それだけの期間
小鳥遊さんが歩いていく方向は保健室は別方向。
どこへいくつもりか気になって尋ねてみる。
「あの、小鳥遊さん? こっちは保健室のない方だけど?」
「ん。いいから、ついてきて」
小鳥遊さんは階段を上っていき、屋上への扉を開いた。
外へ出て行った小鳥遊さんに続いて、屋上に出る。
身を抱くような冷たい風に吹き付けられた。
「さあ、お話ししようか」
昼休みにもかかわらず屋上に人がいないのは、吹き付ける風が強いせいだろう。
小鳥遊さんの声も風の音にかき消されていて、聞き取りづらい。
「話って何を?」
「今日、小湊が気まずそうにしてる話」
やはりというべきかバレてしまっていたようだった。
「あーその、何とかするから」
「それって、ちゃんと何とか出来るものなの?」
直ぐに答えは出なかった。
どう過ごすべきか。
昨日の夜から全力で向き合っている問いに、まだ答えが出ていない。
「ま、そりゃそうだよね。簡単な話じゃなさそうだし」
小鳥遊さんはカラカラと笑って続けた。
「小湊が悩んでること当てて良い?」
「え、うん」
「どうやって接したら良いのかって悩んでるんじゃない?」
「……そんなに分かりやすい?」
「まあうちらはズルしてるとこあるけど、割と分かりやすい」
「ズル?」
「そこはいいよ。深くは聞いてこないでほしいし、小湊が悩むに至ったわけも深くは聞かない」
深掘りされると千秋さんとの事情を話さないといけなくなるので、少し安堵した。
「まあうちは人をよく見るタイプだから、ズルしなくても予想は出来ただろうけど」
「人を良く見るタイプ、か。この前もそんな話をしてたよね」
「そっ。人の目を気にしてこんな格好をするようになるくらい気にするタイプ。だからわかる」
「一応、予想できる理由を聞いても良い?」
「小湊はどういうわけか知らないけど常識に疎い。出会った初日から涼香が懇切丁寧教えてたくらいに常識に疎い。だから女子への接し方も慣れていない、いや慣れていて逆に慣れていない小湊が女子に好意を寄せられたら、そりゃ悩むだろうなって。どう? 当たり?」
「あー、まあほぼ正解かな? 好意を寄せられて嫌って悩んでいるわけじゃないし」
そう言うと、小鳥遊さんは笑った。
「ほぼ、か。なら安心だ。当たってる」
「どういうこと?」
「好意を寄せられることに悩むんじゃなくて、好意を寄せてしまったりだとか意図しないことで傷つけないか悩んでるんでしょ?」
「……はい」
「なら当たり。やっぱりうちの目に間違いはない。だったら小湊さ」
強い風が吹いて小鳥遊さんの金色の髪が靡く。
それは日に透けたことで、余りに綺麗だった。
「騙されたと思って、今まで通り過ごしてみなよ」
その言葉は素直に飲み込めない。
今まで通りであれば、この世界の常識に逆らうということ。
意図せずして悲劇を招く可能性は高い。
「そういうわけにはいかないよ」
「うん。そう言うからこそ、今まで通りでいい。うちが、舞亜と涼香のことを大切にしているって話を覚えてる?」
「覚えてるけれど?」
「なら、そんなに大切にしている友達の輪の中にさ、害なす奴を放置しておくわけがないと思わない?」
たしかに、それはそう。きっと小鳥遊さんなら排除しようとするはず。
だったら、小鳥遊さんから見れば今までの俺の振る舞いは、害をなすように見えなかったということ?
嬉しいけれど、優しい言葉に甘えてしまうのは……。
「わかっていて、尚不安か。いや罪悪感か。まあ何でもいいけど」
と言った後、小鳥遊さんは笑って続けた。
「とりあえず、林間学校までの間、変わらずに過ごしてみてよ。そこから先は好きにしていいからさ」
「林間学校までの間か……」
「うちは大切な友達の輪の中にいて欲しいと思うくらい、小湊を買ってる。舞亜に涼香、深山だって同じ。だから大丈夫、それだけの期間があれば、各々が答えを出せるし、前に進むから」
正直言うと、今のままでは答えが出る未来は見えていない。
だけど俺は続く小鳥遊さんの言葉に、信じることに決めた。
「人を見る目がある、うちが大切にする友達なんだ。小湊自身を含め、あまり舐めないで欲しい」
俺も小鳥遊さんを買っている。
その小鳥遊さんを舐めていないからこそ信じられる。
「……わかった。ありがとう、小鳥遊さん」
頭を下げると、小鳥遊さんは満足げに頷いた。
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