【完結】ハッピーエンド至上主義TS転生者のモブキャラVS実は百万回周回中のヒロインさん

廃棄工場長

第一章

第1話 転生と目標



 ――大好きなゲームの世界に転生した。



 それだけを聞けば、原作の主人公や主要メンバーの誰かに憑依して、無双したり成り上がっていくのが王道のはず。

 しかし、俺が転生してしまったのは何とモブキャラ。ゲームでの活躍はこれと言ってなく、固定台詞を数言話して後は背景に等しい扱いを受けることになる悲しき運命を背負った村人A。

 それが今生の俺なのだ。唯一の救いが、主人公の故郷の村に配置されているNPCなので、村で発生するイベントをこなしに来るであろう主人公達を見ることができることか。



 だが、それも大きな問題が存在する。当たり前だが、物語の大半は村の外で起きる。こんな何もない所では、主人公とヒロインのイチャイチャシーンや胸熱シーンが見ることができないのだ!



 それ以外にも見逃せないことがある。このゲーム――タイトルは『英雄の誓い』――では、マルチエンディングが採用されているのだが、どのエンドでもヒロインが無惨にも死んでしまう。

 まあ、主人公である勇者の腕の中で愛を告げながら冷たくなるという、比較的に綺麗な結末もなくはないのだが、どちらにせよ死んでいるので俺的には納得し難い。



 他のエンドが、闇落ちからの主人公による討伐エンドや魔王に捕まって寝取られからの自害エンドなので、本当にマシなのだが――。



 どちらにせよ、今の俺が生きている世界がどのエンドに到達するかは分からないが、俺はヒロインの死ぬような結末は認める気は毛頭ない。



 俺は根っからのハッピーエンド至上主義者。原作のどのエンドでもヒロインが死んで、良くてビターエンドにしかならない可能性があるのなら、俺はそれを真っ向から否定してやる。



 つまり、原作知識持ち転生者の特権としての原作改変。それが俺の第二の生でやりたい、やるべきことなのだ。



 主人公やヒロインを始めとした主要な登場人物達が笑い合い、戦いの末に勝ち取った平和な世界で彼らには暮らして欲しい。

 その為には誰にも欠けて欲しくはない。ヒロイン程ではないにしても、俺のようなモブキャラはもちろんとして主要人物達にも死亡ルートは存在している。



 全員が笑顔で大団円を迎えられるように、俺は行動していくつもりだ。幸い、この世界は現実。ゲームのように、モブキャラが村の外に一歩も出られないなんてことはない。自分の意思で、この『英雄の誓い』の世界を自由に歩むことができる。

 まあ、俺がするのは主人公達との仲良し小好しの冒険ではなく、彼らが完全無欠のハッピーエンドに至る為の道の整理――もとい暗躍であるが。





「ここは、『始まりの村』だよー。特に変わったものは何もないけど、平和で良い村だからゆっくりしていってね」



 村を訪れた中年男性の商人に、はそう告げる。



「ああ、確かに良い村だね。お嬢さん。しばらくはお世話になるよ。明日からあそこの広場で露店を開くつもりだから、もしも気が向いたらお母さんと一緒に来てね」

「うん。おじさんもお仕事頑張ってねー」

「あはは、まだおじさんっていう年には……まあ、いいや。またね、親切なお嬢さん」



 そう言って背を向ける商人を、は右手を元気よく振り見送った。そのまま商人の姿が見えなくなった所で、ようやく――いや、俺は上げていた手を下ろす。



「いやー、本当に平和で良いですねー」



 辺りに人がいないことを確認して、そんな独り言を呟くのは、一人の白銀の少女。というか、ゲーム『英雄の誓い』の世界にモブキャラ転生した俺であった。

 名前はクリア。年齢は十。奇しくも主人公やヒロインと同い年であるが、深い意味はないだろう。

 何しろ碌な設定がある訳でもないので、俺が転生した際に適当に決まった。その程度の認識で、ただの偶然と思っていた。あの時までは。

 まあ、今は関係ない話題であるが。



 ゲームの時のクリアに用意されていたのは、俺が先ほどの商人と交わした台詞のみ。俗に言う、第一村人という訳だ。それ以上の役割もなく、どれだけ話しかけても喋るのは同じ定型文だけ。

 そんな面白味もないモブキャラ。それがゲームのクリア



 ゲームであれば、主人公プレイヤーがラスボスを倒してエンディングを迎えるまで、迎えた後もクリアはこの村を徘徊し続けていただろう。

 物語の本筋に絡むことなく。大事なピースが欠けた不格好なパズルを眺めることすらできなかったはず。



 しかし、クリアという存在がいれば、全ての不幸に繋がる種を事前に摘むことが――。



「――おーい! クリア!」



 長閑な村の風景で平和ボケしてしまわないように、改めて自分が今生でやるべきことを考えていると、その思考を中断するかのように俺の名前を呼ぶ声が一つ。

 それが耳に入った瞬間、俺は思わず顔を顰めてしまう。



「……誰よ、あんた。私、あんたみたいな知り合いはいないんだけど」

「酷いこと言うなよ〜、クリア。俺達、この村で育った友達だろ!」

「こんなうるさい友達は、こっちから願い下げよ。アレン」

「おっ、今日は名前を呼んでくれるんだな。嬉しいぜ。なら、このまま遊びに……」

「行きません」



 知らない振りをやり過ごそうと思っていたが、それは失敗に終わる。ほぼ毎日の恒例に近いやり取りを行いながらも、頭の片隅ではすぐにでもこの場から立ち去る方法を模索していた。



