第4話 ルールは二つ

 「これと、これも頼んでいいのか?」

 「えぇ、好きなものを頼んでください。代金は全てわたくしが出しますわ」


 涼音すずねが気前よくそう言ってくれたので、俺は美味しそうな料理をたらふく頼んだ。

 ここ最近、金が無くてさ。

 ひもじい思いをしていたからちょうど良いと思っていた。


 こういう時に遠慮しちゃいけない。

 少なくとも俺はそう思う訳だ。


 「さて、これからの話ですが……未確みかくさんには私と同棲をしていただきますわ」

 「おぉ……すっげぇ急な話」


 いや、ありがたいけど。

 動画炎上したから就職先無いし、天涯孤独だから帰る家もない。

 むしろ自分に都合よすぎて怖いぐらいだ。


 「電気、水道などの生活費は私で出しますわ。そして、未確みかくさんには毎月お小遣いとして30万円をお渡しいたしますわ」


 「30万?!」


 月にもらえる小遣いの値段じゃねぇ。

 普通に社会人やってるやつより金もらってるじゃん。


 え。

 怖い。

 

 ここまで良くしてもらうと逆に怖くなってきた。


 「あ、あの……本当にそこまでしてもらって良いんですか?」

 「どういたしましたの?急に敬語なんて、未確みかくさんには似合いませんわ」

 「いや……流石の俺もただでここまでされると気が引けるというか」


 そう言っている間に店員が料理を運んでいた。

 机の上にならぶ豪勢な朝食。


 「わたくしの都合で未確みかくさんと同棲するんですわよ?それはすなわち、わたくしが貴方の人生に介入するという事。その分の報酬は払うべきではないですか?」


 なんか、涼音すずねの話を聞いてたらこの料理すら怖くなってきた。

 今更で何だが新手の詐欺とかじゃねぇよな。

 こっちに有利な条件ばっかで怖くなってくる。


 「でも、ただ養うと言う訳では無いですわよ」

 「だ、だよなぁ。流石にそうだよな!!」

 「はい。未確みかくさんにはわたくしと同棲していただく上で二つルールを守ってもらいます」


 涼音すずねはテーブルの上にあるフレンチトーストをナイフで切り分けながら、そのルールについて話した。


 「一つ目。未確みかくさんは一週間に一度、わたくしとアートの勉強をしていただきますわ

 「俺、絵の事とか全く知らないけど大丈夫なのか?」

 「そんな顔をしなくても大丈夫ですわ。難し事は致しません。私のお話をただ聞いてくれるだけで良いですわ」


 そう言えば、絵を描いてるとかさっき言ってたな。

 何だっけか。

 【誰が見ても最高の一枚だと思う絵画を作り上げる】為に俺が必要とかなんとか。


 ま、勉強は嫌いだが……週一で良いんだろ?

 大学よりはるかに楽勝で草だぜ。


 「あぁ。それぐらいで良いなら大丈夫。んで、もう一つのルールってのは?」

 「はい。二つ目のルールはわたくし以外の人間に目移りしない事ですわ」

 「ほうほう。具体的には??」


 俺がそう聞くと、涼音すずねは一呼吸を置いてナイフとフォークを机に置いた。

 そして、シンと澄んだ目で俺を見つけながら二つ目のルールの詳細を語った。


 「他の画家の手伝いをしたり、わたくしの事を嫌いになったり、わたくしよりも他の人に時間をかけたりしなければ大丈夫ですわよ。難しい事じゃないでしょう?」


 あれぇ?

 何か重くない??


 「えっと……これはあくまで例えばの話なんだが、絶対にありえない話ではあるが一応聞きたい事がある」

 「なんでしょうか?」


 「万が一、俺がそのルールを破ったらどうなる?」

 「その時は、貴方の心を射止められなかったわたくしの魅力の無さを反省しますわ」


 よ、良かった~!!

 どっかのヤンデレCDみたいに殺されるかと思った~!!

 これで俺も安心して涼音すずねとの同棲をー


 「そして、わたくしの魅力を底上げするために……貴方の前で美しく自殺いたしますわ」


 その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。


 「悲劇は万物の魅力を磨く現象ですもの。きっとあなたの前で美しく私が死んだなら、きっとあなたの心の中をわたくしと言う人間でいっぱいに出来るほどの魅力が生まれるはずですわ」


 さらっと恐ろしい事を言う涼音すずねの顔は、その内容にはそぐわないぐらい妖艶だった。

 こんな状況で何言ってんのって感じだけど……今の涼音すずねが一番美しいと感じてしまったのは事実だった。


 言うならばそう、彼女の危うげな思考に一機に体の主導権を握られたような。

 決して魅了されてはいけない何かに魅了されてしまったような。


 引き返せない道への第一歩を踏み込んでしまったような感じがした。

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