第2話 ゲーム世界のモブに転生して
目が覚めると知らない天井だった。
明らかに自宅の壁紙の色とは違う。と言うか造り自体が違っている。
いつもと違う空気、いつもと違う雰囲気に帝は慌ててガバッと跳ね起きる。
「ここは……?」
簡素な硬いベッドの上で上体を起こし、周囲を見回すと小さな個室であることを理解する。
木で造られた壁、そして窓は開け放たれている。
帝がいったいどういうことなのか、何が起こっているのか混乱していると、ドアが大きな音を立てて開かれた。
「レクスッ! 何があったッ! 大丈夫かッ!」
そちらに顔を向けると、金色の髪を短く刈り上げた男が何やら慌てた様子で飛び込んできたのが目に入る。
もちろん知らない人物である。
混乱で目を白黒させて口をパクパクさせている帝を見てその人物は畳み掛けるように話しかけてきた。
「レクスッ! 急に気を失って心配したんだぞッ! それに今の光はなんだ!?」
「(なんだと言われてもな……ってレクスって俺のことか……?)」
目の前の人物が一体何を言っているのかとんと見当がつかない。
問い掛けても反応しないことに苛立ったのかその人物は更に勢いよく捲し立てるように話しかけてくる。
「お前は3日前、突然倒れたんだ。頭の方は大丈夫か?」
「(言い方よ……しかし……倒れただって?)」
そこへ今度は栗髪色の長髪が美しい女性が部屋に入ってきた。
優しそうな茶色の瞳ながら精悍な顔付きをしており、詰め寄る男性の肩を掴んで落ち着かせる。
「テッド、そんなに問い詰めちゃ駄目でしょ!」
「ああ、リリアナか……スマン。取り乱したようだ」
テッドと呼ばれた男は落ち着きを取り戻したのか、謝りつつ帝から距離を取った。
その瞬間、割れそうなほどの強い頭痛に襲われる。
頭の中にリアルな映像が断片的に浮かんでは消えてゆくのだ。
まるで○スノートを久しぶりに手にした瞬間のような感覚。
いや持ったことなんてないけど。
「(これは……今までの記憶か……?)」
やがて頭痛が治まると、帝は全てを理解した。
現代に生きた
今の名前はレクス・ガルヴィッシュ、年齢は11歳。9月で12歳になる。
テッドは父親でここスターナ村の駐在騎士として働いている騎士爵位を持つガルヴィッシュ家当主だ。リリアナは母親である。そしてリリスと言う妹がいる。
次々と記憶が呼び起されていく中、どこか懐かしいような感覚がして意外と冷静な自分に少し驚いた。
「(夢じゃなければ異世界転生ってヤツか?)」
夢でもなければ思い当たるのは稀によくある異世界転生であることは疑いようのない事実である。
頭に流れ込んできた記憶が教えてくれる。
レクスはグラエキア王国の王立学園魔導科に通う小等部3年生になったばかりの生徒で、今は春休みで実家に帰省中であった。
「レクス! レクスったら! 大丈夫なの?」
帝が脳内の整理をしているのを何やらトリップしていると思ったリリアナが肩を掴んでガクガクと揺さぶる。
先程、テッドにやめろと言ったことをやっている辺り、似た者夫婦なのだろう。
お陰で現実に引き戻された帝はようやくまともな返事をする。
「母さん、俺は大丈夫。心配かけてごめん……」
その言葉を聞いたリリアナの表情が緩むと同時に、どこか不思議そうなものに変わる。
「そう……ならいいんだけれど……。本当に大丈夫なのね?」
「そうだぞ? 何か体に不調を感じたらすぐに言うんだぞ?」
リリアナとテッドが代わる代わる心配そうに尋ねる。
その目はどこかまだ不安げだ。
「分かったよ。もう大丈夫だから」
「念のため夕食まで寝てなさい」
リリアナの有無を言わせない言葉に、帝は取り敢えず頷いておく。
何はともあれ状況整理と把握が必要だと考えたからだ。
両親がドアを閉めて部屋から出て行くと、帝は再び木製の硬いベッドに横になって今の状況を考え始めた。
「(記憶にあるグラエキア王国、そしてスターナ村と言う名前には憶えがある。俺がやろうとしていたゲーム『セレンティア・サ・ガ』に出てくるからな。と言うことは俺はゲーム世界に転生してしまったと言うことになる。何故かは分からないけど……。でも待てよ? となると俺は誰だ? ゲームにレクス・ガルヴィッシュと言う名前は存在しなかったはず。家族の名前も記憶にない)」
このゲームには
ステータスも存在するのでレベルの概念もある。
キャラに覚えはなかったが頭の中に存在する記憶を読み解けばここはゲーム世界としか考えられない。そう判断した帝はステータスを確認する方法について考える。
「(どうやって確認するんだろ? ここはやっぱり定番のセリフかな?)」
そう。異世界と言えばアレだ。ゲームの他にも異世界もののラノベや漫画を嗜むことも多かったため心当たりを試してみる衝動に駆られる。
覚悟を決めた帝は右手を前に伸ばし、虚空に向かって吠えた。
「ステータスオープン!」
しかし何も起こらなかった。
これはもう何と言うかアレである。
「しゅ、羞恥心に殺される……」
頬を赤く染めながら帝はベッドの中で悶えた。
恥ずかしいどころの話ではない。
いい大人が何をやってんだ!と言うやつである。
そんな帝の目に左手の中指に指輪がはめられているのが飛び込んできた。
「何だこれ……?」
少し考えた結果、これは魔導具ではないかとの結論に至った帝は指輪に魔力をこめてみることにした。この世界の住人は多かれ少なかれ魔力を持つと言う設定があったことを思いだす。
記憶が戻ったからなのか、魔力の練り方が分かる。
そうして実行に移した帝の目に予想通りの文字が映った。
指輪から射した光が半透明のボードを形作りそこにレクス・ガルヴィッシュの情報が表示されたのである。
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ビンゴである。
しかし、残念ながらステータスの詳細は記載されていない。
ここはゲームとは異なるところだ。
特にスキルの名前には心当たりがないのが気になった。
「(転職……? 何の
他には憶えている魔法一覧が載っているくらいか。
例えば火魔法レベル1の
ちなみに魔法を使うためには魔法陣と
そう言えばそんな設定もあったなと思い出すことができた。
ゲームなら選択すれば普通に使用できたのだが、この世界ではそう言うことになっているらしい。
それはそうかと考え直す。
日本のゲームなんだから全て日本語なのは当然と言えば当然の話だ。
思えば大変なことに巻き込まれたものだが、前世の記憶があるお陰で上手く立ち回ることもできそうで少し安心する。
これで大体のことは理解できた。
特に大事なのは帝はゲームの主要キャラクターではないと言うことだ。
「俺はゲーム世界のモブに転生したのか……」
この事実は最早疑い様がない。
『セレンティア・サ・ガ』のストーリーに絡んで行く必要があるのかすら定かではないが、帰る方法が分からない以上この世界で生き抜いていくしかない。
何のためにこの世界に呼ばれたのかも分からない。
もしかしたら何か重要な役割があるのかも知れないのだ。
それにレクスとして覚醒する前に見た夢――いかにも意味ありげだった。
しかし気になるのは意識を失う前の
何かを匂わせるようなことを言うくらいなのだから目の前に姿を見せて欲しいところだ。
「納得はいかないけど悩んでいてもしょうがない。俺はこの世界でレクスとして生きてゆくしかない!」
帝、いやレクスはそう覚悟を決めた。
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