第2話 金輝

 どうやら黄金色のこの男は朔夜の師匠らしい。

 座敷に通された彼は、深々と葉月に一礼した。


真山金輝さなやまきんてると申します。朔夜クンの師匠をやらせてもらっています」

「後賀葉月と申します。五カ月ほど前に梅倉家に嫁ぎました」


 葉月もぺこりと礼をする。隣にいる朔夜が肩を抱き寄せてきて、にっこりと笑った。


「可愛いでしょう」

「ええ、大変愛らしいお嫁さんをもらってよかったですね、朔夜クン」


 しかし金輝は二人をじっと見た。


 大きく息を引き、芝居がかったふうに手で口を覆う。


「ちょ、ちょっと待ってください!!! お二人! まさかそんな!」

「え?」


 朔夜が首を傾げた。


「むぅぅぅにゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 金輝は身をよじり、その場にうずくまった。


「師匠?」


 そして、金輝は朔夜と葉月の二人を見比べる。


「あなたたち! 口吸いのひとつもしたことがないとは! なんということだ、我が持てる異能を全て使って朔夜クンとお嫁さんをいやらしい雰囲気にしなければ!」


 なんとなく、真山家が五家騒動で徹底的に潰された理由がわかった気がする。葉月は金輝を少しだけ睨みつける。


「あれだね。いやらしさが足らないんだよね、いやらしさが。お互い想い合ってるのに残念だな……ここはやっぱり感情を操作しとく? しといたほうがいいでしょ!」


 そう熱く語る金輝に、朔夜は珍しく眉根を大きく寄せて小さな雷を落とす。顔を背け、その場から去っていった。


 葉月は「えぇ……」と呟き、気絶したままの金輝を引っ張って部屋に連れて行き、布団を敷いて寝かせた。



「いやあ、申し訳ないですねぇ」


 金輝はすぐに目覚め、白湯を一杯飲みながら頭を掻いた。


「どうも言い過ぎてしまう癖がある。真山の人間はみんなそうで、だから周りから嫌われちゃうんでしょうね」

「んんっ……」


 葉月は咳払いをした。


 異能を持つ人間は得意不得意はあれ人の心を読むことができる。葉月はわりと得意で、朔夜は苦手らしい。しかし葉月は朔夜の心を読ませてもらったことがない。

 ……などという程度だ。朔夜と葉月の心を読む能力など。


 しかし、真山家の人間はそもそもが違うらしい。


 人間の未来を見ることはできないが、過去や現在の精神を全て読むことができる。

 今だってそうだ。

 葉月と朔夜に夫婦関係がないことは姑の苑香そのか直白清零なおしろせいれいに看破された。

 苑香は生活をしているうちに疑い、清零は朔夜と親し過ぎたことから気づいたのだろう。

 しかし口づけをしたことがないなんていうごく個人的な情報まで見ることができる。真山家の人間は。


 また、人の心や記憶を操り、夢もいじることができる。


 究極、大嫌いな人間同士を熱い恋人同士にしてしまうことだって可能だ。


「ワタシはそんなこと致しませんよ。朔夜クンに叱られて反省しましたし、あなたたちの心が育つその様子こそが美しいとおもっていますからネ」

「また読んだ!」


 葉月は悲鳴をあげた。金輝はつぶらな瞳をぱちぱちとまたたかせている。


「朔夜クンはねえ、別にあなたを嫌ってはいませんよ。浮気しようとも思ってないし、侍女たちと夜な夜な乱痴気騒ぎを開いているわけでもない」

「だから……なんでそんなに私の心を読むんです」

「あなたの精神世界が単純だからです! すごく読みやすい! 大嫌いな姉と、夫、異能のことしか考えてない!! 読み心地がいい〜。いいですね、人類みながこんな単純な心の持ち主だったら良いのに」

「……っ」


 顔を真っ赤に染めて、葉月は頭を抱えた。


「でも、世の中には本当に澱のように悪意のたまった人もいます。そして本人はそれに気づいていない。本当は苦しいはずなんですけどね。あなたのお姉さんみたいにね」

「姉のことまで読みますか!」

「あなたはお姉さんが大好きだった。でもお姉さんはあなたに愛情を返してくれなかった。だから嫌いになることで心を守った」

「私はっ……」

「正しい選択とはワタシは思わないが、当然の選択だと思いますヨ」


 目をそらす。確かにその通りだ。気づいていなかった。姉を本来は嫌ってなどいない。


「なんで姉が私を嫌っているのかわかりますか?」


 金輝はこめかみに手を当てる。


「うーん、そこまではわかりません!」

「……」

「しかしながら、それよりも朔夜クンとの関係です! 大嫌いな姉より愛する夫ですよ!」

「……」

「どうして愛する朔夜クンにもう一歩近づこうとしないかなあ!?」

「いや、はしたないじゃないですか、女がそんな」

「朔夜クンはそれを望んでますよ……こう、なんというか、ぐっと迫ってきてほしいみたいな。さっき帯解かれたのはちょっと嬉しかったっぽいですよ!」


 いやああああ、と葉月は羞恥のあまり悲鳴をあげた。おかげで金輝の上に水の塊——滝ができて、彼は上から水をかぶってびしょ濡れになった。


「うわあ……ひどいですね奥さん……」


 金輝はぐすぐすと泣き出した。

 その拍子に彼の懐から文が出てくる。


「わあっ!!! びしょ濡れになる!」


 金輝は文を飛ばした。

 葉月はその畳に転がった文を拾う。なんとか濡れていなかったらしい。すると金輝は叫んだ。


「あっ、読まないでください! やめて!!」


 いままで散々人の心を読んだお返しだと葉月は文を開いた。

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