第10話 青褪めた馬の王子様

――俺は、もう何度目になるか分からない復活劇を、あの女性によって押しつけられた呪いの詳細も分からずに、俺は生と死の境界の反復横跳びを文字通りに繰り返していた。



 ゴブリンに手足の骨が折られる。痛い。棍棒によって何度も殴打され、最終的に頭部を潰される。痛い。




 ――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い許して許して許して許して許して痛い痛い痛い痛い。



 そんな俺の懇願も、獣よりも低い知性しか持ち合わせないゴブリンに届くことなく。俺は殺され続けた。度重なる死の連続により、思考は麻痺してゴブリン達を倒そうと思い上がりは完全に消え失せていた。

 死にたいと考える余裕すらなかった。



 しかし、流石のゴブリン達も反応がない人形をなぶるのは飽きてきたのだろう。悲鳴すら上げなくなった俺の体を押さえつけて、サンドバッグから別の用途・・・・に切り替えようとしていた。

 その光景をどこか他人事のように眺めていると、俺の正面でスタンバっていたゴブリンの首が宙を舞った。



「ギ?」

「ギャギャ?」



 俺や他のゴブリン達、そして当事者である首だけとなったゴブリンにも突然の事態の変化についていけてなかった。



「――ギ」



 宙を舞っていた首が、地面に鈍い音を立てて落ちる。司令塔を失った胴体部分が、切断面から血を噴水のように撒き散らしながら倒れる。



 前世であれば、グロ方面での十八禁不可避な光景。そんな犯行現場を作り出した下手人は、そこにいた。



 暗い森の中であっても太陽のように輝く金髪。それと真反対をいく、夜空よりも深い闇を湛えた元が翡翠色であることが辛うじて分かる瞳。

 それらの特徴を有した少女――マリーは、感情を感じさせない冷たい表情で、汚物を晒す四体のゴブリンと碌な反応を見せない俺の姿を交互に見る。そして一言。



「――殺します」



 俺が知っている彼女であれば、絶対に言わないであろう物騒な言葉。今の彼女には、それをすぐに有言実行する気迫があった。



 突然の乱入者や仲間の死をようやく理解できたゴブリン達が、マリーの方に向き直り棍棒を向ける。と言っても、今の段階では新しい玩具が自分からやって来た。という程度にしか考えていないだろうが。

 けれど、その考えがどれだけ愚かで浅はかなものであるのかを、ゴブリン達は思い知ることになる。



 マリーに近寄った一体のゴブリンの四肢がばらばらになる。獲物に舐めた態度を取られて苛ついた一体のゴブリンが、マリーに飛びかかる。そのゴブリンの上半身と下半身が泣き別れした。

 遅まきながらマリーの異常性を察知した一体のゴブリンが、背を向けて全力で逃走を図る。そのゴブリンの両足が潰れたと思ったら、頭もぺしゃんこになる。

 最後に残ったゴブリンは、スッカスカの脳みそで導き出した俺を人質にすれば生き残れるという素晴らしい考えを実行する間もなく、心臓を拳によって抉り取られて絶命した。



 その間、僅か五秒。たったそれだけの時間で、ゴブリン達は全滅し、俺は生き地獄・・・・から解放された。



 ゴブリン達を殺したというのに、一滴の返り血すらついていないマリーの姿は恐ろしいはずなのに。数え切れない死の連続によって精神がボロボロな今の俺にとって、彼女は白馬の王子様に等しい存在と錯覚してしまった。



 マリーは上手く地面に転がる血だまりや臓物を避けながら、放心状態の俺に近づいてくと。ゆっくりと安心させるように、壊れ物を扱うかのように、優しく抱き締めてくる。

 彼女の体温が荒んだ心に染み渡る。心地いい。俺によく分からない呪いを押しつけてきたあの女性との接吻よりも、こちらの方が好きだ。



 マリーの温もりや香りに包まれて、安心して俺の意識が眠りの世界に誘われようとする直前。彼女はいつもと同じ調子でこう言った。



「――また私の知らない所で頑張ろうとしていたんですね。今夜のことは悪い夢として忘れて、ゆっくりとお休みください。クリアさん」



 ――その言葉を聞き届けると、俺は今度こそ眠りについた。

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