 別に俺は声をかけてきた人物――アレンを嫌っている訳ではない。いや、むしろ好きよりである。だって、彼はこの『英雄の誓い』の主人公であるからだ。

 好きな作品の主人公が嫌いな人は、ほぼいないだろう。念の為に言っておくが、あくまでもゲームのキャラクターとして好きであって、異性に抱く好意の類ではない。断じて。

 というか、体はともかく精神は未だに男としての自分を完全に見失った訳ではない。それも十年近くも少女として生きてきたせいか、最近は危うい気がするけれど。



 それはともかく、内心はどうあれ俺がアレンを邪険に扱うには深い理由がある。それはクリアという存在が、主人公アレン達と関わって本来の流れを変えたくないからだ。



 その為、俺は生でキャラクターを拝めることに弛みそうになる頬の筋肉を必死に制御して、冷たい態度で接する。

 しかしアレンの表情を見る限り、俺の演技が通用しているかはかなり怪しそうであるが。



 ニコニコと笑うアレンと表面上は冷たく振る舞う俺。偶に近くを通りかかる村の大人達は、慣れたもので微笑ましいものを見るような視線を向けてくる。



(いつものこととはいえ、恥ずかしい……)



 一応歯抜けで前世の家族の顔や自分の名前すら覚えていないという悲惨な有様だが、記憶が正しければ生前の俺はバリバリの社会人であったはず。

 もう少し余裕のある対応ができてもおかしくないだろうに。やはり、定番の精神が肉体に引っ張られるという奴だろうか。



 そんなことに思考を割かれてしまったことで、上手く離脱する方法が浮かんでこない。これっぽっちもだ。



(や、やばい。何でもいいから適当に喋ってこの空気を変えないと……! なるべくアレンを傷つけない方向性で!)



 ない知恵を振り絞って、それを言葉に変換しようとした時。新たな人物が乱入してくる。



「ま、待ってください! クリアさん……!」

「はあ……次はマリーね」



 息を荒げながらこちらにやって来たのは、一人の金髪の少女。名前はマリー。もしかしなくても、彼女の正体はアレンの幼馴染みで、『英雄の誓い』における人気ヒロインである。



 ゲームでのマリーは内気で争いを嫌う性格ではあるが、アレンが道を外そうとする展開があれば、自分の身を犠牲にしてまで正気に戻そうとしてくれる正ヒロインの鏡。

 なお、その死亡率の高さには目を瞑るとする。



(俺が男のままで転生していたら、求婚していた所だよ)



 そんな下らないことを考えていた。



 しかしどんな運命の悪戯か、モブキャラでしかないはずのクリアと彼らが同年代で。認めたくはないが彼らや村の人達の認識では、仲良し三人組と認識されてしまっている。

 俺は、ゲームでのアレンとマリーのカップリングが一番尊いと思っているのだ。たとえ男女の仲に発展することはなくても、自分のようなモブキャラが彼らの間に挟まるのは良くない。



 アレンとマリーの関係性が変わることで、ゲームの流れを破綻してしまい、全滅エンドになる可能性があるのだ。

 だから、マリーが来る前に退散したかった。


(……まあ、あっちからどれだけ親しくしようとしてきても、こんな冷たい態度をとっていれば、いつかは諦めるだろう。多分)



 ――だが、俺にはもう一つの懸念があった。それは本来であれば、癒やし系で庇護欲を掻き立てられながらも、主人公を隣で支えてくれるようなヒロインのマリーについて。

 彼女の瞳は綺麗な翡翠色だったはずなのに、今俺の目の前でアレンと楽しそうに会話をしている少女の目に映る色は墨で塗り潰したような漆黒。



 それ以外は記憶にあるゲームのままのマリーであるのが、余計に違和感を抱かせる。後、気のせいだと思うが時々俺を見る目が怖いというか、何というか。

 あれは悪意や殺気の類ではなく、獲物を狙う蛇のような――。思い込みに決まっているだろうが。



 だって、今もアレンと何十年も連れ添った夫婦のように、仲良く話に花を咲かせているではないか。

 うん、俺の勘違いだ。



(……前途多難そうだけど)



 ――それでも、俺はこの世界を完全無欠なハッピーエンドに導くと心の中で改めて誓うのであった。






――後書き――

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