美甘舞亜の答え1

(美甘舞亜 視点)


 昼休み。

 なーくんと夕子が出て行った後、私はぐったりと机に寝そべった。


「どうしよう……」


「あはは。気まずそうにしてたね、小湊くん」


「きっと昨日のことがあったから……」


 深山の言葉に昨日の記憶が鮮明に蘇る。


 ***


「皆、伏せて! そして静かに!!」


「どしたの、深山?」


「いいから」


「むぎゅう」


 と押さえつけられたとき、なーくんがレストランに入ってくるのが見えた。

 私はむしろ押さえつけてきた深山を机の下に引き摺り込み、夕子と涼香にも同じようにさせる。


「何これ? 避難訓練?」


「違う。けど避難はしてる。声顰めて」


「何から?」


「なーくんと……たしかテニス部の見学の時にいた子」


 なーくんと来たのは胸の大きな可愛らしい子だった。


 くっ……知り合いといえど、おとなしそうな感じだったからノーマークだった。

 まさか二人でファミレスデートに誘えるしたたかな女だったとはっ!


「別に隠れなくて良くない?」


「「良くないっ!」」


 深山と声がハモった。

 いや理屈的には全然良いのだが、こう恋バナしてる最中に、最中の人が女連れで現れたら衝動的に隠れてしまう。


「俺は何にしよっかな。千秋さんは何にするの?」


 どうやら二人は後ろの席に着いたみたいで、会話を始めた。


「う、うーん。ポテトを摘みたいけど、カキフライ定食も捨てがたい。とんかつ定食だっていいし……」


「わりとガッツリ行くんだね」


「うっ、じゃあそのパスタにしようかな」


「あはは、格好つけないでいいのに。じゃあ俺がカキフライ頼むから、とんかつ頼みなよ。それでシェアしよう」


 なんて会話が聞こえた時、私は立ち上がって机に頭をぶつけた。


「「〜〜〜〜っ」」


 あと深山も。


「何してるのさ、舞亜、深山」


「夕子っ。あんな女を蕩かすようなこと言ったんだよ! 危機感やら、羨ましいやら、格好いいやらで立ち上がらざるを得ないでしょ!」


「美甘に同意!」


 夕子はため息ののち、呆れたように呟いた。


「頭ぶつけたら危ないから席座るよ。背もたれ高いし、静かにしてたらバレないから」


 一理あったので、机の下から席に座り直す。

 そして、背もたれに耳を這わせ、なーくんたちの様子を探る。


「お待たせいたしました。こちらカキフライ定食と、とんかつ定食になります」


「いただきます」


「どうしたの?」


「え、ああ。いやいやいや! 何でもない!」


「あーそっか。シェアだったよね。はい」


「へっ!?」


「口開けて、あーん」


「〜〜〜っ!?」


「あはは。やっぱ熱かったか。毒見ご苦労」


「ご、ごめん。そんなに熱かった?」


「ち、違うよ。その熱いとかそういうんじゃなくて、そのとにかく大丈夫だから!」


 私と深山は机に拳を振り下ろした。


 羨ましすぎて全然大丈夫じゃないんだがっ!?


 な、なに? あ、あーんしてもらったってこと? 

 男子、しかもなーくんに?

 ……どんな徳を積めばそんなことしてもらえるんだよ!? 前世来世全て聖人か!? それかあらゆる不幸を前世と来世で味わったか!?


「何してんの……」


「夕子、私はもう色んな感情で胸がはち切れそうだよ。主に嫉妬でおかしくなりそう」


「美甘に同意」


「はあ……」


 よくため息がつける。

 あの涼香ですら嫉妬してそうな黒い笑みを浮かべているというのに……この小ギャルというやつは……まあいい。


 問題はなーくんと胸の大きな小娘。


 店に入ってから会話が途切れず楽しそうにして、余りにもいい雰囲気。

 このままなーくんが掻っ攫われてしまうのではないか?

