愛¥08_一夜の過ち.log

 焦っていたのかもしれない。

 7回目の出来事をカナタは知らないとわかっていたのに。わたしは彼を見かけた瞬間、声をかけるべく近づいてしまった。伏し目がちに純情を装いながら、手を出されることを確信した声色で、彼の射程に入ってしまった。

「あの。美味しいお酒を、飲みにいきませんか」

 そういう女を、カナタはよく好み、そしてひどく嫌悪する。

 これまでもカナタが抱いてきた女そのものが、8回目のわたしだった。


 言い訳するためだけのお酒はそこそこに、わたしたちは夜を跨いだ。

 彼のいとおもうところがすべてわたしの知るところであるのが不思議だというふうに、カナタはときおり首をかしげた。

 腑に落ちないときの癖でとがらせた唇に、わたしは夢中で噛みつく。

「俺のなにを、知ってんの」

「なにも。ぜんぜん。知らないです……だってわたしたち、さっき会ったばかり」

 嘘でしかない真実を、吐息に混ぜて。

 カナタのほうはといえば当然ぎこちない動きで、ただただ漠然とした怒りを押しつけるように。好みで嫌いな女を、激しく貪る。


 朝日が窓のない部屋をこじあけるより先に、わたしはカナタの前から消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る