Vol,2 事件 第一話
「あ、ご飯食べよーよお二方っ」
「おっけーっ☆」
ユギちゃんがお弁当を持って私達を呼んでいた。うんうん、二学期が始まって……ユギちゃんが転校してきて一週間。ようやくユギちゃんは私達に対しての警戒心を解き始め、一緒にお昼を食べてくれるまでになりました。そして、それが段々日常になりだし――――てるんですがね。
困った事態なんですねぇ、コレは。
私はお昼休みに普通科棟の屋上で携帯端末片手に溜め息をついた。とうとう二学期初めの事件が起こっちゃったみたいですねェ、困りましたね。私は受け取っていたメールを見て、ゲンナリとウナダレ。発信元は――――ヨウ先輩。
内容は、先日起きたって言う生徒暴行事件の現場に…先輩のネクタイが落ちてたってコトらしいですね。
ウチの学校はネクタイに名字の刺繍がありまして、落としたとしてもそれで解っちゃうんですよねぇ。……緑のネクタイに『八月朔日』の刺繍、そんな珍しい名字はこの学校にはヨウ先輩以外いないんです。
「彼氏にメールするの? キョウちゃん」
「うん、今日はともかくとしてしばらく遭えないかもってィね。寂しい……」
さっさと終わっちゃったお昼ご飯のパンの袋を丸めながら、ヨルがそう訊ねてくる。ふあー、ヨルの目が怒ってるなァ。お姉ちゃんにかけられた冤罪ですものね。
「にゃっ、ユギちゃんそのお稲荷さん……すごーく美味しそうだねっ」
「……一個食べる? 紅ショウガ入ってないけど」
「うんっ♪ 紅ショウガ苦手だから大歓迎! はわー、あまーいおいしーい……こんな美味しいものに紅ショウガを入れるなんて昔の人は何を考えてたんだろう……酢飯の甘じょっばさで十分だと思うのに」
……そーでもないのかも。あーあっ、折角ユギちゃんも打ち解けてきてくれて、一緒にご飯食べてくれるくらいになって。万事良好に多佳先輩の仕事を続けてられるかなーって時に……コレですもんね。溜め息でちゃいますます。
「にゃーんっ、それにしてもユギちゃんのお弁当っていつもオイシイねっ♪ ねね、自分で作ってるの? それともお母さん?」
「あ……両親とは別居だし、それにあたし料理オンチで。これは毎朝多佳くんが」
「……多佳先輩?」
「うん」
「多佳先輩が……お弁当を……?」
「うん、多佳くん昔から料理上手だから。三年ぐらい前にもお盆に一族が集まった時におはぎとか作る手伝いしてて……長くやってるおばさん達より多佳くんの方が上手だったから、皆笑っちゃってね。それに多佳くんのお家は五年前に伯父さんが亡くなってるから、家事全般は殆ど多佳くんがやらされてるの」
「あはは、ガッコではクールな二枚目でもお家ではパシリの三枚目かぁ! 家の内部までは情報網が入りこめないから、ユギちゃんの情報ってホント役立つわっ!」
「ヨル、そんなァにのんびりしててイイのゥ? ヨウ先輩が疑いかけられてィるんだよ?」
私はついついいつもと変わらないヨルにそう訊ねる。けれどヨルはにやりと笑った。
「ウチはね、防犯カメラが仕掛けてあるの。それをチェックすれば犯行時刻にヨウがいた事は証明出来るし、真犯人を捕まえるのはあたし達の仕事でしょー? どっちにしろ被害に遭っているのは学園の生徒なんだから、あたし達が出る幕に決まっているじゃにゃーの」
「……なんで家に監視カメラなんかを? お店か何かやってるとか、そーゆー関係?」
ユギちゃんはカニのカタチをしたウィンナーをフォークで刺しながらそうヨルに問う。うう、あのつぶらなゴマの目をしたウィンナーも多佳先輩が作ってると思うと、なんだか怖いものがありますね……。小学生か中学生の頃からやってるってことだから、慣れはあるのかもしれないけれど。自分のお弁当自分で作るって結構面倒だし空しいから、張り切っちゃってるのかな。そんなはりきったお弁当を作る多佳先輩……まずエプロン姿が想像できない。割烹着は勿論。でもユギちゃんが言うんだから、そうなんだろうなあ。ってことは朝ごはんも一緒に食べてるのかしら。朝ドラかよ。ほのぼのしすぎですよ。いっそ画面叩き割りたいわ。
「あ、両親の仕事の関係でね。実家で店やってるとかじゃにゃーのだけれど……そーいや知ってるユギちゃん? 隊長先輩のお家は魚屋にゃのよ」
「え、マジ? ……うわぁ悪いけど笑っちゃう、しかもなんか時代劇調な板前っ。ねじり鉢巻きにゴム長でへいらっしゃいって言うのも似合う気がするけれど、どっちにしろ笑える……それにしてもスーパーマーケット時代にまだ単品で続けていられてッてことはサービスが良いのかしら。気になる。それでヨルさん達のご両親って? なにやってんの?」
「親父は医者で、母さんは弁護士を。殆ど家にいにゃーのだけれど、どっちもイロイロのデータ家に控えてあるから……警備のためにゃのね」
「へー、すごい夫婦だね? どっちも何浪もしちゃいそうなのに、何かあっても隠蔽できそーなカンジ! ウチなんか――――」
(…………?)