 そんな不安で、冷や汗と心臓の早い鼓動が止まらない。


 お願いだから何か粗相をしてくれっ。


 何て柄にもない浅ましいお願いをしながら手を組んでも、効果は全くない。

 楽しい食事の会話がずっと耳に入り込んできて、それが数十分と続くのだから脳が壊れてしまいそうだった。


「先輩がちらっと話してるの聞いたけど、千秋さんは練習試合のこと聞いてる?」


「うん。あるらしいけど、一年生の私たちには関係ないよ」


「試合に出る実力がないみたいな?」


「ううん。私たちは林間学校の日だから」


「あぁそういうことか」


「うん……えっと、凪くんはさ」


「ダンスのペアってさ、決まってる?」


 かつてないくらい心臓が跳ねた。

 ヒヤヒヤとドキドキで何も考えられなくなり、呼吸も忘れて耳を澄ます。


「いや全く」


「そ、そうなんだ!」


「喜ばないでよ。強制参加らしくて、誰なら踊ってくれるか真剣に悩んでるんだからさあ〜」


「えっ!?」


「そ、それなら、私と踊ってくれたりなんか……」


「え、いいよ」


 全身から力が抜けていくのを感じた。

 ピアノをやめたときの喪失感に近い。

 何もやる気がなくなって、ただ息をするだけの生き物になったような感覚。

 何を考えているでもないのに無性に目頭が熱くなってしまう。

 これはピアノをやめたときにはなかった感覚で、その正体に考えを巡らせないよう必死になる。


「ですよね。それは私のようなものが凪くんとなんか……って、え? な、凪くん今なんて言ったの?」


「いいよって。むしろ、ありがたい。千秋さんが踊りたいって思ってくれるなら、俺にとって嬉しいことこの上ないよ」


「や、やったぁ!!」


「な、凪くん、じゃあ……あ」


「ごめんなさい。やっぱりペアの話、軽く決めないで欲しい」


 声のトーン、空気が変わって、僅かに残っていた気力で話を聞く。


「凪くんは、伝説の話を知ってる?」


「で、伝説って?」


「軽いなって思ったけど、やっぱり知らなかったんだ。ダンスを踊った男女は将来結ばれるって伝説があるんだよ」


「そうなんだ……」


「だ、だからね。凪くん、その伝えずにパートナーになるのは騙すみたいで嫌だったから……」


「えっと、はい」


「うん。そ、その、それだけだから……」


「嘘! 喜んだのはそういうことだから!」


 女の子は走ってレジへと向かい、お会計を済ませて店から出て行った。

 しばらくして、なーくんも重苦しい雰囲気を漂わせたまま出て行った。


「凄いことになったなあ」


 夕子の言葉で現実に引き戻される。


「小湊くんどうするんだろう? 付き合うのかな?」


「あの感じ、そうではなさそうだけど、小湊のことだから付き合うかもね。多分今、真剣に好意に向き合ってるんじゃない?」


「あはは。やっぱり小湊くんは良い人だね」


 二人の会話の間も黙っていた私と深山に、夕子は問いかけてきた。


「で、どうするん? このまま見過ごす? さっきも聞いたけど、小湊に彼女が出来てもあんたらは、友達を続けられるの?」


 ***


 夕子の言葉、その問いに私はまだ答えを出せていない。


「そうだよね。多分、あの子の気持ちに応えるために、ちゃんと自分を見つめ直す時期に入ってるんじゃないかな」


 涼香の言葉が胸に刺さる。


 やっぱり、なーくんは優しい。

 やっぱり、なーくんのことが好きだ。


 だからこそ痛い。

 この時期を抜ければ、なーくんは彼女と付き合う可能性が高い。

 そうすれば私は友達で居続けられるのだろうか。


『あはは。ちょっと、忠告。小湊くんも興味ない女子に本気になられても困……』

『え、全然好きになってもらっていいよ』


 初日に交わした会話。

 あの言葉は本当だった。


 好意を寄せてくれた女子に真剣に向き合い応えようとしている。

 今までの付き合いで、あの子だからじゃなくて、私であってもそうしてくれただろうとわかる。


 だけどあの言葉は嘘でもあった。

 好きになっても良いわけがない。

 彼女が出来てなお、友達で側で魅力を浴びせられ続けることを思うと、ただただ胸が痛い。

 こんなに苦しいのに、好きになっても良いわけがない。


 ……こんなことなら私が先に告白をしておけば良かった。

 あれこれ理由つけて、臆病なのを隠していただけだった。

 散々と無理な理由を言い聞かせてきたのに、いざ失くすと実感したら胸が苦しくて仕方ない。


「で、どうするの、舞亜。私はこんな気まずいの嫌だけど」


 延々と止まらない嘆きを一旦やめる。


 なーくんの友達を続けられるのか答えが出ていないせいで、今日はぎこちなかった。きっと深山も同じ理由だろう。


 答えは出ていない。けどこのまま野放しにしていても仕方ない。


「決めた。深山、今日部活休んでくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る