【21話】屈辱 ※ノルン視点


 リファルトに離縁されてレルフィール家に戻ってきてからというもの、ノルンは非常に充実した毎日を送っていた。

 

 高価な宝石やドレスを身につけ、社交パーティーに参加。

 気に入った男を見つけたならば、「よろしければ私と遊びませんか?」と声をかけていた。


 その誘いを、男たちは断らなかった。

 可憐なノルンの前では、誰しもが皆虜となる。甘美な魅力には、決して逆らえないのだ。

 

「ノルン。僕とのデート、楽しんでくれているかい?」

「はい! とても楽しいです!!」


 ノルンは今、王都に来ていた。

 先日のパーティーで知り合った侯爵令息と、デートを満喫している最中だ。

 

(こいつ、私の言うことなら何でも聞いてくれるし結構当たりかも。捨てるのはもう少し遊んでからにしよっと)

 

 散々貢がせて依存させてから、スッパリと関係を絶つ。

 捨てるときは、慈悲なんてかけない。ゴミを捨てるかのようにしてポイっと捨てる。

 それが、ノルンの遊び方だった。

 

 これまでに幾度もそうして遊んできたが、罪悪感などを感じたことは一度たりともない。

 

 完璧な容姿に加え、光属性適性者。

 ノルンはまさに、神に選ばれし人間といえる。

 

 そういう人間は、取るに足らない他人よりもずっと価値がある。

 だから、何をしたっていい。どんな振る舞いをしても許される。

 

 価値のある人間にだけ、とことん優しい。分かりやすいくらいに残酷。

 そんな風に、この世界はできているのだ。

 

(捨てられたとき、こいつはどんな顔を見せてくれるのかしら)

 

 子供みたく、みっともない大泣きをするのか。

 それとも、地面にのたうち回って暴れるのか。

 

 想像するだけでも、にやけが止まらない。

 不平等なこの世界は、なんて楽しいんだろうか。

 

 しかし、そんな楽しい時間は唐突に終わりを告げる。


「は……? 何よあれ?」


 口元に浮かんでいた笑みは、すぐに驚きへと変わった。

 とんでもない光景を目にしてしまったのだ。


 少し離れたところで、ノルンが見たもの。

 それは、互いに幸せそうな顔で手を繋ぎ合っている、エレインとリファルトだった。

 

(どうしてエレインがここにいるのよ……)

 

 エレインは奴隷としてデルドロア公爵家に売られたはず。

 惨めな生活を送っていなければおかしい。

 

 それがどうして、リファルトと仲良く手を繋いでいるのか。

 

 そんな疑問はあったが、今はそれどころではない。

 もっと他に、腹立たしいことがあった。

 

(なによ……あの幸せそうな顔は!)


 大きな怒りが、胸の中でボコボコと煮えたぎる。

 

 幸せそうにしているエレインにも腹が立つが、この怒りの矛先はそこではない。

 リファルトに対してだ。

 

 結婚している間、彼に何度か話しかけたことはあった。

 けれど、常に無表情。

 

 一度だって笑ってくれなかった。

 優しくしてくれなかった。

 

 特別扱いされるのが当たり前だったノルンを、ゴミのように扱ってきたのだ。

 フィオに手を上げたのも、その鬱憤を晴らしたかったからだ。

 

 それが、今はどうだ。

 幸せに包まれているかのようなリファルトは、ありったけの優しさをエレインへ向けているではないか。

 

 ノルンのときとは、まるで違う。

 

(それってつまり、私よりエレインの方が上ってことよね。……なによそれ!? 意味わかんないんだけど!!)


 闇属性適性者であるエレインは、誰からも好かれることなく嫌われている存在。

 言うなれば、ゴミの中のゴミだ。

 

 そのゴミより、ノルンは劣っている。

 口にしないまでも、リファルトの行動がそう示してみせた。

 

 ギリリと奥歯を噛む。

 

 こんな屈辱は、生まれてこの方初めてだ。

 絶対に許さない。報いを受けさせてやる。

 

「急に怖い顔して、いったいどうしたんだい? そんなの君らしくないよ。ほら、笑って」

「…………さいわね」

「ごめん。声が小さくてよく聞こえなかった――」

「うっさいわね!! そう言ってんのよ!!」


 大きな雷が落ちる。

 

 あまりの豹変ぶりに驚いたのか、侯爵令息はパクパクと口を開けて固まっていた。

 

「もう帰る!」

 

 叫び散らし、ノルンはこの場を去っていく。

 大きな足音を立てながら、どうやってこの怒りを吐き出すか、ということに考えを巡らせていく。

 

「そうだわ! ふふふ……良いことを思いついた。楽しくなりそう!」


 怒りに歪んでいたノルンの口元が、愉快な弧を描いた。

 楽しい楽しい、復讐の始まりだ。

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