第3話 空白の11年

 帝はレクスとして2度目の生を受けた。

 まさかそれがゲーム世界への転生だなんてことは当然想像の埒外であったことは言うまでもない。しかも帝が、いやもうレクスになった訳だが大事な思い出をもつ『セレンティア・サ・ガ』の世界。


「レクスになった事実から目を逸らすべきじゃないな。今の俺はもうレクス・ガルヴィッシュなんだ……」


 この世界で気が付いた後、脳裏に流れ込んできた膨大な情報と内なる心にわいてきた信愛の情。特に強かったのは家族との絆、信頼感……そして愛情だ。

 これが愛情なのかは正直断言できる自信がなかったが1日経過して家族なる者と実際に接することで確信に変わった。


 この家は長く続くガルヴィッシュ家。

 レクスの家族は父親のテッド、母親のリリアナ、妹のリリスだ。

 貴族ではないが代々騎士を輩出している系譜。

 全ての男子が騎士になった訳ではないようだが皆、面白い人生を歩んでいるらしい――と言うのがレクスの中にある記憶。

 そしてテッドもまた騎士爵位を持ち、このスターナ村で村の守護者として村人たちをリードしている。


 前世では虐待のせいで素直な愛情を受け入れられなかったせいかは知らないが、今のレクスは家族に危機が及ぶならばその身を挺して助けるだろう。

 優先順位は家族、幼馴染のミレアやカイン、スターナ村の人々の順であり、いざ彼らに何らかの魔の手が及べば――いや及ぶ可能性があるだけでレクスは修羅の道に迷わず進む。


 もちろんレクス自身に脅威が迫った場合も同様だ。


『殺らなければ殺られる』のならば『殺られる前に殺る』


 こんな心境になりかけているのは帝の魂がレクスの魂と融合したから。

 今、自身とその周囲に危機が迫るならば必ずレクスは我を忘れてブチギレるだろう。


 レクス自身はまだ明確には自覚していないがこの世界では。ゲーム内のレクス・ガルヴィッシュと言う人物の裏設定で決められているのだから。


 それにしても代々、スターナ村に暮らす騎士の家系か……。

 そんなことをぼんやりと考えつつも自分が転生した意味を考えざるを得ない日々が続いていた。


 付喪神なる存在がこのゲームに如何なる影響を与えているのか。

 意識が途切れる前に聞いた言葉からは害意はないと考えられたし、どこかそう感じられた。転生させてやる!と言った傲慢な感じではなく、どこか申し訳なさが含まれていてそれが伝わってきたように思う。


 レクスが村のなだらかな丘の上で寝転がって思考の波に身を委ねていると遠くから呼ぶ声が聞こえてくる。

 聞き間違いようのない声。

 そして聞き慣れた声。


 リリスとミレアだ。

 レクスが仕方なく半身を起こして声がした方向へ顔を向けると2人がこちらに駆け寄って来るのが見えた。


「お兄ー! そろそろ剣の稽古、再開するって父さん言ってるよー!」

「レクス~! もう帰る時間だよ~!」


 そう言えばそうだったと思い出すレクス。

 毎日午前中はテッドに剣の稽古をつけてもらっているようなのである。

 それも7歳の頃からと言うから驚きだ。

 だいたいレクスの職業クラス暗黒導士あんこくどうしなのだが、魔導士が剣を習うのは普通なのだろうかと疑問に感じたことを覚えている。

 習っていることは覚えているが、何故習おうとしたのかははっきりしない。

 と言っても騎士爵位を持つ家系なのだから、まぁそう言う事情なのだろうと何となく察することはできたのだが。


「(でも騎士爵位って世襲じゃないよな? この世界じゃどうなんだろ)」


 元々考えるのは嫌いな方ではなかったが、それはこちらの世界でも同じだったようだ。記憶が流れ込んできた後に色々と考え事をしていたら、いつものことだと父親と母親が話しているのが聞こえてきた。


 実際にこの状況下でも現在進行形で考えてる訳だし。

 両隣ではレクスの肩を揺さぶりながらリリスとミレアが耳元で喚いているのだ。


「ちょっとお兄! 聞いてるの!?」

「レクスが動かないよ!? し、死んでる……?」


 まぁ返事がないならしかばねのようだ!って思うわな。


「聞いてるし動けるし死んでねーよ!」


 仕方なくレクスが突っ込むが喚き声がより大きくなって返ってきた。

 どこの世界でも女3人寄れば姦しいのは同じだったようだ。

 今は2人しかいないのだけど。


「聞こえてるなら速く返事しなよ!」

「生きてて良かった~!」

「分かった分かった……んじゃ、さっさと帰るぞ」


 小憎たらしさもあるが、1人っ子だった前世とは違ってどこか嬉しさや温かさを感じている自分もいて戸惑っていると言うのが本音だ。

 なだらかな斜面を歩いて行くと広大な麦畑が一面に広がっている。

 植えられているのはリラ麦やミル麦である。

 まだまだ黄金の海原のように輝くのは先のことだが、その光景はしっかりと脳裏に焼き付いている。


 ミレアはリリスの手を取ってレクスの前を歩いており、まるで姉妹のように見えるし実際に仲も良く今もおしゃべりが止まらないようだ。

 お陰でゆっくりと考え事をしながら歩ける。


 疑問点や違和感はまだまだ存在する。

 何処かに以前の自分とはズレを感じる部分があるし、違和感のようなものを覚える場合もある。


 ふわふわと地に足がついていないようで、どうにも気持ちがよくない。

 とは言え、しっかり根付いているものもあるようで、例えばテッドに教わっている剣術などがそれに当たる。稽古してみて分かったことだが、どんな時にどんな動きをすれば良いのか理解でき、体もそれを覚えている。

 魔法を使う場合も同様でどうやって魔力を練成し、それを操作しつつ魔法陣を描き太古の言語によって魔法を行使するか。


 技術の面は頭と体がそれを覚えているからなのだろうと推測できるが、問題はやはり人格、性格面だ。

 付喪神様がいい加減な性格だったのか、はたまた余裕がなかっただけなのか、いや単にレクスが自分を客観視できていないだけと言う可能性もある。


「ま、そう言うこともあるか。11年生きてきた人間に新しい人格が宿るんだからな……。精神にどんな影響があってもおかしくはない」


 毎日のように考えていたことなのでいい加減にしろと神様も思っているかもな。

 そう思い、レクスは考えるのを止めた。


 帰ったら剣の稽古だ。

 取り敢えずガルヴィッシュ家の者として最低限は剣を扱えるようにならねばなるまい。


 明後日にはリリスが就職の儀リクルゥトに参加して職業クラスを天から授かることになる。

 まずは愛すべき妹が良い職業を授かるといいな。

 レクスはそう願いながら前方を歩くリリスの姿を優しげな目で見つめるのであった。

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