【12話】二度目の訪問

 

 その日の夕方。

 エレイン、フィオ、リファルトの三人は、食堂で揃って夕食を摂っていた。

 

(あれ? なんか変じゃない?)


 はす向かいに座っているリファルトに、エレインは違和感を感じる。

 

 とげとげしい雰囲気がなくったというか、角が取れたというか。

 あれだけすさまじかった拒絶感が、すっかり消えて無くなっているように思えた。

 

「君の教育ぶりを観察させてもらったが……良かったぞ」

「…………あ、ありがとうございます」

 

 間を置いたエレインの言葉には、戸惑いの感情がぎちぎちに詰まっていた。

 

 まさか、褒めてくるとは思わなかった。

 あんなにも嫌われていたというのに、どういう風の吹きまわしなのだろうか。

 

(怪しいわね……なにを企んでいるのかしら)

 

 失礼かもしれないが、なにせこの変わりようだ。そう思ってしまうのも、仕方ないというものだろう。

 

「エレイン様のすごさを、お父様も分かってくれたのですね!」

「……まぁ、そんなところだな」

「うんうん! そうですそうです! エレイン様はとっても可愛くて、とってもすごい人なんですよ!!」


 瞳を輝かせたフィオが、いかにエレインが素晴らしいのか、というのを力説していく。

 エレインの良さを分かってくれたのが、ものすごく嬉しかったようだ。

 

(あああああ! 恥ずかしいわ!!)

 

 そのやり取りを横で見ているエレインは、顔を真っ赤にして俯いていた。

 

 以前にも似たようなことがあったが、何度経験しても恥ずかしい気持ちというものは薄れない。穴があったら入りたい気分だ。



 夕食を食べ終え、私室に戻ってきたエレインは、ベッドに背中からボフンと倒れ込んだ。

 

「……疲れたわ」

 

 天井に向けて、大きなため息を吐く。

 

 褒めちぎられている間、ずっといたたまれない気持ちになっていた。

 長い間そうしていたせいで、どっと疲れてしまったのだ。

 

「それにしても、リファルト様は変だったわね」

 

 雰囲気が変わったことといい、褒めてきたことといい。

 夕食時のリファルトは、どこか変だった。

 

 今朝までの彼とは、まるで別人みたく思えた。

 いったいどういう心境の変化なのだろうか。

 

「うーん」


 少し考えてみるのだが、いっこうに答えは出てこなかった。

 糸口すらも見えてこない。

 

 そのうち、考えることにも疲れてきたエレインは、

 

「もう寝ようかしら」

 

 と、ひとりごと。

 答えの見えない問いに、降参してしまうのだった。

 

 目をギュッと瞑った、そのとき。

 リファルトが部屋を訪ねてきた。

 

 部屋に入って来るなり彼は、

 

「どうやら俺は、君のことを大きく誤解していたようだ。すまない」


 申し訳なさそうに謝罪した。

 

 後悔と謝罪の気持ちがこめられているように思える。

 裏があって言っている訳ではないようだ。

 

「今日一日、フィオへの教育を見ていて分かったんだ」


 リファルトの口元が微かに上がる。

 

「あんなにも楽しそうで伸び伸びとしているフィオは、初めて見た気がする。心の底から君を信頼しているということが伝わってきた。教育係になってくれて感謝する」

「いえ、とんでもございません!」


 胸の前に両の手のひらを突き出したエレインは、それをぶんぶんと振った。

 

「感謝しているのは私の方です。あんなに良い子の教育係にさせていただき、本当にありがとうございます!」

「…………あのいけ好かない女とは、何もかもが違うな」


 ひとりごとみたくして、ポツリとリファルトが呟いた。

 

 あの女とは言わずもがな――ノルンのことだろう。


 エレインとノルンでは、両親からの扱われ方に大きな違いがあった。

 そう思われてしまうのも無理はない。

 

「そう見えるのは当然です。レルフィール家の人たちにとって、私は家族の一員ではなかったのですから」


 闇属性適性者である自分が、レルフィール家の人間からどんな扱いをされてきたか。

 包み隠すことなく、そのすべてをエレインは打ち明けた。

 

 もしリファルトとの関係が昨日までと同じだったら、きっと打ち合けることはなかっただろう。

 

 けれど今の彼には、どういう経緯でここへ来たのかというのを話しておきたかった。

 本気で謝罪してくれたことに対して、何らかの形で応えたかったのだ。

 

「慰謝料代わりに娘を送り付けてくるなどおかしいと思っていたが……なるほど。そういうことだったのか――と、すまない。辛いことを言わせてしまったな」

「いえ、お気になさらずに。私が自分から言ったことですから」

「……君がいいなら、それでいいのだが。ともかく、だ。これからもフィオのことをよろしく頼んだぞ、エレイン。」


 笑みを浮かべるリファルトの顔は、まるで絵画のよう。

 この世のものとは思えないほど美しい。

 

 そんな顔を向けられ、なおかつ初めて名前で呼ばれたエレインは、少しドキッとしてしまった。

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