無い筈の墓所にて



 王城を出る前に必ず向かう場所がある。


 エルベットの王族は、死してなお国のために消費される存在であるため、死亡したとは言わず【眠った】と表現する。

 遺体は王族廟に納められ、その時の王族の魔力だけでは国を支えられない時に魔力源となる。


 実は、ごく最近、この王族廟の魔力を借りていた。祖父が四人の子を成して、ようやく魔力供給が安定し、閉じられたが。


 その王族廟の近くに、あり得ないものがある。墓石だ。


 エリシアとだけ刻まれた寂しい石。母を知らない礼竜らいりょうは、人の死が分かるようになるまで、この墓石にしがみついて母を呼び続けていた。


 いつも迎えに来てくれる兄も母を知らないのに、自分だけが泣いていた。


「母様、行ってきます。

 今度こそ、兄様たちと一緒に帰ってこられるよう、力を貸してください」


 王族でも群を抜いて魔力の高い礼竜は、真冬でも魔力で寒さを凌げる。まして、聖祭節の終わった今は春だ。

 なのに、手の甲にエルベット・ティーズの紋が編み込まれた白いミトンを大事そうに着けている。かなり使い込んだものだ。


 遺体などないただの石に挨拶を終えると、歩いて城外に出る。


 礼竜を国外に送る馬車は、わざわざ城門から離れた場所で待っている。

 王族としての務めだ。しばらく――少なくとも次の聖祭節せいさいせつまで帰ってこないのだから、国民に笑顔で手を振って挨拶する。


 本来なら従姉のリディシアの騎士のライオルが護衛兼誘導役を勤めている。乳母兄なので、リディシアがいつも気を利かせてくれるのだ。


 花束など、国民が王族に贈り物をすることが多いが、今回は国の外に出るのでそれは控えられている。ただ、一部、手作りのものを持った年頃の女性が目を光らせている。


「殿下、可愛い! お元気で帰っていらしてください!」

 礼竜らいりょうは、浮かびかけた青筋を公務の笑顔に隠した。

「エリシア様にますます瓜二つで……」

 二つ目の青筋を隠す。


 ライオルに誘導されながら馬車に乗り、扉が閉められる。声ももう届かない。

 その状況になって、

「僕、男だもん。可愛くないもん。母様そっくりって、僕、女の子じゃないよ!!」

 罪もないライオルに食って掛かる。

 これが日常のライオルは笑って流す。


 馬車の外に目をやると、手作りのものを持っていた女性たちが残念そうにしている。

 【イオル様ファンクラブ】の面々だ。最近はライオルが警戒して滅多に城外に出なくなったので、言い寄るチャンスと待っていたのだろう。


 去ってくれたことにライオルは胸を撫でおろし、いつも通り、【女扱い】という地雷を踏まれた礼竜を宥めていた。


 絶世の美少女と見紛うばかりの愛らしさだが、本人には受け入れがたいのだ。

 そうしていつもの会話が始まる。

「イオル、どうやったら兄様みたいな身体になれるの?」

 礼竜の理想は、二人の兄のような偉丈夫だ。そして、弟なのでなれると未だ思い込んでいる。


(遺伝子的に、絶対無理なんですが……)

 ライオルはその真実を言わず、いつも苦労する回答をする。


 一緒に魔国に付き添う前国王は、別の馬車で早々に出ている。恨みがましく思いながら、ライオルは宥め続けた。




◆◇◆◇◆


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