクスの背中をバンバンと叩いて喜びを表現している。レクスも「痛いよ」と苦笑いしつつも満更でもない様子で今の戦いを振り返る。


「(たぶん、父さんがDランクを倒せないと踏んだのはスキルが発現する前だったからだろうな。恐らく転生でスキル、【神魔装甲】を得たから能力が上がったんだ。身体強化系か?)」


「レクス、今、俺は確信した。お前は俺よりも強くなる。俺がお前の年齢の頃はここまでやれなかった」

「ありがとう。父さん。父さんの稽古のお陰だよ」

「それにしても嫌々稽古をしていたお前がなぁ……。積極的になったもんだ。となるとお前にはいずれ然るべきところで剣を学ばせてやりたいところだ」

「でも今は魔導科に通ってるしね……」


 魔法を覚えるには必ず対象の魔法陣を知り描けるようになる必要がある。

 一般の魔導の店には低レベルの魔法陣が記載された魔導書しか置いていないので、必然的に学校など専門の場でしか知識を得られない。


 技術は秘匿されるものだという価値観がまだまだ蔓延はびこっている世界であるし、そもそも強力な魔法を分別のない子供が使っても良いのかと言う問題も出ている。その知識を得るためにレクスは魔導科の中等部にも進学したいと考えていたが、同時に剣の道も極めていきたいと感じていた。


 レクスはゲームの知識があるため、職業変更クラスチェンジに必要な熟練度デグリーの条件を知っている。この世界では、多くの人間が授かった職業クラスだけで生き抜き、職業変更クラスチェンジすることもなく生を終える。

 厳密には職業変更クラスチェンジに必要な能力ファクタス、『ハローワールド』を持つ転職士を囲い込める王族や貴族は例外らしいが、レクスには自分もそのアドバンテージを生かすべきと考えていた。


 レクスが黙ってしまったのを気にしたテッドは腕を組んで頭を捻った。

 今はリリスの就職の儀リクルゥトのために王立学園の春休みを利用して村に滞在しているレクスだが、師がいない王都に戻ればまともに剣の稽古などできないだろう。


 しばらくテッドは周囲を警戒しつつも何とかできないか考え込んでいた。

 やがてハッとしたように俯いていた顔を上げ、拳を手の平に叩きつける。

 その表情は喜色を湛えていた。


「いた! いたぞレクス。王都に剣王と呼ばれる人物がいる。名前はレイリアだ。平民出だが腕は確かで、もちろん俺より強い。王都にいる間は彼女に剣を学べ!」


 レクスはすぐにピンときた。その聞き覚えのある名前に。


 ――剣王レイリア。

 グラエキア王国王都グランネリア出身のガチガチの盟主派で王国第三騎士団団長を務める才媛だ。ゲームのストーリーにも多く絡む主要人物で主にゲストキャラとして主人公と共に戦う事もあったはず。

 王国の内乱――後継ぎ問題に端を発したダイダロス公爵とローグ公爵の争いの裏で活躍する。

 

 ちなみに盟主派と言うのは王国内部におけるカルナック王家の派閥のことだ。

 かつて漆黒竜により世界が危機に瀕していた時、古代竜がその血と伝説の武器を与えた12使徒の内、7人がグラエキア王国を興して黄金竜アウラナーガの加護を得た1人が盟主となり残りの6人が王家を支える公爵家となった。

 基本的に6公爵家は対等であるが、王国をまとめたのがカルナック王家でその派閥を盟主派と呼ぶ。対してその他の6公爵家の派閥は使徒派と呼ばれている。


「剣王レイリアですか……」


 その呟きが聞こえたのかテッドが不思議そうな表情を見せる。


「ん? 知っているのか?」

「い、いえ……父さんのお知り合いですか?」


 慌てて言いつくろうと話を逸らす。


「ああ、王立学園の頃からの仲だ。紹介状を書くから王都で渡してくれ」


 レクスとしても王都でも剣技を学べるのは大きい。

 忙しくはなるが利点ばかりであるため断る理由はないだろう。


「はい。ありがとうございます!」

「じゃあ、狩りを続けるか。せっかくの祝いだしなッ!」


 テッドとレクスは顔を見合わせて笑い合うと森の奥へと足を進めた。

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