ぴたっ、会話が途切れましたね。
「ユギちゃん家はなにやってんの?」
「あー…サラリーマンと専業主婦って言っておこうかな」
「あ、ひっかかる言い方っ。ホントは違うみたいじゃんっ?」
「そりゃ、どーでしょ。キョウさんトコは?」
「ウチも平々凡々でィすね、母さんは幼稚園の先生でィ父さんは長距離トラックの運転手でィ。蛇足ながら愚姉は美容師のお勉強に行ってィるのでお家にいないのでィすが」
「お姉さんいるんだ?」
「……うん、まぁ……ちょっとヤンキー入ってて怖かったんでィすが、私の親友に助けられて更生しまして、今はまっとうに勉学に励んでおりまァす。ヨルのウチは凄いんでィすよ? ヨウ先輩も合わせて今は姉弟五人、上にお姉さん二人と下に弟が二人、さらにお祖父様と同居の大家族でィしたからね」
「ものすごい多産系なんだね……あれ? 上に二人下に二人、ヨウさんとヨルさんなら――――姉弟は六人……じゃない?」
「ん……姉さんが一人死んじゃっててね」
「あ、ごめんなさい、病気か何かだったの?」
「そうじゃなかったけど……。あ、ウチの姉弟ってみんな花の名前がついてるんだよ、面白いでしょっ。姉さんたちが
「あ――――……下に……妹、が……」
(…………?)
なんか。
地雷、踏んだみたいなんですけれど……。
「……あら、暢気なのねェ? お姉さん大変らしいじゃない」
「…………?」
屋上の入り口から響いた声にユギちゃんがキョトンとする。私も、キョトン。どちら様でしょ? なーんか偉そうなお嬢さんですが。
「……どちら様? ヨルのお知り合い?」
「さあ?」
「じゃあヒト違いかぁしら。うわー、大声で人違いは恥ずかしいでィすねィ」
「~~~~南風真理奈よ! 忘れたとは言わせないわ!」
「ダレ?」
「あー、この前の『ブリッド』のお客様」
南風、その名前は知ってるですね。代議士の我侭お嬢さんですか。
「余裕でいられるのも今の内じゃあないかしら、今回の事件はPPSじゃなくて生徒会に任せられる事になったそうだからね。身内を匿われては困るからとの、理事長のご決断だそうよ。……それを皮切りにPPSの存在の再検討に繋がるかもしれないわね、せいぜい……」
「今回の事件って」
ヨルが俯きながらそう呟いた。呟き、と言っても……ボリュームはそれなりですが。
「なんのコト、かしらねぇ?」
顔は――――笑ってる。冷たい言葉と裏腹に、すごーく冷静な時のヨルは、こんな声で俯きかげんに話す。挑発たっぷりに、話す。
「しらばっくれても無駄よ、生徒の暴行事件の容疑者に八月朔日先輩が上がってるでしょ」
「あら、それはまだ一般生徒に伏せられているハズだけれどね?」
目で笑い、ヨルは彼女を見る。ユギちゃんが居心地悪そうにしていたけれど、私にはどうしようもない。ごめんね、なるべく目立たずにいたいの。こういう時ばっかりは。巻き込まれるのは勘弁ってゆーか? まあ、PPSにいる時点でもう十分巻き込まれてはいるんだけれど。
「――――!」
墓穴を掘ったお嬢さんは口を押さえるけど、ダメですね。こういう自分が勝ち誇ってなきゃイヤだってタイプの自己顕示欲の強いヒトは、もっと冷静で頭が良くなくては、尻尾を出すだけです。オバカさんですね……。
オバカさんですが――――
「そんな情報網があるなら、『DOLL』なんか要らないんじゃないかしら?」
バカだからこそ、する事がありますか。
「……なんだったの、今の?」
南風さんが立ち去った後でユギちゃんが息を付きながらそう尋ねた。私は説明を促すように目だけでヨルを見る。
「オバカさんよ」
……ヨルの説明は、それだけだった。
「にゃっ、キョウちゃん今日のおにぎり梅干しだったの? 任せてくれても良かったのに」
「私は別に梅干し苦手じゃないから良いのでィすよ。って言うか毎日パンで足りないぐらいなら自分でお弁当作ったらどうなんでぃすか、ヨル」
「そしたら家族全員分の作らなきゃなんないじゃーん、それは面倒くさいじゃーん! でもカロリー足りない欠食児童になるのは嫌だから、パンもう一個増やそうかな。菓子パンとか」
「カロリー激上がりで太りまァすよ」
「あたしにどうしろって言うの、キョウちゃん!」
「自炊しろって言ってんでィすよ」
まあしないだろうけど。
溜め息混じり、私は自分のお弁当を早めに食べた。
でなければハイエナがうるさそうだから。
ユギちゃんもそう思ったのか、はむはむお弁当を食べ進めていた。
多佳先輩のお弁当か……。
ヨルでなくても食べてみたくはなるかもでィすね。
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