【22話】不可解な訪問者


 午前八時。

 朝食を摂り終え私室に戻ってきたエレインは、令嬢教育の準備をしていた。


 今日は学園の週休日。

 講師であるエレイン、生徒であるフィオ。

 両名にとっての休日となっている。

 

 しかし、休日であっても休まず令嬢教育は行われる。

 学園が休みであろうとなかろうと、二人とっては関係ないのだ。

 

「さて、行きましょうか」

「エレイン。少しいいか?」


 フィオのところへ向かおうとしたタイミングで、リファルトが部屋にやって来た。

 眉間に皺をよせ、なにやら難しい顔をしている。

 

「……実は今、あの女――ノルン・レルフィールが訪ねてきている」

「ノルンが!?」


 視界がぐるぐると回り出し、動悸がし出す。

 ノルンの名を聞いたせいで、体の感覚がおかしくなってしまった。


「どうして……」

「フィオに手をあげたことの謝罪。それから、君と俺に話があるらしい。……何を企んでいるか知らんが、真正面から打ち砕いてやる。だから俺は話の席に着くつもりだ。しかし、君はどうする? 無理して出る必要はないぞ」

「…………いえ、私も出ます」


 あのノルンが、素直に謝罪をしに来たとは思えない。

 おそらくそれはフェイクだ。

 何か別の目的があるはず。

 

 それが何なのかは分からないが、エレインを目の敵にしている彼女のことだ。

 エレインが幸せな生活を送っているという噂をどこかで聞きつけ、それを壊しに来たのかもしれない。

 

(もしそうだとしたら、絶対に阻止しなくちゃ……!)

 

 これはエレインが蒔いてしまった種だ。

 リファルトだけに任せるという訳にはいかない。

 

 嫌で嫌でしょうがないが、これも今の幸せを守るため。

 エレインは腹をくくるのだった。

 

 

 リファルトと一緒に、ゲストルームのソファーに横並びで座って待つこと数分。

 

 ノルンが部屋に入ってきた。

 こちらへ向かってくる彼女は、いつもとは違う神妙な面持ちをしていた。

 

「リファルト様、そしてお姉様。お久しぶりです。……まずは、謝罪をさせてください」


 ノルンの顔がリファルトの方へと向いた。

 瞳にうっすらと涙をため、申し訳なさそうな顔をしている。

 

「大切なご息女に手をあげてしまい、本当に申し訳ございませんでした!」


 背筋をピンと立てたノルンは、深々と頭を下げた。

 綺麗な所作に、誠意を感じる――という人も、中にはいるかもしれない。

 

 しかし、ことエレインにおいては違った。

 

(……随分手の込んだ演技ね)

 

 頭を下げているノルンに対し、冷めきった視線を送る。

 ノルンがどういう人間が知り尽くしているので、演技をしているとすぐに分かった。

 

 そして、リファルトも騙されてはいなかった。


「謝罪はもういい。本題に入れ」


 呆れ顔で、冷たい声を放つ。

 

 短い間とはいえ、彼もノルンと暮らしていたのだ。

 謝罪をするような真っ当な人間ではないと、ちゃんと見抜いているのだろう。

 

「はい! ありがとうございます!」


 顔を上げたノルンの口元には、大きな笑みが浮かんでいた。

 

 自分に絶対的な自信を持っている彼女のことだ。

 リファルトが許してくれた、とでも思っているのだろう。

 

 演技を見破られているとは、まさか夢にも思っていないはずだ。

 

「失礼しますね」


 うやうやしい態度はどこへやら。

 座っていいなんて一言も言っていないのに、対面のソファーにノルンはボフンと腰をかけた。

 

「二人にお話があるんです」


(さて、ここからが本題ね……)


 緊張した面持ちになったエレインは、ゴクリと息を呑む。

 

「お姉様を返してくださいませんか?」


 放たれた言葉は、あまりにも予想外。

 衝撃的すぎて、エレインは何も言葉が出てこなかった。

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