三浦千秋の後悔

(三浦千秋)


 や、やばい……どうしよぉ〜!?


 ベッドの上で頭を抱え、バタバタとのたうち回る。


 やらかした。完全にやらかした。


 凪くんをダンスに誘えて、OKをもらった。

 あそこで終わっておけば、手を繋いでダンスしたり、甘い時間を過ごせたり、ジンクスが本当になっちゃったりしたのに。


「何て、何て私はバカなんだ……」


 凪くんとダンスを踊れると決まったあのとき、


『な、凪くん、じゃあ……あ』


 私は声を失った。


 それは凪くんがあっさりとしすぎていて、きっとジンクスについて知らないと気づいたから。

 騙すような真似をしてしまうことに罪悪感を覚えたから。

 凪くんを罠に嵌めるようなことをしたくなかったから。


 ……それだけだったら良かったのに。


 あの瞬間、私の胸には猛烈な寂しさが去来していた。


『ごめんなさい。やっぱりペアの話、軽く決めないで欲しい』


 そんな言葉が出たのは私が情けなかったから。


 私なんかでは、きっと手が届かないと思っていたのに、輝いた女の子たちのもとでなく、私の側に来てくれた凪くん。

 部活の中で一番仲がいいと言ってくれた凪くん。

 常に優しさを向けてくる凪くん。

 事あるごとに、ときめきで胸を焦がしてくる凪くん。


 そんな彼にどうしようもないくらい惚れてしまった私は、情けなかったからつい思ってしまったのだ。


 ペアに選ばれることは私にとって世界一重要な出来事。

 しかし、凪くんにとっては些細な事でしかない。

 それがたまらなく切ない、と。


『凪くんは、伝説の話を知ってる?』


 だから私は伝説の話をした。

 勿論、騙したくないのは本当。

 だけれど、みっともない感情もまた本当だった。


『で、伝説って?』

『軽いなって思ったけど、やっぱり知らなかったんだ。ダンスを踊った男女は将来結ばれるって伝説があるんだよ』

『そうなんだ……』

『だ、だからね。凪くん、その伝えずにパートナーになるのは騙すみたいで嫌だったから……』


 そこで止まっておけよ、千秋。


『えっと、はい』

『うん。そ、その、それだけだから……』


 頼むからそこで止まっていてくれ、千秋。


『嘘! 喜んだのはそういうことだから!』


 ああああああああああ!!


 ジタバタと暴れる。

 顔の熱は煙が出そうなほど。

 羞恥心で全身がぷるぷるして、耐えきれずに身悶えする。


 結ばれるというジンクスを知った上で喜んでいたと教えた。

 ご丁寧にそういうことだから、と付け加えた。


 あーもう!! そんなんほぼ告白だよ!!


 ダンスを断って、それで告白まがいなことまでして……もう馬鹿すぎる!

 明らかに友達より上に見られていないのに、突っ走って迷惑をかけるとかあり得ないだろ私?

 これで凪くんが無理です、ってなって、距離取られたらどうするんだ私?

 こんなに好きなのにハッキリ断られたら、大丈夫なのか私?


 はあ……。馬鹿すぎる。

 無理だってわかりきってるのに、ほんの少しまだ期待してるのも含めて馬鹿すぎる。


 あの時の私は理性が残っていた。

 凪くんのことを好きで胸がドキドキしていても、誤魔化すだけの理性は残っていた。

 だけど好きの感情は凪くんを視界に入れるだけで見えて、目を閉じても目障りで、耳を塞いで閉じこもっても纏わりついてきた。

 何をどうしても無視できず、抑えきれず、口から出てしまった。


 その結果が今。

 過ぎたる欲望は身を滅ぼすというが、まさに今だ。


 鬱々としてきたとき、スマホからメッセージの受信音がなった。

 送信者は凪くん。

 極度の緊張と内容への恐怖に手が震え、手に取ったスマホを操作することすらできない。

 十数分と動けなかったが、深呼吸して意を決してメッセージアプリを開く。


『教えてくれてありがとうございます。真剣に考えて答えるので、もう少しだけ待ってもらえると嬉しい』


 普段の凪くんはからかったりしてくるほど調子のいい男の子。

 メッセージもいつもはそんな感じなのだけど、今日はふざけた様子がない真面目なものだった。


 ああ、だから私は好きなんだよ……。


 きゅっと胸が締め付けられる。


 でも断られるのは目に見えてる。


 断られる日をひたすらに待つ生活を、私はこれからどう過ごせばいいのだろうか。

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