160. 祝賀会その日に
「……あの……オレ一人でいいんですか? 前も言いましたけど、本当に部下の方が強いですし。女性の方が安心できるでしょう? お邸出身の女性も結構多いんですが……」
カリシアの誕生祝賀会の後、護衛が欲しいと呼ばれて向かった先、クナンと合流してオーエルは言う。
大問題の二次人身売買は犯人検挙とルート殲滅で終わったが、それを聞いて高く売れると変なことを考える輩が出ることは充分に考えられる。危険は徹底排除するという首相の判断で、サティラート隊は寮の警備と、呼ばれた時の護衛をしていた。クナンはかなり危ないので、厳重に警護するよう言われている。
「オーエルさん、安心できるので。それに、お会いするたびに強くなってますよね?」
「ああ、そういうのも分かるんですね。もう驚きませんけど」
「殿下とか、足音から違いますよね。何でも靴に魔力鋼板仕込んでいらっしゃるとか。結構暗器とかも色々持たれていましたけど、エルベットに入るときにほとんど護衛の騎士さんに没収されたって。……触っただけで死ぬような毒は、回収してくれなかったら人が死んでたので結果的に良かったそうですが」
「……殿下も毒物とかお詳しいですが、素人が触ったら大事故ですよね……」
並んで歩きだすと、読んでいて茶を吹いた手紙をどうしても思い出してしまう。
【職務中がダメなら、休日にでも出直せば? エルベットの騎士でも、職務中にどストライクの女の子から白い花束もらいそうになって、職務中だから出直すって後で出直したヤツがいたけど、ソイツ、お咎めもなく今は近衛騎士だぞ? まだ経験浅いから緑だが、ついこの前のテロ事件で毒物処理をかなりやって手柄立てたからな。順調に伸びるだろ。よく会うが、一部の堅いヤツから時々説教されるくらいだと。
ただ、相手と、ご家族にはきちんと話して詫びて、理解もらったそうだ】
(……つまり……オレに出直しとかで……いやでも……)
手紙には更に、
【休日の予定とか聞く必要はねえよ。会った時にちょっと、よく行く場所とか聞いて、休日も聞いて……後は、休日が合う日にそこ行きゃ偶然だろ?】
(……オレを邪道の道連れにする気か……?)
どう考えてもそう見える手紙は、お茶にまみれて滲み、思わず握りつぶした状態で、まだ保管してある。
(いや、聞かねえ。休日もよく行く場所も)
「……今日はどちらに行かれるんですか?」
クナンからは、仕事上がりに別の場所に行きたいと聞いていた。危険なため早く上がらせてもらっている彼女が、わざわざ向かうという。
「最初の水源地ですよ」
「あ、最初にあの近くでお会いしましたね」
「はい、よくあそこで護身術習ってるんです。危ないので……やっぱり自衛も上げたいですし。あそこ、殿下のお母さまがとんでもない護身術広めて、皆さんとてもお強いんですよ?」
「ああ、存じています。オレの家……ええと、実家ですけど、近くですし」
「あ! それで休日であそこにいらっしゃったんですね。殿下のお身内だけあって色々教えてくれるし、よく行ってるんですよ。事件でちょっと途絶えてましたけど」
(……よく行く場所……ええと……なかったことに……)
しかも、よく行くといってもオーエルの家付近なので、避けて通ることはできない場所だ。……実家を避けていた過去はあるが、反省している。
「壁を破るくらいは、できるようになったんですけどね」
(……は?)
……壁……え? 壁?
(……サティナお母さん……何したんですか……)
まさか、薄い木の板を立てかけただけの壁ではないだろう。あの近辺にそんな家はない。寧ろ丈夫だ。サティラートの家など、かなりのものだ。もちろん、某お母さんが色々やったそうだが。
「まあ、持久力が決定的にないから、即離脱を優先しろって言われてましたけど……あれは考えなしでした。オーエルさんが通りがかって助けてくれて良かったです」
「……もうやらないでくださいね? 救難信号の、お持ちですね?」
「はい!」
クナンは腰に着けたポーチを指す。
「すぐ出せるように、色々自主練しました!」
(……自主練……何をどうやらかしたんだ?)
聞きたかったが聞かない方がいい気がした。
(殿下のみならず、サティナお母さんのとこまで……本当に強化されてるな……)
それでも、売られていくことを考えれば怖いだろう。過去、戦闘に長けた人物が、魔力も動きも封じられ、目玉として売られ……余計に苦しんだことも多い。女性ならば、本当に死ぬこともできない状態でとんでもない姿で発見された例もある。そのうち一人の救助に居合わせたオーエルは、結局、レヴィスに憤りのあまり証言させなければならない人間に襲い掛かりそうなオーエルを説得しつつ抑えさせる手間までかけさせた。
「そういえば殿下……よくオレに構ってくれましたけど、性格的にも問題大ありですし戦闘素養も低いですし……普通、オレを見るくらいなら他の人育てると思うんですが……」
サティラートの昔の話が聞きたいんだろうと言われたし、手紙でもよくサティラートのことを聞いてくる。だが、サティラートの近所の女性たち以上の情報はない。
「あーそれ……殿下、まともな人と話すとほっとするって時々仰っていましたよ?」
「……まとも?」
オーエルはクナンの少し斜め後ろから周りに気を配りながらついていく。賑やかな街並みに入った。オーエルが最初にクナンと会った、所謂生活道路などの細い道は使わないことにしている。道路整備が進む過程は半ばだが、目の前の喫茶店のような店ができたことも安定したということだろう。
「ええと……普段からあたしたちのこと見てくださっていますし、そもそも呪王だの、色々あるお生まれですし、やっていらっしゃることその後始末っていうか……周りも全部そういうこと目の当たりにしてますよね。オーエルさんと話してて、普通の反応が嬉しかったんじゃないですか?」
(……普通……)
喫茶店から出てきた男女ペアが、仲睦まじく腕を組んでいる。
(男性の方、少し密着がすぎる……)
魔国だった頃は普通に、女性が必死に耐える風景などあったが、今ではあそこまで欲を隠さず纏わりつくのも珍しい。とはいえ、注意深く見ても女性にも嫌がる様子はないし、個人の判断だ。
よくある名前だが、服に手を入れてまで彼女の名前らしき女性名を情熱的に囁いている。
(それじゃ、彼女さんのお名前晒していますが……)
――と。
前を歩くクナンが、硬直した。
「……クナンさん?」
何かあったのか前に回り込み様子を見るが……
視線を巡らせ、手で指示をした。信号を上げると周りが気づく。その後、対象に視線を移して指定したあと、クナンの様子を見る。
その名前が囁かれる度に、瞳が大きく開く。聞こえなくなるまでクナンは目を見張らせていたが、やがて落ち着いた。
「大丈夫です。……ちょっと、思い出しただけです」
その名前で、怖い記憶が出てくるということは、そういうことだ。過去、その名前で余程嫌な相手に呼ばれた。
自然な様子ですれ違ったのは、騎士団の私服の面々だ。うち一人の女性の魔導士は、オーエルにサティラートの過去を示してくれた人物だ。この最初の水源地近辺の警護を引き継いだ隊の面々で、民間には知らされていない私服の要員が確保に向かった。
何事もないようにサティラートの家周辺に着くと、もう安心とばかりにクナンは特に親しい女性の元へ行った。
「……これ……」
近所の女性たちも、レヴィスが知っているだけあって用心深く、敏い。クナンが居ないうちに相談する前に差し出された手紙には、宛名のところに、
【一目惚れで、信用できないだろうけど、読んでくれたら嬉しいです】
返信先の住所名前もある。
「なんか、観光とは違う様子の男性が……金茶の髪の可愛い子が最近来てないから心配になるって聞いてきて。で、声かけられるの嫌がる子だって言ったら、これ渡してくれって。あの人、絶対変よ?」
過去、幼いサティラートを狙う人間を退けてきた世代の女性だ。
「騎士団大隊長権限で、開封します」
開き、
「……すみません、アンナさんのお家の鳥を借ります。絶対にクナンさんには内密で」
情報が必要だったが、どうしても、レヴィスが被害者の同意なくては見られないと規定した情報が必要だった。
ミリアはじめ、邸出身の人間も、危機感を募らせる。
「畏れ入ります。事情の説明をしますので、このまま騎士団本舎にお越しください」
クナンが女性の家から出れば、厳重警護の馬車と、ミリアはじめ精鋭が待っていた。既に魔力の流れなどないか感知が広げられている。
それを見て――
「いえ……順にご説明いただくと、多分、その分時間が経って危ないんですよね? このままお世話になります」
クナンが見たのは、同時期に邸に居たことのある女性だ。あの娼館から助けた人々には、クナンを見ても何も言わないように重々にレヴィスが言ったらしい。彼女も、やはり話がおかしかったのだと黙っていてくれた。
同乗の人員を選んでいいと言われたので、オーエルと、おそらく一番の手練れと見えた中隊長の女性を指名し、馬車に乗り込んだ。
◆◇◆◇◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます